283 / 1,141
第四章 魔動乱編
278話 お礼
しおりを挟む「ところで……ヒーダは、どんな具合ですか?」
魔物討伐の報酬と獣を受付に渡し、これで終わり……ではない。ガルデさんは、心配そうに聞く。
それは、重傷を負ったヒーダさんのこと。腹を刺されたのだ、心配になるのも無理はない。
どうやらガルデさんは、一旦ギルドにヒーダさんを連れ込み、フェルニンさんが応急処置をしてから私の所へ戻ってきてくれた。
ケルさんがヒーダさんに付き添う形で、ギルドの二階へと上がっていったらしい。
「まだ、目を覚ましていないようです。ですが、治療は上手く行ったと」
「……そうですか」
ギルドの二階は、いくつか部屋がある。その一室で休ませているんだ。
カタリアさんは、ヒーダさんを治すために回復魔術の遣える魔導士を、探してくれたみたいだ。
治療を終えたヒーダさんは、まだ目を覚まさない。治療してくれた魔導士にお礼を言いたかったけど、すでにギルドを去ったらしい。
お見舞いに行こうか。でも騒がしくするのもな……と悩んでいたところへ。
上から、人の歩く音がした。
「あ! ヒーダさん! よかった!」
「ヒーダ!」
そこには、階段から下へと降りてくるヒーダさん、そしてヒーダさんに肩を貸しているケルさんの姿があった。
お腹に包帯は巻いているけど、命に別条はなさそうだ。
無事なのを確認できて嬉しい、けど……
「おい、まだ安静にしていろ。私も応急処置しかしていないが、かなり深かったはずだ」
その姿を見て、フェルニンさんが注意する。それには私も同感だ。
まだ顔色もいいとは言えないし、休んでいるべきだ。
「言ってくれたら、私たちから行ったのに」
「いやぁ、それもなんか悪い気がしてな」
「まったく……しかし、お前を治療してくれた魔導士は、相当な使い手らしいな。
私は回復魔術に関しては苦手だから、間に合わせしかできなかったが」
「そんなことない。すげー助かったよ」
ヒーダさんの傷口は、包帯で隠れているとはいえ、刺されて穴が開いていたとは思えないほどだ。
傷を治してくれた魔導士っていうのは、フェルニンさんの言う通り、かなりの使い手のようだ。
そんな人なら、ますます会ってみたかったな。ヒーダさんの傷を治してくれたお礼のついでに、いろいろ話を聞きたかった。
「ま、礼は俺がちゃんとしといたから」
「傷を治してくれた当人に直接礼も言えねえとは、情けねえ」
悔しがるヒーダさんと、笑みを浮かべるケルさん。そっか、ヒーダさんはずっと気を失っていたから、治療中も誰が治療してくれたかは知らないのか。
ヒーダさんが目を覚ますのを待たずに去ったってことは、自分の腕にもよほどの自信があったってことだ。
その魔導士にお礼を言えたのは、ケルさんだけってことか。
「どんな人だったの?」
あんまりヒーダさんに無理をさせてもいけないので、私たちはさっきまでヒーダさんが治療に使っていた部屋に行く。
部屋にはベッド一つと椅子が三つ。本当に、最低限に寝るものだけを揃えたって感じだな。
ヒーダさんはベッドに寝かせて、私とフェルニンさん、ガルデさんが椅子に座らせてもらっている。
で、今私が、治療してくれた人の特徴をケルさんに聞いたわけだ。
「それが、フード被ってて顔が見えなくてなぁ。声聞いたら、女だろうってのはわかったけど」
「ふむ」
治療してくれた魔導士は、女の人ってこと以外はわからないらしい。あ、あと凄腕の魔導士ってことか。
フードで正体を隠している、か……もしかして、ルリーちゃんみたいに正体を隠しているダークエルフとかじゃないだろうな?
