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学園編

今度一緒にご飯行かない?

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 「……どう思います?」

 「んー…様子見が一番でしょ」

 「ですよね」

 新キャラ、チルキデン・ルナド・ゲレッストについてリサーシャとそう言い合ったのがつい先週のこと。
そして、今日。
アルカティーナは廊下でポカーーーンと惚けていた。その横ではアメルダ、リサーシャ、ユーリア、ゼンの4人がズラリと並んでおり、各々驚きを隠しきれない様子で立っている。彼女らの視線の先にあるのは、話題の人物チルキデン・ルナド・ゲレッストその人なのだが…………

 「あっチルキデン殿下!御機嫌よう!」

 「やっほー!て、あれっ?君この間も挨拶してくれたよね?いつもありがと!僕、マメな人って好きだな!」

 「チルキデン殿下、この間の出国パレード、自分も参列したんです!流石ですね、あまりの麗しさに感動してしまいましたよ」

 「わぁ、嬉しいなぁ~!でも僕には君のほうが輝いて見えるけど……あぁ、ごめんね。困らせるつもりはなかったんだけど、君が魅力的過ぎてつい言っちゃった…」

 「あ、あの!チルキデン殿下!ずっと見てました!握手してくださいっ!!」

 「いいよ~!わ、君の手…すごく綺麗だね、それに瞳も…。吸い込まれそうだよ」

 彼は一体何をしているのだろうか。
そもそも初等部一年の彼がここ、二年の教室棟にいる時点でその意図がよくわからない。
しかも何か用事があるのかと思えばまさかの立ち話三昧。全くもって理解不能である。

 「あのっ…!チルキデン殿下は甘いものがお好きだとか…。これ、手作りなんですけどよかったらどうぞ…!!」

 「わぁ。うれしーい!!僕クッキー大好きなんだっ!ありがとねっ!」

 アルカティーナは思わず目をこすった。
アイドルの握手会か何かに迷い込んだというシチュエーションの夢でも見ているのかと思ったからだ。当然、それは無意味に終わったのだが。

 チルキデン・ルナド・ゲレッスト。
リサーシャいわく、略して『チルりん』。(『りん』がどこから来たのかはアルカティーナにはさっぱりわからない)
 彼はマニュアルにもあった通り、唯一の年下キャラにして小悪魔系美少年である。それは、マニュアルを読みに読み込んだアルカティーナは百も承知だった。
しかし、どういうことだろう。

 「チルキデン殿下はいつもニコニコしてますよね。怒ったりしないんですか?」

 「僕?ん~~僕はねぇ、あんまり怒ったりはしないかな!でもね、大好きな人を傷つけられたりしたらプンプン、だよっ!」

 ーー小悪魔系美少年?いや、確かに、確かに小悪魔系美少年ですけども?でも……それにしても……!!

 「わぁ、君すっごくいい体つきしてるねぇ!何かやってるの?」

 「はい、俺は…じゃなかった、自分は剣を少し嗜んでまして!」

 「すっごぉい!!あ、だから手にマメがあるんだね!いつも頑張ってるんだ…えらいね!ご褒美に僕が撫で撫でしてあげる!」

 「……っ!あ、ありがとうございまっす!」

 バッターーン、と大きな音を立ててガタイの良い男子生徒が倒れた。それを死んだ魚のような目で見つめながら。
アルカティーナは苦々しい笑顔を押し殺す。

 ーーどうしたってさっきから男の人ばかりに愛嬌振りまいてるんですか!?!?

 「ねえ皆んな!今度一緒にご飯行かない?」

 「「「はい喜んでぇ!!」」」

 チルキデンが話しかけられたり、話しかけたりしているのは全員男。その中に女性は一切含まれていない。全員男、なのだ。
 チルキデンもチルキデンだが、周りも周りだ。チルキデンが小悪魔オーラを振りまくたびに黄色い声…ではなく、雄叫びをあげるのはどうしたものか。というか、チルキデンはなぜ男を口説いているのか。

 「はい!ご褒美の撫で撫で君にもあげるっ」

 「マジッすか!?うおおおおおっ!いよっしゃあああああああああああああああ!!」
 
 「……」

 何だろう、これ。
無性に「誰か助けてください!」と叫びたくてたまらない。何でも良いからこの何とも言えない空気から解放してほしい。
 死んだ魚のような目は続行中。
チルキデンの周りをキラキラとした瞳の男子生徒が大勢囲っているが、そのさらに周りを、冷めた瞳の女子生徒がたむろしていることに、彼は果たして気がついているのだろうか。ゼンがポツリと一言漏らした。
  
