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獣人達の国

148:招待されました

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 多分俺が自身の行動というかその後の方針を決め、心の整理をつけていた時のことだと思う。
『思う』というのは、正直言ってよく覚えていないからだ。
 あのときは色々悩んでいたし、その後に自分の心に整理をつけることができて浮かれていたから正直言ってよく覚えていない。

「そうです!    思い出していただけましたか!    あの時は本当にありがとうございました!」

 だが、向こうにとっては忘れることのできない記憶のようで、わざわざ俺に礼まで言ってきた。

 俺としては今まで忘れていたどころか、助けた当時でさえ大して関心を持っていなかった事に礼を言われても素直に礼を受け取り難い。

「……いえ、ご無事に戻られることができたようで何よりです」

「アルディス様」
「あっ」

 側近に名を呼ばれると、アルディスと呼ばれている少年は俺に礼をいうことができて満足したのか、ハッとしたように振り返った。
 そして先程よりもしょんぼりとしてしまった。

 ……貴族の子にしてはイメージや知識と違うな。獣人だからこんなものなのか?



「お前がアルディス様の恩人なのは理解した。が、それとこの騒ぎは関係ない。それ相応の対応をさせてもらう」

 側近ではない後ろに控えていた兵の中から偉そうな人物が前に出てきてそう言った。見た目は他の兵たちと同じ格好をしているが、こんな状況で前に出てくるんだからそれなりに地位のある者なんだろうと思う。多分隊長とかか?

「待って頂きたい。私は罪に問われるのでしょうか?」

 だが、このまま罪に問われるのは勘弁して欲しい。
 折角穏便に済ませるためにあの魔術具店の件で騒ぎを起こさなかったのに、それじゃ俺が我慢した意味がなくなってしまう。

「当然だ。このような場で剣を抜いたのだからな」
「では尚更受け入れられません。確かに私は剣に手を置き、抜けかけてはいました。ですが剣を抜いてなどいません。剣を抜き周囲に混乱を齎したのはあちらの彼だけです」

 俺は自分が逃げるためにウースに全部押し付ける事にした。これならばウースと戦いを回避できるし、そのまま逃げ切ることができる。
 実際俺はまだ剣を抜いてなかったし嘘じゃない。

「だが問題を起こしたのは事実であろう?」
「不可抗力です。いきなり因縁をつけられたのです。私は争うつもりはなかったのですが、彼がいきなり剣を抜いたのです」

 俺がそう言い募ると、隊長(仮)は眉を寄せて何かを考え始めた。

「……ならばそちらの者だけ連れて行け」

 さっきと違う対応になったのは、アルディスという少年のおかげだろう。
 彼がいるから、その彼の恩人である俺が、自分には非がないと言い張っているのに捕まえるわけにはいかないんだろう。

 だが、警備としてはさっさと終わらせてしまいたい。だからウースだけを連れて行くという事にしたんだと思う。
 まあ俺が捕まんないんならその結果がどうあっても問題ない。どうせそこまで重い罪にはならないだろうし、最悪でも懲役か罰金で済むだろう。……懲役なら良いな。暫く会わなくて済むし。

「ふざけるな!    何で俺がっ!    離せ!」

 警備に取り押さえられそうになり叫ぶウースだが、それで警備の者達が止まるような事はない。

「待ってください」

 だが、そこに待ったがかかった。それは目の前のアルディスという少年のものだ。

「……いかがされましたか?」

 隊長(仮)は止められた事に少しばかりうんざりした顔になってからアルディスに向き直った。
 いくらアルディスからは表情が見えなかったとしても、ここまでわかりやすいものだろうか?
 多分だが、この少年は権力者の子供ではあるが、あまり尊重されているような立場ではないのだろう。
 疎まれている、とまではいかないが、軽んじられているのは確かだと思う。

「その者は確か大会の本戦参加者だったはずです。欠員は出せませんので、連れて行くのであれば明日には開放してください」
「それは……。かしこまりました」

 隊長は渋々と言った様子で頷くが、どういう事だろうか?
 いくら大会の本戦参加者であったとしても、本来は捕まってもおかしくないのにそれを捻じ曲げてまで大会に出す必要なんてあるのか?

 アルディスの言葉で今抵抗するのは得策ではないとやっと判断することができたのか、ウースは大人しく警備の者に連行されている。
 その際、最後まで俺の事を睨んでいて、俺に対する敵意もその姿が消えるまでずっと俺に向けられていた。



「あの、助けていただいたお礼に我が家へ招待したいのですが、いかがでしょうか?」
「アルディス様。グラティース様の許可なき行動は慎まれるよう言われていたはずです」

 再び諌められてが、アルディスは首を横に振って自分の意思を示している。

「いいえ。これは父上もご了承されている事です。恩人が見つかったら連れてきて欲しい、と」

 そう言われては何も言えなくなってしまうようだ。
 今までは子供の相手をしていた感じで、そうにか少年を抑えようとしていたが、父が呼んでいると言われた瞬間止めなくなってしまった。

「いかがでしょうか?」

 どうしたもんか……。正直言って権力者にいい感情はない。それは王国で城にいた時の経験が残っているからなのかも知れないが、さて……。

「私は冒険者でありますので、ご招待にふさわしき格好をできません。それでもよろしいのですか?」
「はい。父は冒険者の方に理解があります。父自身もかつては冒険者として活動したことがあるそうです。ですので気にされないと思います」

 ……これは暗に遠回りに断っていたんだが気づかなかったか。

「ご招待、ありがたくお受けいたします」

 これ以上断るのは失礼になるので仕方なく招待を受ける事にする。
 ……まあ考え方を変えればよかったのかも知れない。
 見た感じそれなりに立場がある家みたいだし、治癒に関して何か情報があるかも知れないからな。恩を感じているようだから話を聞く程度なら出来るだろう。
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