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イリンと神獣
361:里の秘密
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「……あいつ、どうしたんだ?」
その場から走り去ったウォルフの背を見送って、なにが起きているのかさっぱりわからない俺は誰に問うでもなくそう呟いた。
なにが起きた? なんでイリンが呼ばれた? どうしてウォルフ達はそんなに慌てているんだ?
そんな考えが俺の頭の中に生まれたが、それはいくら考えていてもわからないことばかりだ。
「ウォード。あなたは何か知っていますね?」
背後から聞こえたのはイーヴィンの声。それはこの場で唯一詳しい事情を知っていそうな人物──ウォードへと投げ掛けたものだった。
俺はそんな声に反応してウォードへと視線を向ける。
「……」
だがウォードは答えない。
「そしてそれはイリンに関すること。違いますか?」
「……」
自身の質問に答えないウォードにイーヴィンはなおも問いかける。
だが、それでもウォードは硬く口を閉ざしたままだ。
「ならイリン。お前はなにか知ってるか? さっきの遠吠えはなんだったんだ。誰がなにを言ったんだ?」
「え、そ、それは……その……」
詳しく知っているかは分からないが、それでもイリンが何かを知っているのはさっきの態度で分かった。
だからこそ話そうとしないウォードの代わりに聞こうとしたのだが、普段の態度と違って、イリンは俺の言葉にも答えようとせずに戸惑いを見せている。
だが、その戸惑いもずっと続くことはなく、ついにはゆっくりとだが話した。
「……神獣……様が、私を連れてこい、と」
「神獣が?」
少し間が開いてから『様』と付け足したのは、親とはいえ一応里の者の前だからだろうか?
「正確には『最後に我が元に来た娘を連れてこい』ですね。最初はイリンの誓いを祝ってくださるものだと思っていたのだけれど……どうやら違うみたいですね」
そこにイーヴィンが言葉を付け加えた。
最後に我が元に来た娘、ってのがイリンのことだとして、神獣が一体なんの用があるんだ?
……待て。そういえば、ここの神獣は、確かイリンにボコされたんじゃなかったか?
イリンも重傷を負ったみたいだから引き分けなのかもしれないけど、敵対し怪我をさせたのは間違いない。それを考えると、友好的なものではないだろう。少なくとも祝いのために呼ぶってことはないはずだ。
「その神獣はイリンになんの用があるのかしら? あなたは何か心当たりはあるの?」
「…………ないわけでは、ありません」
環の問いに、イリンは視線をそらしてそう言った。これは心当たりはあるけど、言えないってことか?
イリンのことだから、俺が無理やり命令すれば言うんだろうけど、それはしたくない。やっぱりウォードに聞くのが一番いいか。
「ねえ、ウォード。私たちには話せないことなの? イリンは私の実の娘ではないけれど、それでも娘のように思っているわ。そんなイリンに何か危険な事があるのでしょ? 話してくれないかしら?」
「…………ダメだ。いくらお前達でも、話せない。……話せないんだ」
イーヴィンに代わって、今度はエーリーがウォードの説得にかかったが、それでもウォードは話そうとしない。
だがその表情は、何かを堪えるような苦しげなものだった。
そんなウォードを見ていると、不意に視線があった。
「…………だがアンドー。お前なら……」
そしてウォードは何かに気がついたようにハッと目を見開くと、しばしの葛藤を見せた後そう言って家の外へと歩き出した。
「ついてこい」
そうして歩いていくウォードの事を訝しげに思いながらもついて行こうと歩きだすが、イリンに腕を掴まれて止められてしまった。
「イリン?」
「あ……いえ、その……すみません」
どうやらイリンは自分でもなぜ俺の腕を掴んだのか分からないようで、パッと手を離すと困惑したようにそう言った。
「大丈夫だ」
俺はそう言ってイリンの体を引き寄せて思い切り抱きしめた。
事情はわからないが、イリンが何かに不安を感じているのはわかる。
なんの事情も知らない俺がその不安を完全に消してやることはできない。だが、それでもその不安を薄れさせてやることはできるはずだ。
俺の考えが正しい事を証明するように、最初は強張っていたイリンの体から力が抜けていくのがわかった。
そのことにホッとした俺は、顔をイリンから環の方へと向ける。
「環。なにが起きてるのか分からないけど、イリンの事を頼めるか?」
「わかりました。任せてください」
俺の言葉に頷いた環を見て俺も肯き、最後にイリンを抱きしめる腕にギュッと力を込めてから体を離した。
そして先に行ったウォードの後を追いかけて走り出した。
ウォードに追いついてそのまま進んでいった先は、先日ウォルフと共に来てウースの死を教えた洞窟だった。
「……これからする話を、里の者達は知らない。長と、次期長しか知らない話だ。俺が知ってるのは、ウォルフが万が一があった場合にと、俺に教えたからだ。本来は里の者には伝えてはいけないのだが、お前はまだ里の者じゃない」
だから大丈夫だというようにウォードは屁理屈をいうが、俺にとっては話してくれるならなんでもいい。
たどり着いた洞窟で、ウォードは剥き出しの地面にどかりと腰を下ろすとしばらく目を瞑ったのちに、数度の深呼吸をしてから話し出した。
「俺たちの先祖は、元は人間だった」
そして告げられたのはそんな言葉だった。
その場から走り去ったウォルフの背を見送って、なにが起きているのかさっぱりわからない俺は誰に問うでもなくそう呟いた。
なにが起きた? なんでイリンが呼ばれた? どうしてウォルフ達はそんなに慌てているんだ?
