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第六章 魔大陸編

408話 らしくない

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 ラッヘの魔力が、高まる……それを本能で察したのか、ルリーが後退し、距離を取った。

「へぇ、頭ん中空っぽになったかと思えば、危機を察知するくらいはできんのか。
 ……いや、本能で察知するくらい、獣にだってできるか」

 距離を取った……それはつまり、ルリーがラッヘに対して警戒をしたということ。
 暴走した状態でも、それは察知したのだ。

 ラッヘは、己の魔力を高めていく。
 それは、魔力回復の術が極端に少ない魔大陸では、自殺行為にも等しい。

「ははっ、お前もエルフ族なら知ってんだろ。いや、今のお前に言っても仕方ねえか」

 ラッヘの体の内から湧き上がる魔力は、形を持って浮かび上がる。
 それはまるで、オーラのようにラッヘの体を、覆っていた。金色の魔力が、バチバチと音を立てて弾ける。

 それはまるで、雷だ。

限界魔力オーバーブースト……エルフ族なら、誰でも知ってる。だが、好んで使うやつはいない。
 そらそうだ、自分の中の魔力を爆発的に引き上げる代わりに、魔力がすっからかんになって動けなくなんだからな」

 原理としては、身体強化に近い。だが、その力は桁違いなものだ。
 身体強化は、あくまでも自分の目安で魔力を操作し、身体の一部または全身を魔力で覆うもの。

 しかし、この限界魔力は、自分の意思とは関係なく強制的に魔力を全身に巡らせる。途中で止めようと思っても、止めることはできない。
 止める方法は、ある。一つだけ……

 それは、体の中の魔力を使い切ることだ。

「強制的に、魔力を使い切る……だから、やり方を知ってたって誰も使いやしねぇ」

 魔力を使い切れば、残るのはただ動けなくなるその身があるだけだ。
 しかも、いつ魔力が切れるのか、本人にもわからない。まるでスイッチを切ったように、ぷつっと魔力が切れるのだ。

 だから……

「ちんたらやってねぇで、一瞬で終わらせてやるよ」

 ラッヘは、その驚異的な脚力で、離されたルリーとの距離を詰める。
 同時に、右腕を振るう。その先、右手に宿る魔力はまるで巨大な爪のような形をしており、ルリーが背後にかわしてもそのリーチを埋める。

 ザクッ、とルリーの腕が刻まれる。

「その硬ぇ魔力も、この力なら……!」

 暴走するルリーの魔力も、相応の硬度を持っている。しかし、今のラッヘにとっては大した脅威ではない。
 続けて左腕でぶん殴るが、ルリーはその場で大きくジャンプをする。

 空中では逃げ場はない……だが、魔力で空中に足場を作れば、その限りではない。

「逃がすかよ!」

 ラッヘもまた、飛び上がる。しかし、空中に足場を作るなんて真似はしない。
 足場を作らなくても、全身に巡った魔力の影響で、一時的に浮遊ができるからだ。

 逃げるルリーを、ラッヘは追う。付かず離れずの距離で、ルリーは……

闇幕ダークネスカーテン……!」

 闇の魔術を、放つ。
 黒いもやがラッヘの全身を包み込み、ラッヘの視界から、感覚から、すべての情報を奪い去っていく。

 この暗闇の中でただ、魔力が切れるのを待つばかり……

「んなわけ、ねぇだろ!」

 しかしラッヘは、止まらない。なにも見えてないはずなのに、一直線にルリーの目の前まで移動。
 その細い首を、掴み上げる。

 見えてもいないし、ルリーのことを触っているという感覚すら、ないはずだ。だがラッヘは、その手を離さない。

「ぐぅ、う……!」

「はっ、舐めんなよ。この目と限界魔力オーバーブーストを組み合わせりゃ、お前の位置くらいは掴めるんだよ!
 ま、私も今知ったんだけどなぁ!」

 正直な話、闇幕ダークネスカーテンに包まれたラッヘは、やられたと思った。
 魔力が暴走し、自我を失っている状態では、魔術は使えないだろうと踏んでいたのだ。

 結果として、魔術は放たれた。ドラゴンであるクロガネさえも、その思考判断を鈍らせる魔術。
 ラッヘに抗う術など、ないと思われたが……

「こっちが地面か? おらぁ!」

 己の魔力を、極限にまで引き出したおかげだろうか……"魔眼"と反応し、対峙しているルリーの魔力がぼんやりと見えた。
 ルリー自身も、魔力が暴走しているため普段より、魔力が見えやすかった。

 それでも、感覚の一切がないのは、流石と言うべきだろう。

「それでも、勘までは鈍っちゃいねぇよ」

 地面にルリーを押し付け、ラッヘは不敵に笑った。
 見えなくても、感じられなくても、自分の勘を疑うことまではしない。勘に頼って、これまでどれほどよ危機を乗り越えてきたか。

 だから……勘に従い、ラッヘは魔力を手の先に集中させる。

「これでダークエルフを掴めてなかったら、笑えるな」

 もしもこの手の先に、ルリーを捕らえていなければ……魔力を使い切って、動けなくなる。その隙に、ルリーに殺されるかもしれない。
 それがわかっていながら、ラッヘに躊躇はなかった。

 放たれた魔力は、ラッヘの手から逃れようともがくルリーわ巻き込み……その場で、小規模な爆発を起こした。

「っ、あ……力が……」

 その直後……ラッヘの体から、力が抜けていく。
 魔力を使い切ってしまったためだ。地面に寝転がり、紫色の空を見上げる。

 ……らしくない。あの女のためにダークエルフを止めるのも、自分がピンチになる可能性がありながら限界魔力オーバーブーストをするのも、いつ誰に殺されるかわからない状況で無防備をさらしているのも。
 なにもかも、らしくない。

 らしくない……だが、らしくないなりに……

「……すぅ」

「ちっ、のんきに寝てやがる」

 役目は、果たした。無傷とはいかないが、死んではいないし上出来だろう。
 あとは、お前の番だと……ラッヘは、上空に飛び立ったエランの姿を、追いかけた。
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