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イリンと神獣
360:呼び出し
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「よう、おめでとう! 儀式ん時は手加減しねえからな!」
そう言ったのはイリンの兄の一人であるエルロンだ。
エルロンの他にも何人もの里の者が俺の周りに集まり、声をかけてくる。
今俺は、イリンと環と離れて一人で里の訓練場までやって来ていた。
俺たちの誓いの儀式の準備が始まってから今日で五日が経過し、その間に里にいる全員に話は通ったようで、俺はどこに行っても視線の的となっていた。
なのであまり外を出歩きたくないのだが、女側と違ってなにも用意することのない男側は、儀式の時までしっかりと訓練をしておくというのが一応準備になるらしい。
まあ、明確にそうと決まっているわけではないのだが、みんな儀式ですぐにやられるのが嫌だと言って修練しているそれが習慣化したのだという。
確かに、殴り合いが始まって一撃でやられたらかっこ悪い。いくら問題がないとは言っても、好きな人の前で少しも見せ場がないと言うのは堪えるものがあるだろう。
俺だってここの人たちに身体能力に劣るとはいえ、なにもせずに終わるのは嫌だ。
「うぎぎぎ……どうしてあんな奴に……」
そんなわけで少しでも生き残れるように訓練場にいる人たちに稽古をつけてもらうことになったのだが、そこにはイリンのことが大好きなイーラがいた。
どうやらイリンに足を折られてもその愛情は衰えることはないらしく、初日の夕食で叫んだあとは、こうして俺を見るたびに修羅のような形相で俺を見ている。
幸いなのは俺に手を出すことはないことだが、このままでは儀式の時にボコボコにされる気がする。
「おうおう、やってんなあ」
「ウォルフ」
その場にいた人達に協力してもらって訓練をしていたのだが、そろそろ終わりにするかなと思っているとウォルフが悠々とやってきた。
どうやら本当に儀式の準備はウォードに一任しているらしく、こう言う時に取り仕切るはずの長だというのにウォルフは暇らしい。
もう終わりにしようと考えていたところなので、丁度いいと思い俺は訓練相手になってくれた人たちに礼を言ってから帰路に着くことにした。
「おう。どうだよ、調子は」
「あー、やっぱきついな。これでも王国の騎士相手だと魔術なしでもそれなりに戦えたんだけど、ここの奴ら相手だと、なかなか勝てねえわ」
「はんっ、集団で敵をボコることを前提に鍛えてる奴らと比べんな」
「みたいだな」
──ァォォォォォォォ……
そうしてウォードの家に帰りながら話していると、どこからか犬の遠吠えのような音が聞こえた。
音の聞こえた方へ振り向いたが、その方向には森しかない。それも街道に出る方向じゃなくて、もっと森の奥に向かう方向だ。
その音には覚えがあった。今回この里にきた時もそうだが、ここの人たちは遠吠えをして連絡している。それは普段は使わず緊急時や急ぎの時にしか使わないらしいが、それが今聞こえたと言うことはなにかしら問題があったのだろうか?
「……今のは遠吠えか? もしかして何かあった──」
そう思ってウォルフへと向き直ったのだが……
「あの野郎。諦めてなかったのか……」
そう言ったウォルフの表情は強い怒りと嫌悪。それと……悔しさ、だろうか? そんないろんな感情が入り混じった複雑なものだった。
「おいウォルフ。なにがあった?」
「……イリンはどこだ。家にいんのか?」
「あ? ああ。今は準備で飾りを作ってるはずだけど……」
「そうか」
俺の問いに答えることなくが逆に問い返してきたウォルフは、短くそれだけ言うと走り出した。
「あ、おいっ! どうしたってんだよ」
「……」
突然走り出したウォルフの背を追って俺も走るが、相変わらず俺の問いに答えてはくれない。
「イリン!」
そうして辿り着いたのはウォードの家。ウォルフは家に着くと乱暴に玄関の扉をあけて大声でイリンをよんだ。
「長。先ほどのは……」
だが、自室に篭って誓いの儀式用に飾りを作っていたはずのイリンは、なぜか環やイーヴィンたちとともにリビングにいた。
「俺が確認してくる。お前は来んな。いいか。絶対に来るんじゃねえぞ」
「ですが、あれは私を……」
「お前は来んなつったんだ。里の奴らを守んのは俺の役目だ。今度は見捨てねえ。今度こそ守ってやる。お前は誓いの準備をしてりゃあいいんだ」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟くウォルフ。
その様子は何か覚悟を決めたように見え、なんでそんな顔をする理由がわからない俺は不安を感じながらイリンへと視線を向けた。
「ウォルフ!」
そんな時、開けっぱなしだった玄関からウォードが息を切らしながら駆け込んできた。
「来たな。……おいウォード! 前にした話、忘れてねえだろうな」
「前だと? ……お前、まさか……」
「忘れてねえかって聞いてんだ」
「…………ああ」
「なら、あとは任せた」
ウォルフはそれだけ言うと道を塞ぐ位置に立っていたウォードを強引にどけて歩き出す。
「おい、どこ行くんだよ」
だがそれは、まるでこれから死地に行くように思えてしまった俺はその肩を掴んで止める。
「……アンドー。……ああ、ちっと我らが神獣様に呼び出されてな。行ってくらぁ」
俺に肩を掴まれ歩みを止められたウォルフは、さっきまでの顔を消していつものように楽しげに笑ってそう言った。
「心配すんな。そう何日も離れた場所にあるわけじゃねえんだ。何か問題があったところで、お前らの誓いには間に合うさ」
肩に置かれた俺の手を払い除けて再び前を向いたウォルフ。
「イリンのこと、目を離すんじゃねえぞ」
