弟がいた時間(きせつ)

川本明青

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9 勇樹のいない家

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翌日の午前中、昨日はありがとう、楽しかった、とメッセージを送ったが、なかなか既読にはならなかった。

きっと忙しいのだろう。仕事が終われば見てくれるはずだ。

そう思っていたのに、夜遅い時間になっても返事どころか、既読もつかなかった。

何かあったのだろうか。まさか、お母さんの具合が急に悪くなって駆けつけているとか。けれど一緒に住んでいたときにも仕事上のトラブルですごく遅くなったこともあったし、あまり考え過ぎてもしょうがない。

もし何かあったのだとしても、解決して落ち着けば返事をくれるだろう。

そう思いつつベッドに入ったものの、なかなか寝付けなかった。


朝目が覚めると一番にスマホを確認した。だが、勇樹からの返事は来てはいなかった。既読にもなっていない。

どうしたのだろう。

朝イチから不安になる。

普段であれば勇樹ももう起きている時間だ。電話をかけてみようと番号をタップしかけて、思いとどまった。

何を一人で慌てているのだろう。忙しくてメールを見られないときもあるだろうし、気付いていないとか、忘れていることだってありうる。変に思い詰めて連絡したら迷惑だ。

奈瑠はため息を吐くとスマホの画面を閉じ、ベッドから降りた。


一日中、外に出る気にもなれず、求人サイトを覗いてみても頭に入って来ず、ただそわそわして過ごした。

結局勇樹からの連絡はなかった。

一向に既読にもならない。

丸二日もメールを確認しないことってあるだろうか。やっぱり、何かあったのだろうか。

そう考えるとまた不安になる。だが、中には悪気も無くメールを見ても返信しない人はいるし、見ずに放置する人は何日でもする。

勇樹は元々“天然”だし、お母さんの手術も無事終わって落ち着いたのだから、あまり頓着していないのかもしれない。きっとそうだ。二日既読にならなかったくらい何だ。

だが次の日も、その次の日も、不安になってはそれを自分で打ち消すという堂々巡りを繰り返した。

やっぱり何日も既読にならないなんておかしい。

電話してみようと思った。

気軽にかければいいだけのことなのに、なぜかなかなか勇気が出ない。

ずいぶんとためらった後、思い切って電話をかけた。

〈おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため、かかりません。こちらは……〉

気が抜けて、思わず短くため息を吐く。

電波の届かない場所ってどこだろう。それか、電源が入っていないって……。

ふと思った。もしかして奈瑠と十五年ぶりに再会したあの日みたいに、勇樹はまた携帯を失くしてしまったのではないだろうか。

あのときはたまたま奈瑠が見つけて警察に届けたけれど、今回は誰にも見つけられないまま、どこかでひっそりとバッテリーが切れてしまったのでは……。だからメッセージも一向に既読にならないし、電話も繋がらないのかもしれない。

そんなことを考えてみたけれど、何の慰めにもならない。

結局、一緒にお寿司屋さんに行ってから五日後の土曜の午後、勇樹の家を訪ねた。

車庫に車がないので留守なのだと思ったが、一応呼び鈴を鳴らしてみる。やはり応答はない。

なんとなく庭の方に回ってみた。すると違和感を覚えた。台風でもないのに、奈瑠がいた頃には閉めたことなどなかった縁側の雨戸が閉められていたのだ。

すぐに玄関に戻り、ポストを開けてみた。チラシや郵便物が溜まっていた。しばらく帰っていないのだろうか。もしかしてまたお母さんのマンションに? それとも、どこか別のところへ……。


「わたしも何にも聞いてないの。車は売ったらしいんだけど」

「売った?」

「ええ」

雨宮さんは言った。この前まで一緒に住んでいたのに、勇樹のことを聞くために突然訪ねるのはためらわれたが、お隣の雨宮さんなら何か知っているかもしれないと思ったのだ。

「十日……もっと前かしらねえ。ちょうど勇樹君が帰って来たところに会ってね。ここ何日か車庫に車を見かけないものだから、どうしたのって聞いたら、手放したって言うのよ。どうしてって聞いても、ちょっとね、なんて言ってたけど。それから少ししたら、勇樹君、家に帰って来なくなっちゃったの。うちの台所から勇樹君の家の明かりが見えるんだけど、もう何日も点かないままよ。この前気になって行ってみたら縁側の雨戸が閉めてあったから、長いこと留守にするんだと思うんだけど……。以前注意したことがあるの。何日も家を空けるときは雨戸を閉めなさいって。だってあそこの縁側の戸って古いガラス戸じゃない? 鍵も壊されやすいだろうから、泥棒に入られでもしたら大変よって。まさか引っ越したわけではないと思うんだけど……。それだったら、さすがにわたしにも一言あると思うのよね」

雨宮さんは、勇樹のお母さんの病気については一言も触れなかった。聞かされていないのかもしれない。

「勇樹のお母さんって、どこに住んでるんですか?」

「調布の方みたいよ」

「調布のどの辺ですか?」

「詳しくは知らないのよね。あまりお付き合いがないものだから」

勇樹が消えてしまった。

動揺して頭の中がうまく整理できない。

車まで売って、どこに行ったのだろう。

一人なのだろうか。それとも……。

ふと知世の顔が浮かんだ。知世と一緒にどこかに行ったのだろうか。いや、おそらくそれはない。勇樹はどう思っているかわからないけれど、知世の意思はきっと固い。すると一瞬、バカみたいな考えが頭をかすめた。

まさか隆治君のところへ――。

いやまさか。そんなことがあるはずがない。でも――。

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