婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生

文字の大きさ
709 / 756

婚約者 2 (キャスバル)

しおりを挟む
俺達の旅は順調で、予定日の前日には国境へと辿り着いた。
ゴルの谷と呼ばれるこの一帯は所謂谷間で、単純に帝国と王国を分ける谷間と言うだけでなく万年雪が積もる大山脈と黒煙を上げ続ける火山を分ける谷間でもある。

「相変わらず壮観ですね」

「ああ。ただ国境があるってだけじゃないからな」

谷間という形状のためか、細長い村程度の規模の町が形成されてはいるが所々に聳え立つ柱は強力な魔物除けで、これが無ければ無辜の民は大型の餌になってしまう。
王国民よりも帝国から来ている行商人が多く闊歩しているこの町の安全は俺達シュバルツバルト侯爵領が担っている。
今までもこれからも帝国とは仲良く過ごす為には、行商人の存在は大きい。
幾ら貴族同士の婚姻やら何やらで縁続きになったとしても、平民達の方がより良い関係を多く結んでる方が良い。
本当の国境一帯に天幕を張り、野営の準備を整える。
規定通りに馬車を配置し、馬達を休め労う。何度となくやって来た野営。

「日が少しずつ伸びて来ましたね」

レイの優しい声にチラリと視線をやり、山に差し掛かる日を眺める。

「そうだな。だが、俺は山の日の早さは余り好きじゃないな。領都のうんと伸びる影の方が好きだ。山はあっという間に日が沈む」

大山脈も火山も高い。故に日が翳るのも早く感じる。それが俺には勿体なく寂しいと感じる。

「そうですね。冷えるのも早いですからね、そろそろ皆の所に行きましょう。お茶でも飲んで一息つけるべきです」

「……そうだな」

レイと共に天幕の中心部に向かう。
天幕の中心部は煮炊きが出来る様に広めに場所を空けている。
レンガを積んで作られたかまどに鍋がかけられたり、網を置いて肉を焼いたりと忙しない。
かつては塩味のスープに干し肉を齧ったりしていた野営も、今では様々な味のスープにそこらで狩った肉に調味料なる物をつけて焼いた肉と比べる事も出来ない程豊かになった。
町で買い足した野菜に、果物が無い事が残念だな……と思ってまだ果物が出回るには時期尚早だなと苦笑いをこっそり溢す。
邸で味わった、あのツヤツヤと光るイチゴは教えてはいないが気に入っている。

「イチゴ……無いのが悔やまれます」

レイの不意な一言に思わず凝視してしまう。

「お好きでしょう?イチゴ」

「なぜ……そう思う?」

「でなければ苗がどうとか言わないでしょう。どれだけお側にいたと思ってるんです?」

「そうか……そうだな」

何だ、言わなくても理解っていたとか!一頻り笑ってバンバンとレイの肩を叩く。

「こっちでもイチゴを生産出来るのが一番良い!おそらくだが、エリーゼがやたらと火山に興味を持っていた。何か考えがあるか、やる積もりだろう。それまで不便だが、少し様子見だ」

「はい」

パチパチと薪が爆ぜる音と共に隊員達の笑い声も高くなっていく。
腹も満たされ、ワインを飲み(今日、国境に着いたから二樽開ける事にした)笑い声はやがて歌声になり手を叩く音や足を鳴らす音が響く。
旅はいつだって危険と隣り合わせだ。
命があれば、怪我も無ければ、生きてる喜びと感謝を誰にする訳でも無いのに行う。
エリーゼが命名したテリヤキソースで味付けされた焼けた肉にかぶり付き、歯で勢い良く齧り取る。
滴り落ちる脂の匂いも美味そうで笑いが込み上がってくる。
手渡された木のカップに並々と注がれたワインを一気に煽ると、喉から下が熱くなって俺は今生きてる!と全身で感じる。

「プハァッ!キャスバル様、美味しいですね!」

普段は物静かに俺に傅いてるレイが満面の笑顔で俺に言ってくる。
この一瞬が一番可愛くて、昔から変わらないと俺も笑顔で応える。

「全くだ!いつもの貴族らしい食事も良いが、やっぱり野営の時のこの粗野な食事も良い!」

大きく口を開けて大声で笑う。
夜の野営地に俺達の笑い声が響く。誰も止める様な者はいない。


翌日から婚約者である令嬢を待つだけの日々となったが、三日待った所で帝国から仰々しい行列がやって来た。
おそらく、あれが俺の婚約者の令嬢を乗せた馬車と護衛だろう。
とうとう顔合わせか……
次々と野営地に近づいて来る馬車を見て、さてどうしたものかと考え込む。
しおりを挟む
感想 3,411

あなたにおすすめの小説

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

処理中です...