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月影 流詩亜

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第4話 【北】極のパンは、聖女の味(物理)

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​ 王城を後にし、ホーリエール王から「サブスク月額9,800円(税別)」で契約させられた有料道路を北へと進む。

 魔王城への道中だというのに、道端には「勇者専用エナジードリンク」の自動販売機や、「魔王討伐あとのリゾート分譲地」の看板が並んでいて、ちっとも冒険気分が盛り上がらない。

​「ちょっと、そこの泥棒女! 止まりなさいよ!」

​ 背後から響いたのは、鈴を転がすような……いや、今は激怒で鈴を叩き割ったような金切り声だった。
 振り返ると、そこには白地に金の刺繍が入った「いかにも」な聖女服を纏った少女が、ハァハァと息を切らして立っていた。

​「……南条梨子さん?」

​「そうよ! 貴女のせいで、私の異世界ライフは初日からサーバーダウン状態よ! 
 女神ルーシーアンがパニックになって、私の『超絶癒やしチート』を承認し忘れたまま、私をここに放り出したんだから!」

​ 南条梨子は、怒りに任せて手近な石ころを私に投げつけてきた。

 ……聖女のくせに、攻撃手段が物理(投石)って。

​「貴女が持っているその管理権限、私に返しなさい! それは本来、ヒロインである私のものなのよ! この設定泥棒!」

​「設定泥棒って……。そもそもあいつが勝手に間違えたんでしょ。
 それに、私はもうこの能力で『王道ファンタジーの伝統』を壊すって決めたの。悪いけど、あんたに返す気はないわ」

​「なら、力ずくで奪うまでよ! くらえ、聖女の……聖女の……ええい、このデコピンをくらえーっ!」

​ チート能力を奪われた聖女は、涙目になりながら突進してきた。

 必死すぎてちょっと可哀想だけど、付き合っていられない。私は空中にデバッグウィンドウを展開した。

​「悪いけど、ちょっと大人しくしててもらうわね。
 えーっと……対象:南条梨子。設定変更:『一時的に意識を飛ばす』……と」

​ しかし、背後から「またメンテ中かよクソゲー!」というルーシーアンの呪詛が聞こえた気がした瞬間、ウィンドウが激しくバグり始めた。

​「わっ、ちょっと!? ラグが……! キー入力がズレる!」

​ 私が慌てて入力したコマンドは、通信エラーによって無残に変換ミスを起こした。

​『設定変更:南条梨子 ⇒ 極のパン(冷凍)』
​「えっ、パン!? ちょっ、ま……」

​ ……ボフンッ!

​ 派手なエフェクトと共に、目の前にいた美少女聖女が消えた。
 代わりに地面に転がっていたのは、カチカチに凍りつき、表面にうっすらと霜が降りた「十勝産小豆使用・特選あんぱん」だった。

​「……嘘でしょ」

​ 私はそっと、凍った南条(あんぱん)を拾い上げた。

 冷たい。凶器になりそうなほど硬い。

 ウィンドウを確認すると、『持続時間:解凍されるまで』と表示されている。

​「南条さん……あんた、まさかこんな形で『北』と関わることになるなんてね……」

​ 私は「北極のパン」を懐にしまい、そのまま北の空を仰いだ。

 勇者はデフレ、聖女は冷凍あんぱん。

 この世界のバグ、もはや私一人の手には負えない気がしてきたけど……まあ、お腹が空いたら彼女(パン)を食べればいいか。

​「あ、でも解凍したら元に戻るのよね? ……食べてる途中で戻られたら、ホラーどころじゃないわね」

​ 私は、異世界の伝統的な「仲間との出会い」を物理的に凍結させたまま、再び歩き出した。

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