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デビュー編
謝る相手を、間違っておいでですわよ?
しおりを挟むなぜ、わたくしがここまで怒っているのか。
なぜ、わたくしがここまで彼女たちを追い詰めるのか。
理由は二つです。
一つ。
アーリア様が報われないから。
二つ。
彼女たちが、あまりに醜かったから。
陰口を叩いた上に嘘までつくとは、本当に醜い。
アルカティーナは、意を決して令嬢たちに対峙した。
「では、証拠をお見せしますわ。」
そう言ってからアルカティーナは、見事な金髪をハーフアップに纏め上げていた美しい銀の留め具を引き抜いた。
それと同時に纏まっていた髪がふわりと宙を舞い、背中に溢れる。
その美しさに、見ていた人は思わず詰めていた息を吐き出した。
「これには、我が家に代々ある録音機が備わっているのです。この意味、おわかりですわよね?」
繊細な作りの留め具の裏には実際、小型の録音機が付いている。
微笑むアルカティーナに令嬢たちは顔を真っ青にさせながらも強気な発言をした。
「ふ、ふんっ!何よ!そんなもの、都合よく付いてる訳ないじゃないの!」
「っ、そ、そうよそうよ!」
「こんなのあんまりだわ!ねぇ、皆様もそう思いません?」
「アルカティーナ様、言いがかりはよしてくださいまし!!」
周囲が冷めた目をして令嬢たちを見ていることに気がついていないのか、彼女らは大声でまくし立てる。
野次馬の中には実際に彼女らの誹謗中傷を聞いていたものもいたし、何より彼女らが嘘をついているのはその表情で一目瞭然だった。
「アルカティーナ様!これはいくら貴方とはいえ許される行為ではありませんわ!」
「そうよ!謝罪を要求します!」
「……。」
これには、さすがのアルカティーナも、堪忍袋の尾が切れた。
アルカティーナは無言で手に持っていた銀の留め具の裏にあった小さなボタンを押した。
そして、流れてきたのはあまりに醜い会話。
『まあ、ご覧になって?あのご夫人。』
『なあに?あの格好!笑っちゃうわ。』
『本当にね。それにほら…あの横にいる方。』
『あら、噂のアルカティーナ様じゃない。』
『ご夫人の機嫌を嘘までついてとるなんて、バカみたいですわ。』
『そうよ、ちょっと話題になってるからって調子に乗りすぎだわ?』
『くすくす』
『くすくす』
それは、耳を澄ませてようやく聞こえるような小さな声だったが、静まり返った会場には驚くほどその誹謗中傷が響き渡った。
そして、それに顔を真っ青にしたのは令嬢たちだけではなかった。
令嬢たちの親は言うまでもないが…それだけではなく、音声を聞いた貴族という貴族が真っ青になった。
「な、なんて罰当たりな…」
「相手は公爵家よ?馬鹿じゃないの。」
「勝ち目なんてないのに、愚かなことを」
「聖女候補さまになんてことを…!」
「それに、ご夫人というのは…?」
「まさかアーリア様?」
「許せませんわ!」
騒つく会場を、アルカティーナは静かに見つめていた。
そこへ転がるように現れたのは令嬢たちの両親たちだった。
「アルカティーナ様、うちの娘が大変失礼いたしました!」
「申し訳ございませんっ!!」
「心からお詫びいたします!」
「私も、心からお詫びいたしますわ!」
そして、その娘である令嬢たちも顔を真っ青にしながらも謝罪してきた。
「も、申し訳ありませんでした。」
「嘘をついて、申し訳ありません。」
「無礼をお許しください…」
「申し訳ありませんでしたっ!」
次々と謝罪され、アルカティーナは困惑した。
別にアルカティーナは、謝罪してもらいたかったわけではない。
「いえ、頭をお上げくださいまし。わたくしは皆様に頭を下げてもらいたいわけではございませんわ?」
それに、とアルカティーナは続けた。
「ランディラ嬢、ハニール様、エンベル嬢、カミーユ嬢。」
「「「「はっはいぃ!!!」」」」
「嫌な方々」はすっかり縮こまり、声をかけたアルカティーナに怯えた。
そんな彼女らに、アルカティーナは瞳だけを細めて、笑った。
そして口元を扇で隠す。
これは嘘をつくからではない。
怒りのあまり、口元が歪みそうだったからだ。
「謝る相手を、間違っておいでですわよ?」
彼女らが本当に謝るべきはアーリアでありアルカティーナではない、とアルカティーナは思っていた。
正直、アルカティーナは自分が悪く言われるのは仕方のないことだと思っていた。
誰しも、聖女候補のことを妬んだりするだろうと思うから。
でも、アーリアは違う。
仮にも自分より身分が上の人を、本人に聞こえるような距離で悪くいうなんて。
許されることではない。
でも、その意図がわからなかった令嬢たちはキョトンと顔を見合わせた。
「は、?いえ、ですが私達はアルカティーナ様を…」
「それに、嘘もついて…」
「はい。そうですわね。ですが、わたくしは貴方がたにされた事を全く怒ってなどおりませんわ。ですから、今貴方がたが謝罪すべきは貴方がたが貶めたご夫人に対してですのよ。」
そう言うと、彼女らは壊れたロボットのように首をカクカク上下に振って、両親に連れられて去っていった。
さて、それはいいのですが。
どうしましょうかねこの状況。
見渡せば会場中が此方を見ているではないですか。
うーん、うまく誤魔化しましょうかね。
アルカティーナは扇で口元を隠したまま、再び笑みを浮かべた。
今度こそ、本物の笑みを。
「皆様、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。では、わたくしはこれにて失礼致しますわ。御機嫌よう。」
壇上から此方を見つめている陛下たちに向けてカーテシーをすると、アルカティーナは身を翻した。
よし、逃げましょう。
こういう時は逃げるが勝ちです!
元々帰りたかったですし。
…ああ、でも今回のこの騒動。
お母様にお叱りを受けるでしょうか。
それに、他の方々からも怖がられたかも。
もしかして、これもゲーム補正でしょうか。
はぁ、もう、どうしましょうかね。
いろんな事を考えながら退場したアルカティーナは、気づいていなかった。
アルカティーナの後ろ姿を、玉座の間にいる三人が凝視していたことに。
その内の一人、王子殿下がポカンとしていたことに。
そしてこの騒動がきっかけとなって、貴族の女性の間で扇で口元を隠すのが流行ることになるなんて。
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