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第八章:演じられた魔王黄金の檻 ~天下という名の牢獄~
第39話 長篠の戦い ~現代知識チートと戦の終わり~
しおりを挟む 天正三年、五月
武田信玄の死から二年。
後を継いだ若き虎、武田勝頼は偉大すぎる父の影に追われるように、焦りと功名心に駆られていた。
彼は父すら落とせなかった徳川領・長篠城を包囲し、俺たち織田・徳川連合軍を挑発してきたのだ。
決戦の地は、設楽原。
俺、織田信長(緑野大地)は、三万の軍勢を率いてこの地に立った。
対する武田軍は一万五千。
数は倍だが、相手は戦国最強の騎馬軍団だ。
まともにぶつかれば、俺たちの兵など紙屑のように蹴散らされる。
だからこそ、俺はこの戦いで、戦争の概念そのものを変えるつもりだった。
◇
決戦前夜の軍議、俺は諸将を前に歴史の教科書で習った「あの戦法」を意気揚々と提案した。
「よし、みんな聞け! 今回の作戦は『三段撃ち』だ!
三千丁の鉄砲を三列に並べ、一列目が撃ったら下がる、二列目が撃つ……これを繰り返せば、弾幕は途切れない!
これぞ、最強の騎馬隊を封じる無敵の陣形だ!」
ドヤ顔で語る俺。
現代人なら誰でも知っている有名な戦法だ。
だが、家臣たちの反応は鈍かった。
柴田勝家や佐久間信盛が、困惑した顔を見合わせている。
「殿……理屈は分かりますが、それを雑兵たちにやらせるのは至難の業かと」
「装填、発砲、交代。一歩間違えれば味方を撃ちかねませんし、何より実戦の恐怖の中で、そこまで整然と動けるものかどうか……」
現場の意見はシビアだった。
俺が言葉に詰まっていると、横から冷ややかな声が飛んできた。
「……殿、教科書通りの理想論はそこまでになさいませ」
海(帰蝶)だった。
彼女は呆れたように溜息をつくと、指示棒で地図を叩いた。
「三段撃ちは、高度な練度を必要とする『芸当』です。急造の鉄砲隊にそれを求めるのは自殺行為です」
「じ、じゃあどうするんだよ、海!」
「発想を変えるのです。『綺麗に撃つ』必要はありません。『弾をばら撒く』だけでいいのです」
海は、地図上の川沿いに一本の線を引いた。
「馬防柵です。これを三重に張り巡らせ、騎馬の突進を物理的に止めます。
そして鉄砲隊には、狙いを定めさせる必要はありません。
柵の向こうの『空間』に向かって、ただひたすらに弾を撃ち込ませるのです。これを『飽和攻撃』と言います」
「飽和攻撃……」
「はい。交代も、列を組む必要はありません。撃った者は後ろへ走り、弾を込めた者から前へ出て、適当に撃つ。
要は、回転寿司の皿のように、ひたすら弾丸を供給し続ける『物流システム』を作るのです」
海の提案は、戦術というよりは、工場のライン作業に近かった。
個人の武勇も技量も関係ない。ただシステムの一部として、鉛の雨を降らせ続ける。
「そのための弾薬と食料は、私が完璧に用意したよ!」
空が、胸を張って補足する。
「弾薬の補給部隊も組織化してあるから、最前線の鉄砲隊が『弾切れ』で止まることはないよ。
これぞ、空ちゃん特製『ロジスティクス』だね!」
海が設計した「殺戮システム」と、空が構築した「補給ライン」
二人の天才が作り上げたこの陣形の前では、戦国最強の武田騎馬隊といえども……
俺は背筋が寒くなるのを感じた……これは戦ではない、処刑だ。
◇
決戦の朝。雨上がりの設楽原は、不気味なほど静まり返っていた。
連吾川を挟んで対峙する両軍。
「進めえええッ! 織田の弱兵どもを蹴散らせぇぇッ!」
武田勝頼の号令と共に、赤備えの騎馬隊が地響きを上げて突進を開始した。
その姿は、美しく勇壮だった。
槍を掲げ、死を恐れず、名乗りを上げて突っ込んでくる武士たちの姿。
それは、これまでの戦国の「華」そのものだった。
対する俺たち織田軍は、静寂に包まれていた。
馬防柵の後ろで、三千人の農民兵たちが、無表情に黒い筒を構えている。
距離が縮まる。 二百メートル、百メートル……騎馬隊の蹄の音が、腹に響く。
俺は震える手を抑えながら、軍配を振り下ろした。
「……撃て」
──ズドンッ!!
