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第六章 陰謀巻き込まれ編

138.彼と彼女は潜入準備に励む。

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(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 なんか、話が思ってもいなかった方向に向かっている。

 リディと一緒に、ガルシアの黒幕を突き止めようとしてみたものの。
 結局、手持ちの情報では大したことがわからずに気落ちしていたら。

 シェリー様から手紙が届いて。

 ファーレスに乗り込む予定だという文面を見たときは頭を抱えたけど。
 アンヌ様やドラングルの協力があったからか、無事に入国できたみたいで。
 本当に情報を取ってきてくれた。

 おかげで、ガルシアの黒幕についても少しだけわかってきたんだよね。

 とはいえ、相手も用心深いだけあって。
 あともう少し、というところで手詰まりとなっている。

 だからと言ってね?

 その状況を打破したいのはわかるんだけど。
 さすがに、またリディを囮にしたくはないんだよ。

 敵の拠点の近くに、此方の拠点も置きたい――お店を出したい―――
 っていうのもわかるんだけどね。
 やっぱり、リディを危険な目に遭わせたくないんだよ。

 それは、義両親や侯爵だって同じ気持ちだと思って。
 リディに反対しようと思ったんだけど。

 まさかの侯爵が、囮も悪くない、という雰囲気を醸し出していて驚いた。

 え?なんで?
 いつもは、真っ先に反対してくれるよね?

「実は、囮を使うなら、ひとつ考えがあるんだ。と言っても、確実な方法だとは言えないのだが……」

 更には、侯爵には珍しく物凄く歯切れが悪い。
 一体どうしたのかと思って詳しく話を聞けば。

 なるほど、確かに、悪くない手だった。
 侯爵が言うように確実ではないというか、むしろ、賭けと言ってもいいし。
 もっと言えば、問題がないこともない。

 でも、賭けに勝てば、奴らの尻尾を掴むことができるかもしれない。

 ただ、リディの危険が減ったわけじゃないんだよね。
 だから賛成しづらいんだ。

 俺だけなら、その賭けに乗るのにな。
 リディを止めるいい方法はないだろうか。
 と思いながら、リディに目を向けたら。

 ああ、だめだ。見るんじゃなかった。

 これは、絶対に行く気だ。
 目がやる気に満ちている。

 こうなるとリディを止めるのは至難の業。
 やっぱり、今回も思い留まらせることはできないのだろうか。

 そう思いながら、一縷の望みをかけて少しだけ反論してみる。

「囮の件は、確かにひとつの手だとは思います。でも、やっぱり、このタイミングでリアン商会が出張るのは………」
「それはわかってるの。何か企んでると思われると思う。でもね?ガルシアの商会を誘導して出店したがるように仕向けて、それにうちが協力するかたちに持っていければ、それっぽくならないかしら?」

 リディが真っ向から説得に入ってきた。

 ああ、これ、俺が負けるんだと思う。
 うん、今回も止めるのは多分無理なんだろうな。

 と諦めの境地に入りつつ。

 相手主導にするつもりだということに、思わず感心してしまう。
 確かに、それなら理由は付くよね。

 でも。

「ガルシアから被害を受けたうちが協力するのは不自然じゃないかな?」
「そこはほら、お得意様からのお話だったから、とか?言ったもん勝ちの精神で」
「いや、そりゃ、言おうと思えば何とでも言えるけど」
「それにね、パンとスープのお店は、うまくいけば食糧難解消の手助けになるかもしれないのよ。わたしだって黒幕にはムカついてるけど、飢えに苦しむ人たちを助けたいって思うのはまた別の話だと思うの」

 え?どういうこと?

 パンってことは小麦を使うわけで。
 逆に、食糧難を加速させちゃうんじゃないかな?

