婚約破棄、しません

みるくコーヒー

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第1章 はじまりのはじまり

理不尽にもほどがあります

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 ベネダ家との応酬から数日が立ち、私は軍事会に参加すべく城内を歩いていた。

 軍事会は、戦争の際に開かれる作戦会議のことである。
 ここ数日は特に大きな事柄もなく、いつも通りの日々を過ごしている。いつも通りというのは、つまりあの愚かな者たちも含まれているわけで。

 彼らをいち早くどうにかすべく、我々は考えを巡らせている。内側から崩れてしまうと敵に簡単に攻め込まれてしまうので、早急に対応しなければいけない。

「……あら、何て不運。」

 前方からカイル様が歩いて来るのが見える。それを見て、私は小さな声音でポツリと呟いた。
 リマさんのそばにいる者とは出来るだけ顔を合わせたくないというのに、ばったり会ってしまうなんて。

 なぜって? 会えば小言が酷いからよ。
 すれ違うだけで様々なことを言われて、挙句の果てには何でもかんでも私が悪いと言われて……理不尽にも程がありません?
 まあ、挨拶だけ済ませてしまえばいいか。

 流石に無視はいけないと思うもの、礼儀として。

「ご機嫌よう、カイル様。」

 私は1度立ち止まりお辞儀と共に挨拶をしてからまた歩き出そうとする。その時にカイル様が口を開いた。

「やぁ、ユニちゃん。今日も変わらず美しいね。」

 誰もが惹かれるような笑みを浮かべて、彼は私の手を取ってそれに口付けた。
 私はバシンと握ってきた彼の手を叩く。

「いたっ!」
の軽口ですわね、私は婚約者のいる身ですので控えて頂けます?」

 私が冷酷な視線を送るが彼の笑みは変わらない。

 一体どうしたというのか、リマ・ベネダと出会う前のカイル様の振る舞いとまるで同じ。小言も言わない、むしろ好意的……。

「お堅いお嬢さまだなぁ。」

 ヘラリと笑ってカイル様は叩かれた手をさすりながら言う。

「……リマさんとご一緒ではないのですね。」
「ん? あぁ、少し用事があってね、1週間ぐらいここを離れていたんだ。」

 どうりでカイル様には会わないと思った。
 他の人たちには何度か会うし、その度に小言などを言われたのだけれど、カイル様には会わなかった。

 そのうえ魔道所の仕事量が以前よりも格段に減っているという報告があるのもまた事実だった。

 魔導師団と魔道所は根本的に違う。
 魔導師団は戦争の際の戦いや魔物の討伐などの前衛的の仕事を行っている。
 つまりは、騎士団と同じような仕事である。

 それに対して魔道所は攻撃とは反対の民間の魔道的問題や魔道技術、魔道書の解読等が仕事である。

 ただ、カイル様においては攻撃魔法も特化しているため、戦場へ赴くことも多い。

「仕事をなさっていたのですか?」
「ああ、溜まってしまっていたから、外に出るついでに片付けていたんだ。それで、さっきここに帰ってきたばかりでね。」

 報告書を提出するのだ、と多くの書類を見せてくる。その数は本当に膨大で、これを1人でこなしたのかと思うと、彼がいかに有能でバケモノ並の人物なのかが分かる。

それにしても、彼が以前のように戻ったのはどのような経緯なのか? リマ・ベネダを好きではなくなったのか? 彼女に対しての反応もいささか良いとは思えない。

「仕事熱心が続いてくれれば良いのですけど。」
「僕はいつだって仕事に熱心だったことはないよ。」

 サラリと凄いこと言うな、この人。

 しかし、確かにカイル様はいつだって仕事に熱心とは言えなかった。自身に課せられた仕事を事務的にこなし、そうして女性と遊ぶ日々。考えてみれば、今とさほど変わらないかもしれない。その怪物並みの仕事量が減ったこと以外は。

 とはいえ、カイル様に関しては今までが凄すぎただけで、現在の仕事量は1人分の仕事をこなしているに過ぎないのだが。

 ただ、魔導師団に比べて魔道所は人数も少なく、それを補うようにカイル様が働いていたため、それが無くなるとそもそも人手不足なのに……という状況に陥るのだ。

「……以前は仕事熱心だったではありませんか。」

 数年前から、父の付き添いで軍事会に出たり軍師としての勉強のために城を訪れていた際にカイル様の仕事ぶりを見ることがあった。
 カイル様は、それは楽しそうに仕事をしていた。そして仕事熱心だった、誰がみてもきっとそう思ったはずだ。

 しかし、ちょうど3年程前だろうか? 彼は変わってしまった。女性たちと遊ぶようになり、仕事を作業的に行うようになったのだ。

「希望の無いことをしても、無意味だ。」

 カイル様は1音1音はっきりと言葉をはいた。
 悲しみと絶望と負の感情を纏った言葉。いつもの甘い声とは裏腹に、低く冷たい声だった。

 無表情から一転して笑みを浮かべる。

「1つ教えてあげようか、ユニちゃん。いや、ユシュニス公爵令嬢……いくら頑張ったって報われないことはあるんだよ。君がいくら動いたって変わらないものはあるし、いくら言葉を投げかけたって心が動くことはない。」

 それは今、私がしていることの否定だろうか。頑張っても、動いても、言葉を投げかけても彼らは変わらないと言いたいのか。

 だが私は信じているのだ、彼らが変わってくれると……私のこの言葉で心が動いてくれると。

「それでも精一杯、自分の仕事を果たします。それが私の役目なのだから。」
「あっそう、精々頑張ってよ。」

 つまらなそうに呟いてからカイル様は歩き出し、私の横を通り過ぎようとした時、突然口と鼻を手でバッと覆う。

「だ、大丈夫ですか?」

 なんだか具合が悪そうに見えて、突然のことに混乱しながらも私は心配して声をかけた。

「に、匂い、が。」
「匂い?」

 すんっ、と鼻を吸ってみるが特別何かの匂いがするわけでは無い。
 一体、なんの匂いがすると言うのだろうか?