 「……………よし、逃げるか」

 「あ、はい。そうですね」

 どこに?なんて野暮なことは誰も聞かなかった。皆んなゼンのその一言に壊れたように頷き、同意を示す。要するに、どこでも良いのだ。逃げられるなら。
 
 「あっ!待ってよ、そこの君!」

 その背中に声がかかっていることにも全く気が付かず、そしてその人物が追いかけてきていることにも気が付かず。
その人物がチルキデンその人であることにも当然、気が付かず。
 アルカティーナ達は身を翻し、チルキデンを中心とするその人集りから離れ始めた。

 「ねえ…ねぇってば!」

 歩きながらも、彼女達は想像を膨らませながらあれこれと喋る。

 「チルキデン様は変わった方ですね」

 「そうだな」

 「ちょっと!?僕は変じゃないよっ」
  
 「いやぁ、あれは私もビックリしたわ。いいティーナ、奴は所謂『ホモ』ってやつよ」

 「ええ!?」

 「……初めて見ましたわ」

 「わ、私も…」

 「僕も見たことないよそんなのっ!!」

 「…ふふ、美少女ハーレムの次はリアルBLか…。チルりんは絶対受けね、受け。ふへ…萌」

 「ねぇ?ちょっと待って今の誰!?もしかしなくてもチルりんて僕だよね!?」
  
 チルキデンについて、勝手に解釈かつ納得をしたアルカティーナ達は揃って身を強張らせた。なかでも酷いのは、珍しいことにゼンだった。いつもクールな彼でも、今回は『ホモ』が絡んでいるのだから、それも仕方のないことだろう。ブルリとその身を震わせ、寒気でもしたのか肩下をガシガシと撫り、

 「……近寄らないようにしないと」

 と呟いた彼の、何と悲壮感あふれることか。
見ている側も気の毒になってくるほどである。

 「って、いい加減僕の話を……!!」

 僕の話を聞いてよ、と言いたかったチルキデンだったが、その言葉は目の前で勢いよくしまったドアの、バタン!という音によって掻き消されてしまった。
言わずもなが、その扉の先はアルカティーナと愉快な仲間達の逃げ場だ。鍵を閉めた音はしなかったから、鍵は閉まっていないだろうとふんだチルキデンはニヤリと笑ってドアをガラリと開けたのだが…

 「ティーナ!どうしたティーナ!珍しいなティーナ!ティーナから僕に会いにくるなんて思いもしなかったぞティーナっ!!」

 「お兄様、何も言わずに匿ってください!ゼンが!ゼンが危ないんですっ」

 「勿論いいぞティーナ!ゼン様はどうでもいいけど!」

 「いや、どうでもよくないですよ!?」
  
 その光景は、異常だった。
青ざめた表情のアルカティーナやその友人。そして約1名の『BLキター!』と何やら喜んでいる少女と。そして、アルカティーナの周りを嬉しそうに飛び回る、語尾がティーナと化した、アルカティーナ似の青年。

 チルキデンからしてみれば理解不能なのだが、その青年はアルカティーナの実の兄ルイジェルである。彼は昨年リリアム学園を卒業したのだが、今は研修生として学園にとどまっているのだ。アルカティーナ達は、彼の研究室である数学研究室に逃げ込んだというわけだ。

 「ティーナがこんなに怯えるなんて。一体どこのバカアホ間抜けド畜生野朗が……」

 ゆらりと振り返ったルイジェルと、チルキデンは目を合わせてしまった。ルイジェルの視線の鋭さに驚いたチルキデンは、ドアを開けた時の不恰好なポーズのまま再起動不可能の状態で固まってしまう。

 「へーえ、ほおーー?ティーナを困らせたのは……きぃ……みぃ、かぁ~~………」

 その表情の恐ろしさといったらない。
それこそ大の大人も裸足で逃げ出すレベル。 
それを真正面から見てしまったチルキデンはというと……

 「あっもしかして彼女のおにーさん?僕、チルキデンって言うんだ~~!よろしくねっ。 良かったら今度一緒にお茶しよ?」

 キャルン、と効果音が聞こえてきそうな返答をした。
 どうやら彼は、鋼の心臓をお持ちのようだ。


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 ついに出てしまいましたチルりんです。
 チルりんチルりんチルりんりん。
さて、彼はどんな変じ…ゲフンゲフン、どんなキャラなのか…?楽しみですねワクワクw


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