「リディア、説明してくれるか?」
「ええ。今回のお店では、小麦以外の食材でパンを作ろうと思ってるの」
「可能なのか?」
「ガルシアには、お米とか大豆はないのかしら?」

 思ってもみなかった食材が出てきたな。

 あるかはわからないけど。
 米や大豆は、あったとしても、食べられていない可能性がある。

「多分、雑穀扱いで、家畜の飼料として使われてると思うよ」
「えっ!そうなの?」
「少なくとも、実家はそう」

 俺の答えにリディがびっくりした顔をしたけれど。

 実のところ。
 白米や大豆製品といった完成した料理では気づかなかったけれど。
 稲や大豆そのものを見て、飼料の材料だと気づいて驚いたからね。

 まさか人間も食べれるものなんて思ってもいなかった。

「米や大豆でパンが作れるのか?」
「小麦ほど膨らまないからちょっと工夫しなくちゃいけないけど、粉にすれば作れないことはないの。大豆なら甘い成分も少ないし、食糧難じゃなくても、たまには大豆粉のパンもいいと思うわ」

 義母上、今、目が光りましたけど。
 その話は落ち着いてからにしてくださいね?

「家畜の飼料なら備蓄もあるだろうし、もしガルシアになかったとしても、米や大豆なら、関税の問題があるにしろ、輸出することができるかもしれないな」

 ああ、そうか。

 実は、隣国が食糧難とあって。
 グリーンフィールだって何もしなかったわけではなくて。
 それなりに、小麦の援助はしたのだ。

 でも、それでも足りなくてガルシアの商人が挙って買いにきてしまって。
 気持ちはわかるけれど、買い尽くされてはグリーンフィールも困るから。

 現状、ガルシアへの小麦の持ち出しに制限があるんだよね。

 とはいえ、小麦以外の品ならば。
 交渉次第では輸出ができるかもしれない。

「成程ね。そういうことなら、確かに食糧難の解消の手助けになりそうだし、出店誘導も難しくなさそうだ」

 高級品が好きな貴族には向かないけれど。
 食べるものに困ってる庶民にはありがたいよね。

 貴族が買い占めなければ、そんなに高騰することはないだろうし。
 リディが作るなら美味しいに決まっているしね。

 ガルシアの商会が食いついてくれる可能性も高そうだ。

「パンだけじゃなくてね、大豆があれば豆乳を使ってミルク風のスープも作れるし、おからを使えばクッキーやドーナツだって作れるのよ?」
「小麦が不足している中、お菓子が食べれたらうれしいでしょうね」

 なんかもう、食糧難だとは思えないようなメニューになってきたな。
 そんなお店ならグリーンフィールに出したっていいと思う。

「わかったよ。じゃあ、囮の件も含めて陛下に相談してみよう。リディア、米や大豆のパンはすぐに試作できるかい?」
「丸一日もらえれば、がんばるわ」

 手をぐっと握りしめてリディが答えていたけれど。

 今回は、情報共有の予定だったのに。
 まさか、潜入捜査の話になるとは思ってもいなかったよね。

 これはもう、俺も腹を括るしかないから。
 リディを守るためにできることをしっかりと考えておこう。

 なんていう俺の決意に気づかれることもなく。
 その日はそれでお開きになったんだ。

 そして、その翌日―――――。

 リディは、早朝からパン作りに励んでいた。
 俺ももちろん手伝ったけれど。
 パンって、発酵だなんだと色々面倒だよね。

 しかも、リディが言っていた通り。
 米粉や大豆粉だと、本当にあんまり膨らまないんだね。

 砂糖の量を調整したり、ヨーグルトを加えたり。
 粉の種類や材料の配分を変えてみたり。

 リディにしては、ものすっごく試行錯誤しながらパンを作っていた。

 そうして、夕方になって。
 漸く、リディ基準で『まあまあ』というパンができたんだ。

 まずは。
 丸パンと四角いパン――リディ曰く食パン――を味見させてもらったら。

 まあね。
 今ではすっかり、リディレシピのふわふわパンが定番だから。
 それに慣れてしまっていると、食感や風味が気になるけれど。

 俺が幼い頃に食べてたパンに比べたら全然おいしいし。
 全くもって、まあまあ、なんかじゃなかったよね。

 それに。

「ガルシアってロシアっぽいから、ピロシキは必須だと思うの」

 そう言いながら出してくれた『焼きピロシキ』とかいうパンに至っては。
 いや本当に、普通においしかったからね?

