弟がいた時間(きせつ)

川本明青

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4 彼からの電話

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「こんにちはー」

勢いよくトラックから降りてきた配達員が元気よく挨拶した。そして手早く荷台の扉を開けると、小さめの段ボール箱を取り出した。

「こちらのお宅の方ですか?」

「はい……」

「お荷物が届いてますんで、受け取りのサインよろしいでしょうか」

サインって、誰の名前を書けばいいんだろう。勇樹宛ての荷物なのに、名字の違う自分がサインしてもいいんだろうか。そんなことを考えていると、庭の方から勇樹が顔を出した。

「姉ちゃん帰ってたの?」

「ああ、うん」

「あ、すいません。荷物、俺のです」

勇樹はそう言うと差し出された箱の上で伝票にサインした。

「ありがとうございましたー」

配達員はまた大きな声でそう言うと、すばやくトラックに乗り込み、行ってしまった。

「知世が来てるんだ」

「そうなんだ?」

奈瑠は今初めて知ったような顔をした。勇樹の後について庭に回ると、縁側に座っていた知世がにっこり笑って挨拶した。

「二人ともこの時間に家にいるって珍しいね」

奈瑠は言った。

「今日は勇ちゃんが午後仕事ないって言ってたから、わたしも合わせて午後休みとったんです。病院とか行かなきゃいけなかったし」

「病院? どっか悪いの?」

「いえ。検診です。眼科の定期検診。コンタクトも切れそうになってたし。いつもは土曜日に行くんだけど、今度の土曜は仕事がらみでどうしても無理で」

「大変だね。忙しくて」

「奈瑠さんはどうなんですか? 仕事決まりそうですか?」

奈瑠は横に首を振った。

「なかなか難しいね。わたしも知世ちゃんみたいに専門的な知識とか資格とかあったらよかったんだけど」

「大丈夫ですよ。焦らないで探した方がいいと思うな。ねえ奈瑠さん、せっかくだから今夜三人でご飯行きません?」

箱を開けて中を見ていた勇樹も顔を上げて、「そうしようよ」と言った。

「わたしはいいから二人で行って来てよ。せっかく休み合わせたんだから」

正直、行きたくない。だって自分は邪魔者でしかない。

「えーいいじゃないですか。もうこうやって三人揃ってるんだし。よさそうなお店見つけたんですよ。ね? 奈瑠さんの再就職の前祝いってことで」

「前祝いだなんて、仕事が決まるのいつになるかわからないし」

「そうだよ。プレッシャーかけるなよ」

「そんなつもりじゃないってば。奈瑠さんいいじゃないですか。行きましょう?」

結局、うまく逃げる口実も見つからず、三人で出かけることになった。夕食にはちょっと早い時間ではあったけれど、混みだす前でちょうどいいということで知世が店に電話を入れた。

創作和食と銘打ったその店に着くと、もうちらほらと客が入っていた。

「まだオープンして三か月くらいだけど、けっこう人気らしいんですよ。うわ。和食なのにワインの品ぞろえも豊富」

知世はメニューを覗き込んでいる。

「何飲む?」

勇樹が奈瑠にそう聞いたときだった。足元の荷物入れのカゴに置いたバッグの中で、奈瑠の電話の着信音が鳴り出した。手にしていたメニューをテーブルに置き、バッグからスマホを取り出す。画面には番号が表示されていた。つまり、登録されていない相手からの電話ということだ。けれどその番号には見覚えがあった。

「どうしたの? 出ないの?」

勇樹が聞いた。知世も奈瑠の顔を見ている。

「あ……うん……」

胸が騒ぎ出していた。電話は保之の携帯からだった。何を今さら……。なのに拒否もできないまま着信音は鳴り続けている。

「電話の相手ってもしかして……」

勇樹が言った。

「…………」

「切っちゃえよ」

奈瑠は迷い、焦っていた。早く出ないと切れてしまう。でも話すことなどない。さっさと拒否してしまえばいい。でも……。

「姉ちゃん」

勇樹が急かす。

「ごめん。ちょっと」

奈瑠は画面をタップして席を立った。

「もしもし」

小声でそう言いながら店の外へと出る。向こうは何も言わない。

「もしもし?」

奈瑠は低い声で繰り返した。すると電話の向こうで小さなうめき声のようなものが聞こえた。

「もしもし? もしもし?」

〈……なる……〉

保之がか細い声でそれだけつぶやいたあと、ごとん、という衝撃音がした。電話を落としてしまったのだろうか。

「保之?」

何も答えない。

「保之? どうしたの?」

やはり返事はない。

「保之? 保之?」

いくら呼びかけても、もう何の応答もなかった。聞こえてくるのはテレビの夕方のニュースの音声だけだ。それでも向こうが電話を切る気配はない。ただごとではないと感じた。奈瑠は電話を切ると急いで店の中に戻った。

「ごめん。ちょっと行ってくる」

バッグを掴み、慌てて立ち去ろうとすると勇樹が言った。

「行ってどうするんだよ。もう関係ないだろ」

「だって、違うの」

「だっても違うもないよ。ほっとけよそんな電話」

勇樹はいつになく真剣な表情だ。だがあんな電話を受けた後で放っておくわけにはいかないし、説明している暇もない。

「ごめん」

勇樹の視線を振り切るようにして店を出た。

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