轟音が、天地を揺るがした。
三千丁の火縄銃が一斉に火を噴き、白い煙が視界を覆う。
悲鳴も、怒号も、銃声にかき消された。
煙が晴れた時、そこに広がっていたのは、戦場ではなかった。
屠殺場だった。
人馬が折り重なるように倒れ、血の泥濘ぬかるみでもがいている。
名のある武将も、無名の足軽も関係ない。
鉛の弾は、平等に彼らの肉を裂き、骨を砕いた。
「ひるむな! 突っ込め! 柵までたどり着けば我らの勝ちぞ!」
後続の武田兵が、死体を乗り越えて突っ込んでくる。
彼らは勇敢だった。
鬼のような形相で、柵に取り付こうとする。
だが、海の考案したシステムは無慈悲だった。
「次、構え! 撃て!」
間髪入れずに第二射、第三射が浴びせられる。
リロードの隙を突いて突撃するという、従来の騎馬戦術は通用しない。
そこには、絶え間ない「死の壁」が存在するだけだった。
山県昌景、馬場信春……
武田が誇る歴戦の猛将たちが、俺の目の前で、ただの「的」として撃ち殺されていく。
一騎打ちの名乗りを上げる暇もない。
刀を振るう機会さえない。
それは、一方的な殺戮だった。
武士道精神が、近代兵器とシステムによってレイプされた瞬間だった。
◇
数時間後、銃声が止んだ設楽原には、死臭と硝煙の匂いが充満していた。
武田軍は壊滅、勝頼は僅かな供回りと共に敗走した。
俺たちの圧勝だ。
だが、陣幕の中に戻った俺は勝利の美酒に酔うどころか、洗面器に顔を突っ込んで胃の中身をぶちまけていた。
「おぇぇぇっ……!」
吐瀉物と涙が混ざり合う。
「……なんだよ、あれ……あんなの戦じゃねえ……
ただの作業じゃねえか……!」
俺は殺したのだ。
武田軍の兵士たちだけではない。「戦国時代のロマン」そのものを、この手で葬り去ってしまった。
勇気も、誇りも、鍛錬も、鉄砲という暴力装置の前では無力だという事実を天下に知らしめてしまった。
「俺は……とんでもない化け物を生み出しちまった……」
震えが止まらない。
俺は、これからこの「システム」を使って、日本中を殺戮して回るのか?
それが「天下布武」なのか?
その時、背中から温かい感触があった。
空が後ろから俺を強く抱きしめていた。
「……大ちゃん。見ちゃダメ。もう見なくていいよ」
彼女の声も震えていた。
彼女もまた、補給担当として、消費された弾薬の量から、どれだけの命が奪われたかを理解していたのだ。
「ひどい戦いだった。残酷だった。
でもね……これで、戦は変わるよ」
正面から、海が俺の手を握りしめた。
彼女の手は冷たかったが、その眼差しは真剣そのものだった。
「殿……貴方は今日、戦争の概念を変えました。
これからの戦は、個人の武勇ではなく、金と物量が勝敗を決める『経済戦争』になります。
それは味気なく、残酷なものです。
……ですが、だからこそ」
海は、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「終わらせられるのです。
英雄同士が延々と殺し合う泥沼の乱世を、圧倒的な力で強制的に終わらせることができる。
貴方が望んだ『平和』への最短距離です」
「……最短距離……」
「はい。 今日の虐殺を見て、多くの大名は戦意を喪失するでしょう。
抵抗しても無駄だ、と悟らせる。
それもまた、慈悲です」
それは詭弁かもしれない。
だが今の俺には、その言葉に縋すがるしかなかった。
「……そうだな。早く終わらせよう」
俺は、二人の手を握り返した。
「こんな地獄は、俺たちの代で終わりにする。
俺が悪魔と呼ばれようが、非道と罵られようが……
さっさと天下を統一して、全部投げ出してやる」
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それは、織田信長が「戦国の覇王」としての地位を不動のものにした戦いであり、緑野大地が「戦」というものに対して決定的な絶望を抱いた日でもあった。
俺は硝煙の匂いが染み付いた体で空を見上げた。
雨上がりの虹が架かっていたが今の俺には、それが血の色にしか見えなかった。
スローライフへの逃避行……そのゴールへ辿り着くために俺はあとどれだけ、この手を血で染めなければならないのだろうか。
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