聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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学園編

違うっ!僕は!

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 「あっそうじゃない!そうじゃなくて!!」

 鋼の心臓所持者チルキデンはぶんぶんと何かを忘れようとするかのように首を振ると、再び視線をアルカティーナ達の方へと向けた。それを受けたアルカティーナは、思わず身構えた。
勿論、ゼンをホモから守るためである。

 「ねぇ君!僕、そもそも君に言いたいことがあったから2年生の棟に行ったんだけど」

 アルカティーナ達を見つめながらそう告げるチルキデン。『君』というのが誰のことを指しているのかは、はっきりとはわからない。
が、先程までの様子を見るに恐らく……

 ーーゼン、ですよね。あぁ、可哀想に………

 哀れみを乗せた視線をゼンに向けると、ゼンはアルカティーナに縋るような目で見つめ返してくる。それはもう、助けてくれ、と聞こえてきそうなまでの悲壮感が見て取れて。

 「ゼンっ!隠れてください…!」

 アルカティーナは任せろとばかりにゼンの前に立ちはだかる。小柄なアルカティーナでは長身のゼンを隠しきれていないが。

 「は……?何を言って…」

 「殿下!殿下の目的はわかっていますわ!ゼン様とお近付きになりたいのですわよね!?でも、そうはさせませんわよ!」

 「いや、だから…」

 アルカティーナに続き、ユーリアを初めとして友人達はゼンとためにと立ち上がった。

 「で、殿下…!ゼンはティーナの護衛役で、すごく大切な人なんです…!だ、だから無闇に手を出すのはやめてください…!べっ別に庇ってるわけじゃないけどね!?」

 「いやいや、だからね……?」

 「僕は正直ゼン様のことなど、学園長のハゲ具合以上にどうでもいいんですけどね。ティーナがそう言うなら僕は貴方を全力で止めますよ、チルキデン殿下」

 「学園長可哀想!」

 「そうですよ殿下!いくら、いくらリアルBLが尊くて素晴らしいからと言って…!それはいけませんよ!?だってこれだと殿下が攻めでゼンが受けじゃないですか!?私は!逆の!ゼンチルじゃないと!ダメだと!思うんです!よ!!」

 「な、なんなんだ君は…!?取り敢えず僕のわかる言語で喋って!?」

 皆んなゼンのために体を張って物申した。
一部、お前はもう喋るな、と言いたくなるような人物がいたが。
一方、多勢に無勢。
チルキデンは総攻撃を喰らったことでヨロリとよろめいた。それは勿論、初対面の人達から受けた暴言ーーホモだの手を出すだのリアルBLだのーーのせいである。

 「う…僕はホモじゃないのに!」    

 思わず口から出たその言葉に、皆は揃って息を飲んだ。アルカティーナは絞り出すように声を繰り出す。

 「う、嘘…。でもさっき…」

 「誤解だよ!僕は本当にホモなんかじゃないんだよ?ホモなんてそうそういるもんじゃないし、僕だってホモは見たことがないよ!ほもほも…あっ間違えた、そもそも!!」

 特定の単語を連呼しすぎたせいで、口が滑ったチルキデン。アルカティーナは絶叫した。

 「そんなに連呼するなんて…そんな間違いをするなんて…やっぱり、やっっぱり!!そうなんじゃないですか!」

 ゼンに近寄らないでくださいっ!と声を荒げるアルカティーナに、チルキデンも一層声を荒げた。

 「違うっ!僕は!ーー…」


 ◇ ◆ ◇


 ディール・エル・ルーデリアは心浮き立っていた。隣国ゲレッストの第二皇子チルキデンがリリアム学園の初等部に入学したのだ。
昔から交流のあるチルキデンは、ディールを実の兄のように慕ってくれていた。同じように彼自身もチルキデンを弟のように可愛がっていたため、彼の入学はとても嬉しいことだったのである。
だが、お互いの身分の高さ故にあまり頻繁に会うことはならなかった。現に、入学式から彼とは一度たりとも喋っていなかった。

 ーーいつ、入学おめでとうと言えるだろうか

 そう思っていたところに、好機が訪れた。
アルカティーナ・フォン・クレディリア公爵令嬢に野暮用があったディールはその日、初等部2年の棟を訪れていた。そして廊下を歩いている時に、自国の王子の来訪に対する歓喜と声に混じって噂話を耳にしたのだ。

 「今日は何だか王子様に縁があるのかしら」

 「さっきチルキデン殿下がいらしたばかりなのに、ディール殿下まで…?珍しい」

 つい先程まで2年の棟に姿を見せていたというチルキデン。アルカティーナ嬢との話が終わったら、運良く出会えるかもしれない。
 だが、よくよく聞けば『チルキデン殿下』は『逃げるアルカティーナ様達』を追いかけて何処かへ行ってしまったというではないか。

 そもそもアルカティーナに用事があったディールとしては、これ程運のいいことはなかった。つまり今アルカティーナに会いに行けば、同時にその場にチルキデンも入る可能性が高いということ。
 ディールは目撃情報を元に、アルカティーナ達の行方を追った。そして、辿り着いたのは2年の棟からは少し離れた研究室。
中からは何やら言い争うような声が聞こえてきたが、構わずノックをしてから入室した。

 ガラリ、とドアを少し開けた瞬間。
ディールの目に飛び込んできたのは、必死に何かを訴えかけるチルキデンと、それを訝しげに見つめるアルカティーナだった。

 ーーあの2人が対峙しているなんて…。一体何があったんだ??

 何を言い争うことがあるのかと事情を聞こうとしたディールの耳に、チルキデンの叫び声が飛び込んできた。

 「違うっ!僕は!ホモ……」

 衝撃の事実。

実際には、セリフの途中でディールの存在に気がついたチルキデンが続きの『なんかじゃない!』を言い忘れただけなのだが、ディールにはそんなことはわからなかった。

 「わぁ!ディールだ!ディール聞いてよ!彼女ってば酷いんだよ、僕が……」

 久しぶりの再会と、先程までの言い争いと。
嬉しさと疲労を同時に滲ませてディールに話しかけてきたチルキデンに、ディールは目を見開いたまま……………

 「チルお前…………だったのか」

 そう、言ってしまった。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 可哀想なチルキデン。
ああ可哀想なチルキデン。
どうなるチルたん。
どうするチルたん。
頑張れチルたん。
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