そんな考えが俺の頭の中に生まれたが、それはいくら考えていてもわからないことばかりだ。
「ウォード。あなたは何か知っていますね?」
背後から聞こえたのはイーヴィンの声。それはこの場で唯一詳しい事情を知っていそうな人物──ウォードへと投げ掛けたものだった。
俺はそんな声に反応してウォードへと視線を向ける。
「……」
だがウォードは答えない。
「そしてそれはイリンに関すること。違いますか?」
「……」
自身の質問に答えないウォードにイーヴィンはなおも問いかける。
だが、それでもウォードは硬く口を閉ざしたままだ。
「ならイリン。お前はなにか知ってるか? さっきの遠吠えはなんだったんだ。誰がなにを言ったんだ?」
「え、そ、それは……その……」
詳しく知っているかは分からないが、それでもイリンが何かを知っているのはさっきの態度で分かった。
だからこそ話そうとしないウォードの代わりに聞こうとしたのだが、普段の態度と違って、イリンは俺の言葉にも答えようとせずに戸惑いを見せている。
だが、その戸惑いもずっと続くことはなく、ついにはゆっくりとだが話した。
「……神獣……様が、私を連れてこい、と」
「神獣が?」
少し間が開いてから『様』と付け足したのは、親とはいえ一応里の者の前だからだろうか?
「正確には『最後に我が元に来た娘を連れてこい』ですね。最初はイリンの誓いを祝ってくださるものだと思っていたのだけれど……どうやら違うみたいですね」
そこにイーヴィンが言葉を付け加えた。
最後に我が元に来た娘、ってのがイリンのことだとして、神獣が一体なんの用があるんだ?
……待て。そういえば、ここの神獣は、確かイリンにボコされたんじゃなかったか?
イリンも重傷を負ったみたいだから引き分けなのかもしれないけど、敵対し怪我をさせたのは間違いない。それを考えると、友好的なものではないだろう。少なくとも祝いのために呼ぶってことはないはずだ。
「その神獣はイリンになんの用があるのかしら? あなたは何か心当たりはあるの?」
「…………ないわけでは、ありません」
環の問いに、イリンは視線をそらしてそう言った。これは心当たりはあるけど、言えないってことか?
イリンのことだから、俺が無理やり命令すれば言うんだろうけど、それはしたくない。やっぱりウォードに聞くのが一番いいか。
「ねえ、ウォード。私たちには話せないことなの? イリンは私の実の娘ではないけれど、それでも娘のように思っているわ。そんなイリンに何か危険な事があるのでしょ? 話してくれないかしら?」
「…………ダメだ。いくらお前達でも、話せない。……話せないんだ」
イーヴィンに代わって、今度はエーリーがウォードの説得にかかったが、それでもウォードは話そうとしない。
だがその表情は、何かを堪えるような苦しげなものだった。
そんなウォードを見ていると、不意に視線があった。
「…………だがアンドー。お前なら……」
そしてウォードは何かに気がついたようにハッと目を見開くと、しばしの葛藤を見せた後そう言って家の外へと歩き出した。
「ついてこい」
そうして歩いていくウォードの事を訝しげに思いながらもついて行こうと歩きだすが、イリンに腕を掴まれて止められてしまった。
「イリン?」
「あ……いえ、その……すみません」
どうやらイリンは自分でもなぜ俺の腕を掴んだのか分からないようで、パッと手を離すと困惑したようにそう言った。
「大丈夫だ」
俺はそう言ってイリンの体を引き寄せて思い切り抱きしめた。
事情はわからないが、イリンが何かに不安を感じているのはわかる。
なんの事情も知らない俺がその不安を完全に消してやることはできない。だが、それでもその不安を薄れさせてやることはできるはずだ。
俺の考えが正しい事を証明するように、最初は強張っていたイリンの体から力が抜けていくのがわかった。
そのことにホッとした俺は、顔をイリンから環の方へと向ける。
「環。なにが起きてるのか分からないけど、イリンの事を頼めるか?」
「わかりました。任せてください」
俺の言葉に頷いた環を見て俺も肯き、最後にイリンを抱きしめる腕にギュッと力を込めてから体を離した。
そして先に行ったウォードの後を追いかけて走り出した。
ウォードに追いついてそのまま進んでいった先は、先日ウォルフと共に来てウースの死を教えた洞窟だった。
「……これからする話を、里の者達は知らない。長と、次期長しか知らない話だ。俺が知ってるのは、ウォルフが万が一があった場合にと、俺に教えたからだ。本来は里の者には伝えてはいけないのだが、お前はまだ里の者じゃない」
だから大丈夫だというようにウォードは屁理屈をいうが、俺にとっては話してくれるならなんでもいい。
たどり着いた洞窟で、ウォードは剥き出しの地面にどかりと腰を下ろすとしばらく目を瞑ったのちに、数度の深呼吸をしてから話し出した。
「俺たちの先祖は、元は人間だった」
そして告げられたのはそんな言葉だった。
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本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
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