「冒険者なら、その特徴の人を見つけられるんじゃないか?」
「それが、その人は冒険者じゃないらしいんだよな」
「でも、カタリアさんが見つけてくれたんだろ?」
「ギルド内で声をかけたらその人が手を上げたみたいだけど、冒険者じゃないってさ」
「冒険者じゃないのに冒険者ギルドに?」
正体のわからない相手についていくら話し合ったところで、その正体がわかるわけじゃない。
それに、冒険者じゃなくてもギルドにいることもあるだろう。この国に来たばかりの私がそうだったし。
なので、その話もほどほどに、話は私と対峙した獣のことに。
気になっているのはやっぱり、私は魔術を使えなかったのにフェルニンさんは使えたことだ。
「魔術が使えなかった理由ねぇ……距離とかじゃないか?」
「距離?」
「俺は魔導士じゃないからよくわからんが、単純にエランちゃんはあの獣と近すぎたから魔術が使えなかったんじゃないか?」
獣に対して魔術が使えなかった疑問を口にすると、ガルデさんが考えを述べた。
なるほど距離か……それもありえない話じゃないよな。あの獣の周囲には精霊さんが嫌うなにかがあって、距離が近いと精霊さんの力を借りられない。
距離が離れて、なにかがなくなったことで、精霊さんは普段通りの力を発揮できた、と。
「悪い、こんなことくらいしか思いつかない」
「ううん、ありえる話だと思う」
魔導士じゃないからこそ、着眼点も私とは違う。それが、点で的外れとは思わない。
可能性としては、なんでも考えておくべきだ。
まあ、もうあんな獣と会うこともないだろうけどね。
「ところでエランちゃん、学園のほうは大丈夫なのか?」
「うん、ちゃんと連絡はしてるから」
一応、一連の出来事は軽く連絡はしておいた。魔物討伐だけのはずが、予期せぬ事態で重傷者が出てしまったこと。
ちゃんと回復したのを見届けないと、帰れないこと。
今は、ヒーダさんもちゃんと回復しているようだし……これ以上長居する必要も、ないかな。
「エランちゃん、なんならこのあと、飯でも奢らせてくれ」
「あはは、嬉しいけどさすがにそこまでは。
ヒーダさんも回復したみたいだし、私はそろそろ戻るね」
学園に戻ったら、今回の件を報告しないと。一応、冒険者の仕事を手伝っている以上、学園にもその成果を報告する必要がある。
いずれ、学園全体で冒険者ギルドと提携して、学生に冒険者の仕事を手伝わせ経験を積ませる……私はいわば、そのテストモニターってやつなのだ。
椅子から立ち上がると、ガルデさん、ケルさんも同様に立ち上がりお辞儀をした。ヒーダさんも立ち上がろうとしたが、止められたのでベッドに座ったまま。
三人から頭を下げられて、私は慌ててしまう。
「え、えぇ……!?」
「エランちゃん、本当にありがとう。キミがいなければ、どうなっていたか……」
「いや、私は別に……獣を倒したのは、フェルニンさんですし」
「いや、あそこでキミが足止めを買ってくれたおかげだ。そのおかげで、ヒーダを連れて逃げられた」
「あぁ、あのままじゃ死んでいただろうしな。感謝しかないよ、本当に」
三人から、口々にお礼を言われる。そんな、真正面からお礼を言われると照れてしまう。
視線をさ迷わせるけど、ふと目があったフェルニンさんは小さく笑っていた。
あぁもう……っ、でも、本当にみんな、無事でよかったよ。
1
あなたにおすすめの小説
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
異世界でカイゼン
soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)
この物語は、よくある「異世界転生」ものです。
ただ
・転生時にチート能力はもらえません
・魔物退治用アイテムももらえません
・そもそも魔物退治はしません
・農業もしません
・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます
そこで主人公はなにをするのか。
改善手法を使った問題解決です。
主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。
そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。
「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」
ということになります。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる