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第三章 変わったことと変わらないこと
第106話 再びの告白イベント
しおりを挟む今の告白イベント、時間としては五分と経っていない。
甘酸っぱいはずの男の決意は、そんな短い時間で散っていったのだと思うと、なんとも悲しい。
「……あれ?」
イベントは終わった。なのに、リミはその場から動かない。どころか、腕時計をチラチラ確認している。
なにをしているのか……まさかという予想が浮かんでくるとともに、その場に変化が現れる。
先ほど男が去っていった道……その向こう側から、別の男がやってきたのだ。まさかの予想は、確信に変わった。
「再びの告白イベント……だと?」
十二時三十分……先程の男の告白イベント。それから僅か五分後、別の男のイベントが始まろうとしていた。
「まさかの連続告白……それをいっぺんに済ませようとするリミも、とんでもねえな。無視しないから仕方ないんだろうけど」
まさか、立て続けに告白イベントが訪れるとは思わなかった。リミに覗きがバレないためにも帰るところだったのだが、これは最後まで見守るしかないだろう。
体勢を直す。
さてさて、お次は……目を凝らす。
現れたのは、オールバックにした金髪が無駄に輝いているのが印象的な男だ。制服のボタンを上いくつか外しており、なぜか胸元をはだけさせている。
制服越しにも目立つ、筋肉質な体を見せつけている感じだ。
予想する間でもなく、ナルシスト。大柄な男で、自信満々に歩いてくる様子からもうかがえるが……とても、キモい。
「なんだあの男……」
現実にいるのか、あんな『自分に自信満々』を絵に描いたような男が。これはあれだ、お友達どころかお近づきにすらなりたくない人種である。
まさかリミがあの男になびくとも思えないし、さて今度はどれほどの毒舌の嵐が吹き荒れるのか……
ちょっとドキドキしながら観察していると……
「やあ、待たせたね。早速だが、キミを呼び出した理由について……」
「ごめんなさいお断りします。もう帰ってもいいですか」
まさに速攻であった。腰を折り断りを入れる姿は、まさしく見事なお断りだ。そうしたい気持ちは痛いほどわかるが、まさか告白させもしないとは。
しかも、そのままその場を去ろうとしていて……
「やっべ、こっちに……」
このままでは、リミがこっちに来て達志たちがここで覗いていたことが、ばれてしまう。
そうなってしまう前に、急ぎこの場を離れなければ……
だが、その未来が実現することはなかった。いつの間に回り込んだのか、去ろうとするリミの正面へと移動した男は、リミに迫る。
そして壁際に追い詰めたリミに手を伸ばし……壁に手を突いたのだ。
それはまさしく……
「か、壁ドン……」
「今時ふっりいなぁ……」
いわゆる、壁ドンであった。女性なら一度はときめくシチュエーション……
らしいのだが、なぜだろう見ている側はまったくドキドキしない。それはおそらく、されているリミも同じだと思えるほどに。
達志とヘラクレス、両者が抱いたのは似て異なるものだ。絵に描いたような筋肉ナルシストが、絵に描いたような壁ドンを、現実にするその光景。
若干引き気味の達志。今時壁ドンなんて古いと、さらに引き気味のヘラクレス。
そういえば俺が眠る前からあったもんな壁ドン……と、ぼんやり達志は考える。
十年以上前からあった壁ドンを引き出してきたわけだ、あの男は。確かに古いのかもしれない。
「待ちたまえ。ワタシの告白くらい聞いていったらどうだ? ん?」
吐きそうなほどに、キザったらしい口調。なぜだろう、声はかろうじて聞こえる程度の距離なのに、この不快さはどこから来るのか。
オールバックの髪を、片手でかき上げている。
「いえ、いくら言われても答えは変わらないので……」
予想通り、リミは全然ドキドキしていない。あれにドキドキされても達志も困る。
どころか、今までに見たことがないほどに、冷たい瞳をしている。鋭い、まさに氷だ。
その瞳を向けられているのは自分ではないのに、ゾクゾクと背筋が凍ってしまう。
それを直接受けているはずの男は平然としたまま、リミの顎を持ち上げて、嫌でも自分の方を向かせている。そんな汚い手でリミに触るな。
ここはすぐにでも助けに入った方がいいのだろう。しかし達志は、リミの魔法の威力のすごさを知っている。
なにかあっても……いやある前に、リミの手にかかればあんな男、一瞬で氷付けだろう。
「リミたん、大丈夫かな」
だが、そんな高をくくっていた達志に、不安そうな声。
いつもひょうひょうとしたスライムさんにしては、珍しく苦々しいといった表情だ。
え、大丈夫ってなにが。
「それってどういう?」
「いやな、タツは多分、リミたんは魔法があるから大丈夫って思ってんだろ?
けど原則、魔法は授業以外での私的な使用は禁止されてるんだよ。使用許可の下りてる建物外ならなおさらな。
ま、回復、復元はオーケーとか、許可とればオーケーとか、緊急時とか。いろいろあるけどな」
「え、そんな設定今まであったの?」
「設定とか言うなよ。ゴリラんときは緊急事態だったし、そういうことで納得しといてくれ」
首を傾げる達志に、ヘラクレスは丁寧に説明してくれる。
ふむふむ、授業以外では禁止……初めて聞いた。よくよく考えてみれば当然な気もするが。
ふと、思い返す。授業以外で魔法を使った場といえば……トサカゴリラのテロの件、くらいだろうか。
あの時は状況が状況なだけに、仕方がなかった。
まあ学校側からの許可が出たってことだ。
回復及び復元は、人を傷つけるタイプの魔法ではない。魔法禁止は、間違っても誰かが悪用しないためのものだろうから、この二つは適用外なわけだ。
むしろ救う側の魔法だし。
ルーアはちょいちょい勢いで魔法を使おうとしているが……それは置いといて、だ。
つまり……今のリミは、なんの力もないただの女の子ということだ。
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