聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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前世編

また明日。

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 浮島 椿は、今日も嘘をつく。
世界で一番大好きな人達に嘘をつく。
大好きだからこそ、嘘をつく。
私は一体、いつまで嘘をついていれば良いんだろう。
いつまでも嘘をつき続けられる程、私の良心は腐ってはいない。
でもそれでも私は。

嘘をつく。

毎日、毎日、毎日。

嘘をつくんだ。

 ◇  ◆  ◇

「椿~~!今日この後ヒマ?駅前の新しいカフェ行かない?」
大学のキャンパスを出ようとしたところに駆け寄って来たのは、御上 空。私の高校時代からの親友。肩の上で綺麗に揃えられた焦げ茶色の髪と優しげな目元が印象的な女の子だ。
 「ごめんね空ちゃん!私、もう帰らないとダメなんだ。また今度行こう?」
 「そっかぁ~。うん、わかった!また誘うからね!それにしても椿。またお父さんとお母さんと一緒に出掛けるの?」
 「うん、そうなの。今日は家でゆっくり皆んなでDVD見るんだよ。」
言いながら、私は心の中で目の前の親友に謝る。

ーーーーごめんね。それ、嘘なんだ。

 「そうなんだ~。昨日はボーリング、一昨日はカラオケ、その前が…釣り、だっけ?ほんっと仲良いよねぇ椿ん家は。」
 「…そう、かな。でももういい加減、放課後くらいは自由に過ごしたいな私は。でも、言っても聞いてくれないんだよ!せめて社会人になるまでは一緒に過ごしたいって言って。」

ーーーーごめん。ごめんね。嘘ついてて、ごめんね。でも、空ちゃんは私が本当のことを言ったら困るでしょう?だから嘘をつかせてね、空ちゃん。ごめんなさい。

 「良いじゃん!愛されてて。それよりホラ!帰んなくって良いの?もうこんな時間だけど。」
見ると椿が大学を後にしようとしてから早くも8分が経過していた。慌てて空に別れを告げて、走り出す。
 「じゃあね空ちゃん!」
 「うん!また明日ねー椿ーー。」 
 「うん、また明日。」

明日が来ることを信じて、椿は大学を後にした。
明日椿に会えることを信じて、空は椿に「またね」と言った。
明日が来ることを当たり前だと。
そう信じて疑わない二人は知る由もなかった。
二人が「また」会えるのは、もっとずっと、ずっとずっと、未来のことだと言うことを。
いつも通りの日々が、その日終わることを。 


 ◇  ◆  ◇

 「あ、おーい御上!浮島が見当たらないんだけど…どこにいるか知らないか?」
そう言いつつ駆け寄って来たのは私、御上 空の高校時代からので鈴堂 圭と言う青年だ。断じて友達じゃ無い。そう、こいつは知り合いだ。
 「はぁ?何。やっっっっと告白する気にでもなった訳?ま、全力で邪魔するけどね!!」
威嚇しながらそう言うと、彼は慌てて首をブンブンとふった。………勿論、横に。
 「違う違う!違うぞ⁉︎そう言うのはもうちょっと後でだな…って、いやそうじゃなくて。実は浮島に授業ノート借りててさ、今日中に返して欲しいって言われてたから返そうと思ってたんだけど、どこにも居なくてな。もう帰っちゃったか?」
 「椿はたった今帰ったよ。バーーーカ!」
あっかんべー、とサービスまでしてやると鈴堂は「ひっでぇ…」と呟いた。でもそんなもんは知ったこっちゃない!
 この男、鈴堂 圭は高校時代の予備校で知り合った。私の親友である椿もそこで鈴堂と知り合った。
椿はとても優しくて頭も良くて可愛いから、男の子に人気があった。そして、やはり鈴堂も当然のように椿を好きになった。本人は隠しているつもりらしいが、とても分かりやすいためバレバレである。
気がついていないのは当の本人の椿だけ。あの子は鈍すぎると思う。時々心配になるほどだ。
さて。私だって鈴堂との付き合いは長いから彼が本当にいい人だと言うことくらいは分かっている。
でも、気にいらない。私の親友を取ろうとするから。だから彼は、私にとってただの知り合い。でもって敵!椿は私の親友なんだから!
 ……でも、椿もノートが無いと困るかも。
そう思った空は不服そうにしながらも鈴堂に言う。
 「仕方ないなぁ。着いてきなよ。椿、今大学出たばっかだから追いつけるかも!」
 「‼︎あ、ありがとな、御上!」
あー、腹立つわそのキラキラした純粋な笑顔!
御上 空は心の中で毒づきながらも、何度か行ったことのある椿の家の方へと駆け出した。

 それが、思いもせぬ未来を招くことになるとは知りもせずに。

 二人はただ、ひたすらに真っ直ぐと続く坂道を下って行った。
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