小さく呟くようにそう言って出て行ったウォルフは、翌日になっても帰ってこなかった。
そう言ったのはイリンの兄の一人であるエルロンだ。
エルロンの他にも何人もの里の者が俺の周りに集まり、声をかけてくる。
今俺は、イリンと環と離れて一人で里の訓練場までやって来ていた。
俺たちの誓いの儀式の準備が始まってから今日で五日が経過し、その間に里にいる全員に話は通ったようで、俺はどこに行っても視線の的となっていた。
なのであまり外を出歩きたくないのだが、女側と違ってなにも用意することのない男側は、儀式の時までしっかりと訓練をしておくというのが一応準備になるらしい。
まあ、明確にそうと決まっているわけではないのだが、みんな儀式ですぐにやられるのが嫌だと言って修練しているそれが習慣化したのだという。
確かに、殴り合いが始まって一撃でやられたらかっこ悪い。いくら問題がないとは言っても、好きな人の前で少しも見せ場がないと言うのは堪えるものがあるだろう。
俺だってここの人たちに身体能力に劣るとはいえ、なにもせずに終わるのは嫌だ。
「うぎぎぎ……どうしてあんな奴に……」
そんなわけで少しでも生き残れるように訓練場にいる人たちに稽古をつけてもらうことになったのだが、そこにはイリンのことが大好きなイーラがいた。
どうやらイリンに足を折られてもその愛情は衰えることはないらしく、初日の夕食で叫んだあとは、こうして俺を見るたびに修羅のような形相で俺を見ている。
幸いなのは俺に手を出すことはないことだが、このままでは儀式の時にボコボコにされる気がする。
「おうおう、やってんなあ」
「ウォルフ」
その場にいた人達に協力してもらって訓練をしていたのだが、そろそろ終わりにするかなと思っているとウォルフが悠々とやってきた。
どうやら本当に儀式の準備はウォードに一任しているらしく、こう言う時に取り仕切るはずの長だというのにウォルフは暇らしい。
もう終わりにしようと考えていたところなので、丁度いいと思い俺は訓練相手になってくれた人たちに礼を言ってから帰路に着くことにした。
「おう。どうだよ、調子は」
「あー、やっぱきついな。これでも王国の騎士相手だと魔術なしでもそれなりに戦えたんだけど、ここの奴ら相手だと、なかなか勝てねえわ」
「はんっ、集団で敵をボコることを前提に鍛えてる奴らと比べんな」
「みたいだな」
──ァォォォォォォォ……
そうしてウォードの家に帰りながら話していると、どこからか犬の遠吠えのような音が聞こえた。
音の聞こえた方へ振り向いたが、その方向には森しかない。それも街道に出る方向じゃなくて、もっと森の奥に向かう方向だ。
その音には覚えがあった。今回この里にきた時もそうだが、ここの人たちは遠吠えをして連絡している。それは普段は使わず緊急時や急ぎの時にしか使わないらしいが、それが今聞こえたと言うことはなにかしら問題があったのだろうか?
「……今のは遠吠えか? もしかして何かあった──」
そう思ってウォルフへと向き直ったのだが……
「あの野郎。諦めてなかったのか……」
そう言ったウォルフの表情は強い怒りと嫌悪。それと……悔しさ、だろうか? そんないろんな感情が入り混じった複雑なものだった。
「おいウォルフ。なにがあった?」
「……イリンはどこだ。家にいんのか?」
「あ? ああ。今は準備で飾りを作ってるはずだけど……」
「そうか」
俺の問いに答えることなくが逆に問い返してきたウォルフは、短くそれだけ言うと走り出した。
「あ、おいっ! どうしたってんだよ」
「……」
突然走り出したウォルフの背を追って俺も走るが、相変わらず俺の問いに答えてはくれない。
「イリン!」
そうして辿り着いたのはウォードの家。ウォルフは家に着くと乱暴に玄関の扉をあけて大声でイリンをよんだ。
「長。先ほどのは……」
だが、自室に篭って誓いの儀式用に飾りを作っていたはずのイリンは、なぜか環やイーヴィンたちとともにリビングにいた。
「俺が確認してくる。お前は来んな。いいか。絶対に来るんじゃねえぞ」
「ですが、あれは私を……」
「お前は来んなつったんだ。里の奴らを守んのは俺の役目だ。今度は見捨てねえ。今度こそ守ってやる。お前は誓いの準備をしてりゃあいいんだ」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟くウォルフ。
その様子は何か覚悟を決めたように見え、なんでそんな顔をする理由がわからない俺は不安を感じながらイリンへと視線を向けた。
「ウォルフ!」
そんな時、開けっぱなしだった玄関からウォードが息を切らしながら駆け込んできた。
「来たな。……おいウォード! 前にした話、忘れてねえだろうな」
「前だと? ……お前、まさか……」
「忘れてねえかって聞いてんだ」
「…………ああ」
「なら、あとは任せた」
ウォルフはそれだけ言うと道を塞ぐ位置に立っていたウォードを強引にどけて歩き出す。
「おい、どこ行くんだよ」
だがそれは、まるでこれから死地に行くように思えてしまった俺はその肩を掴んで止める。
「……アンドー。……ああ、ちっと我らが神獣様に呼び出されてな。行ってくらぁ」
俺に肩を掴まれ歩みを止められたウォルフは、さっきまでの顔を消していつものように楽しげに笑ってそう言った。
「心配すんな。そう何日も離れた場所にあるわけじゃねえんだ。何か問題があったところで、お前らの誓いには間に合うさ」
肩に置かれた俺の手を払い除けて再び前を向いたウォルフ。
「イリンのこと、目を離すんじゃねえぞ」
小さく呟くようにそう言って出て行ったウォルフは、翌日になっても帰ってこなかった。
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