聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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学園編

ユーリア様、今笑って…?

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 授業の疲れを忘れ、各自昼食を楽しむお昼休み。いつも通り校舎裏のベンチに腰を下ろしてから、最近お昼になるといつも会っていた少女がその日はいないこと、そして最近の癖でついお弁当を持ってくるのを忘れていたことに気が付いたユーリアはその瞳を僅かに曇らせていた。要するに、寂しいのだ。
皮肉なことに表情や言葉には一切でないユーリアだが、実は人並みに…いや、人一倍繊細な少女なのだ。
それにしても、あのアルカティーナがいなくなった途端こんな気持ちになるなんて…。

 「…呆れてしまいますわね」

 ユーリアは少し自己嫌悪にふけって、そしてそれもそこそこに、校舎裏から去ろうかと考え始めた時だった。
 ユーリアの視界に人一人分の影が射した。
驚いて顔を上げると、噂をすれば何とやら。
アルカティーナ・フォン・クレディリアその人が立っていた。
お弁当箱を抱えながらにこにこと笑顔を浮かべ、自分を見下ろすアルカティーナに、ユーリアはいつもながらの無表情でベンチから腰を上げた。

 「……一体何の用ですの」

 「お昼、一緒に食べましょう!」

 「………アルカティーナ様は、体裁という言葉をご存知でして?私のような陰で一匹狼と呼ばれている小娘に構っていると、貴女まで評判を落としかねませんわよ?」

 凜とした態度でアルカティーナを跳ね除けるユーリア。だが、その言葉は遠回しに「自分と一緒にいると貴女まで悪口を言われるから申し訳ない」と告げている。最近のお昼休みでの会話で、ユーリアの本心が何と無く理解できるようになっていたアルカティーナは、めげることなく笑顔を向けた。

 「今日はわたくしのお友達も連れてきたのですよ~!じゃーん!」

 「はぁ?ですから私は……!!」

 「2人がユーリア様とも仲良くなりたいと言うので連れて来ちゃいました~!」

 「いえ、ですから……!」

 少し表情を硬くして口調を強めるユーリア。
 しかし、アルカティーナ達を遠退けようとするユーリアを無視して、アメルダ達は勝手に自己紹介を始めてしまう。

 「は、初めましてユーリア様。私はアメルダ・サクチルよ。よろしくね、とでも言えばいいのかしら!?ふんっ!!………ごめんなさい、良かったら仲良くしてね」

 「…は?はぁ……こちらこそ?」

 アメルダのあべこべな自己紹介に困惑を隠せず、流石のユーリアもその表情を曇らせた。
当の本人が「やった、うまく自己紹介が出来たわ…!」と喜び、アルカティーナはその横で「やりましたねアメルダ!ナイス自己紹介~!!」と小さく拍手をしていた事も、その表情の原因の一つではあったが。
 こんな自己紹介をされたのは初めてだったユーリアは、一先ず状況を把握しようとしたが……アルカティーナとその愉快な仲間達が彼女にそんな猶予を与える訳もなく。

 ラスボスが自己紹介を始めてしまった。

 「初めまして~~!私はリサーシャ。キリリア侯爵家長女だよ!宜しく~。それにしてもこれ地毛?地毛よね!?凄い!銀髪すごい!うっわしかもサラツヤじゃない!?きゃー!あ、ユーリアたんって呼んでもいい?良いよね!ありがとー。いやぁしっかし可愛いねぇユーリアたん!ビバ・美少女…!」

 ラスボスの自己紹介は最早自己紹介と呼べるものでもなかった。自己紹介というよりただのプレゼン……いや、変態宣言だろうか。
何はともあれ、これにはユーリアも頭が真っ白になった。所謂キャパオーバーというやつである。

 「ぇ……いや、あの……」

 「はっ…今私、美少女×3に囲まれてる!?」

 「ちょ……あの…!」

 「ぃぃいいやっほおおぉおー!」

 暴走を開始した変態ラスボスは、当然ユーリアの手に負えるものではない。ユーリアは内心涙目で近くのアルカティーナに助けを求めた。

 「あのぉ……!アルカティーナ様、貴女のご友人が急に……」

 「ティーナやったわ!私、自己紹介ちゃんと出来たわ!べっ別に嬉しい訳じゃないけどねっ!!」

 「はい、やりましたねアメルダ!自己紹介の後に軽い手品も交えると、きっと一層友好的に見えますよ!頑張りましょう!」

 「わかったわ、手品ね!?練習頑張るわ!」

 「まずは何もないところからマドモアゼルちゃんを出す手品を……!」

 「ティーナ、まどもあぜるって何?」

 「それはですねぇ~~」

 右を向けば変態ラスボス。
 左を向けば変人×2。

 完全にお手上げかつ板挟み状態に陥ったユーリアは、心の中で悲鳴をあげた。

 ーーどうしてこんなことに…!?

 あわあわと左右を交互に見やるユーリアだったが、その表情は僅かに明るくなっているように見える。
 アルカティーナにロゼリーナのことを忠告するだけのつもりが、当の本人に振り回されたために数日連続でお昼を一緒にすることになり、挙げ句の果てにはアルカティーナがいない元のお昼休みに寂しさを感じる始末。
 
 アルカティーナがいないと寂しかったが、この騒がしくて仕方のない現状では最早寂しいどうこうの話ではない。
 だが、その寂しいと思う暇すら与えてくれないその状況に、ユーリアが愉快な気分になっていたのも事実だった。
 
 一匹狼のユーリアがーー最も、好きで1人でいるわけではないのだがーーこんなに賑やかな昼休みを過ごすことになるだなんて、一体誰が予想できただろうか。

 ユーリアは、込み上げてくる嬉しさやら感動やらを胸一杯に閉じ込め……

 「ーー…あれ?ユーリア様、今笑って…?」

 「あら、何のことでして?」

 頰を緩めても、直ぐに無表情に戻ってしまうのはユーリアの癖である。
そして、笑った直後は照れ隠しでツンケンとした物言いになってしまうのも、また同様。
 
 「そんなことより私、今日はお弁当を忘れてしまいましたの」

 「あらそれは大変!わたくしたちがおかずを分けて差し上げましょう!」

 「……あの、アルカティーナ様。それにアメルダ様にリサーシャ様も。今日のこと、感謝いたしますわ」

 顔を背けながら告げられたその言葉に、3人が思わず頰を緩めてしまったのは言うまでもない。
 そして、これがきっかけとなってアルカティーナの愉快な……仲良しグループにユーリアが加わることとなったのだった。


 ◇ ◆ ◇


 そして時は流れ、アルカティーナ達はリリアム学園で二度目の春を迎えた。
一時期は何か行動を起こすのではないかと思われたロゼリーナも大した動きを見せることなく、新入生が新たに加わる季節となった。

 アルカティーナとしては、このままいけばバッドエンドやデッドエンドも楽勝で回避できるのでは…?と楽観的に考えたいところだが、そう言うわけにもいかない。
 何しろ今回の新入生には、攻略対象キャラが含まれているのだから。
 『精霊のアネクドート』最年少キャラにして小悪魔系美少年、その名もチルキデン・ルナド・ゲレッスト。
 アルカティーナが未だお目にかかったことのない最後の主要人物である。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 というわけで一気に時間が進みました。
学校行事とかイベントとかのストーリーが読みたかった方もいらっしゃるかと思います。
ごめんなさい。
ですがご安心を。
それは乙女ゲームが本格始動してから、つまりアルカティーナ達が次に進級してから、書くことになると思いますので。
それまで待ってください…!
_(┐「ε:)__(┐「ε:)_

 
 
 
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