 中の具材も、ミンチとかじゃが芋だったから。
 それなら、今のガルシアでも入手できそうだしね。

 必須かはわからないけど、あってもいいとは思う。

 リディの言う『ロシア』っていう国は聞いたことがないから。
 多分、異世界の国なんだと思うけど。

 ガルシアに似てて、こんな食べ物があるなら、ちょっと興味があるな。

「あとね、一応トルティーヤも作ってみたんだけど商品化は難しいかも」

 そう言われて、見本を見て、確かに、と思う。

 パン生地が少ない分、腹を満たすには具材の量が必要なんだよね。
 でも、今のガルシアで食材をふんだんに調達するのは難しいから。
 リディが言った通り、商品化は厳しそうだ。

 ということで。
 米粉や大豆粉で作った丸パンと四角パン、そしてピロシキを候補に。
 侯爵と義両親に持っていったら、味見した瞬間に商品化が決定した。

 うん、だよね。

 スープは、多分。
 リディなら現地で入手できる食材を見て作るものを決めると思うから。

 今回作ったパンを見本に。
 侯爵から、陛下に向けて。
 潜入のための出店提案をしてもらうことになったんだけど。

 まあ、それなりに揉めたりはしたそうだけどね。
 さすが侯爵。無事出店許可を取ってきてくれた。

 更には、ガルシアの商会もうまく誘導してくれて。
 むしろ、懇願されて出店を手伝う流れにまでもっていってくれた。

 おまけにね。
 今回、業務提携に至ったガルシアの商会、ルシル商会さんは。
 規模的には中規模なんだけど、フットワークが軽いんだよね。

 王都の空き店舗もすぐに見つけてきてくれたし。
 ガルシア国内での米や大豆の取引についても精力的に動いてくれたんだ。

 ―――ちなみに。
 今回の潜入計画についてはレンダルとジングにも伝えてあって。
 レンダル、というか、実家からは冷凍生肉やベーコンを。
 ジングからは、米と大豆を提供してもらえることになっている。

 その代わり。
 仕入れた情報の共有と、パンや豆乳のレシピを求められているけれど。
 そのあたりは織り込み済みだから問題ない。

「何だか、想像以上にトントン拍子に進んでいるわ」
「さすがに俺も驚いてる。でも、黒幕たちがいつまでも大人しくしてくれるとは限らないしね。早い分にはいいんじゃないかな?」
「確かに。サクッと行って、黒幕とは、出店準備期間中に片を付けたいわよね」
「そううまく行けばいいけど。とりあえず、リディはひとりで行動しないこと」
「う……、はい」

 リディには、逐一言って、危機感を持ってもらわないと。
 会話の度に言い聞かせようと心に決めつつ。

 店舗設営に必要な素材や道具。
 ―――水道やトイレなんかの設備用の機材をはじめ。
 レジ台に、商品を並べるガラスケースやスープの保温ケースに各種棚。
 コンロやオーブンや鍋といったキッチン用品等々、揃えるものは多い。

 そして、念のため、俺たちが所持する諸々の魔道具。
 ―――防御の魔道具は当然のこと。
 録音機や録映機だって小型化させたものを作って。
 リディ曰く、GPSとかいう各々の居場所がわかる装置まで準備した。

 そういった、ガルシア行きに必要なものを揃えて。
 同行者たちとも打合せを重ねて。

 もちろん、抱えてる仕事だって大急ぎで片付けて。
 ―――リディは、レシピ本第二弾用の見本料理を作りまくっていたし。
 俺も、新商品や既存商品の販売戦略会議が続いて魂が抜けそうだった。

 いよいよ、今日、ガルシアに出立する。

 商会の技術部のメンバーふたりと俺とリディに、護衛がふたり。
 加えて、こっそりと精霊が四体。

 こちらの人数は少ないけれど、向こうには各国の影もいるしね。
 皆で協力して、きっちりと黒幕を暴きたいと思う。

 心からそう思っているけれど。

 とりあえず、リディ。
 本当に、お願いだから、無茶なことはしないでね?
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