「あ、頭がグラグラする……ゔゔ……。」
「えっと……治癒魔導師、呼びましょうか?」

 本気で心配になる、ヨロヨロとしているのだもの。グラリ、と倒れそうになったので私はそれを支える。顔色もさっき程より悪くなっているし、治癒魔導師を呼ぶ前に倒れてしまいそうだ。

 ああ、自分が魔法を使えないという事実を嘆くほかない。なぜ私は頭は切れるのに魔法と剣の才能が皆無なのでしょう!!!
 お兄さまもアシュレイも、なんだかんだ魔法も剣もそこそこ出来るのに!!!

「カイルさま!」

 どうして、このタイミングで来るのかしら。

 後ろからタッタッと足音が聞こえる。
 その人物が近くに寄ってきた時に、ふっとそちらを見ると、予想通りリマさんがいた。

「ユ、ユシュニスさま!? あなた、まさかカイルさまに何か……。」

 目を見開いて彼女は私にどう考えても失礼なことを言う。

 はぁ? 私がカイル様に何かしたって思ってるの? 本当に頭の中がお花畑なのね。不敬罪で処罰したい。
 まあ、聖女という存在を不敬罪になんて出来ないけれど、下手したら私の方が不敬罪で神殿から問われてしまう。

「憶測でモノを言うのはよした方が良いと思いますよ、失礼にも程がありますわ。」

 ギンっと睨むと、リマさんは小動物のごとくビクリとする。
 いっつもビクビクして、そろそろイライラしてきたわ、どうしましょう、お肌が荒れます。

 そう考えていると、バッとカイル様は私の手を押しのけてスッと立ち上がる。

「いつまでも僕に触っていないでよ、ユシュニス公爵令嬢。」

 明らかな敵意が向けられた。
 一体、この数分の時間にどんな心境の変化が訪れたと言うのか? あぁ、リマさんの前だから格好でもつけたいのでしょうか?

 それにあんなにも体調が悪そうだったのに、まるで嘘のように元気ではないか。

「あら、具合は大丈夫なのですか? カイル様。」
「寝不足が祟っただけだよ、君に心配してもらう必要なんてないさ。」

 愛想笑いを浮かべた私だったが、口の端が自然と苛立ちにより吊り上がってしまう。
 更にはリマさんが口を挟んでくる。

「まぁ、寝不足だなんて!? 大丈夫ですか……あまり無理はしない方が良いですよ。」
「リマは優しいね……大丈夫、明日からはまた無理をしないようにするよ。」

 あ ん た の せ い だ よ ! !

 心の中でそう叫んだ私がいた。
 リマさんがそういうことを言うから仕事が溜まって寝不足になるんですよ。定期的にこなせばむしろ残業などせずに帰れるのですよ、彼の実力であれば!

 怒りをつい口にしてしまいそうになるが、グッと堪えて平常心を装う。

 そんな私の努力などつゆ知らず、私がいるにも関わらず目の前でベタベタする2人。
 まるで空気……あぁ、軍事会に遅れてしまう。行かなければ。

「それでは、私はこれにて失礼致します。」

 礼儀として挨拶だけはしてその場を立ち去ろうとするが、再びそれは制止された。

「待って下さい、ユシュニスさま!」
「……なんですか?これから軍事会で急いでいるのですが。」

 クルリと振り向くと、リマさんは顔を顰めている。

「カイルさまが具合悪くなった時、何故すぐに治してあげなかったのですか? 今回は寝不足でしたけど、これがもっと重大なことだったらどうしてたのです!?」
「……言いがかりですわね。私は治癒魔法は使えないのです、貴方と違って。」

 治癒魔法が使えないのにどうやって手当てするの、治癒魔導師を呼ぶしかないでしょう? そう思ってたところに貴方が来たというのに。

「だ、だったら、もっと他にも方法が!」
「他の方法とは? 魔法以外にどんな治療法があるのですか? それに、貴方が来た時に私に言いがかりを付ける前にすぐ治癒魔法をかければ良かったんじゃないですか?」
「あ、あなたはっ! 戦場に出ていて怪我をしている人がいたら何もしないのですか!? 薄情ですっ!!」

 私は、リマさんの言葉に顔をグッと顰めた。
 いつも本題からズレたことを言う、そして凄まじいことを言うのだ。

 本当にありえない、ほんっとにありえない。
 この人は何なのだ、一体どんな立場でそんなことを言ったというのだ? 戦場の何を知ってそんなことを言うのか。1度だって、そんな場所に訪れたこともないくせに。

「私の役割は皆の怪我を癒すことではありません、いかに傷つくものが少なく勝利を収めるかです。薄情というのならそれでも良いですが……ならば、貴方が皆を癒して差し上げたらいかがです? 聖女なのでしょう、自分の能力を他人の為に使えば良いじゃないですか。」

 私には、その能力が無いのだから。魔法の才能がない、だからこそ人一倍努力して軍師となった。魔法や剣が使えないという穴を、頭脳で補うために。

 しかし、どう頑張って勉強しても戦場において傷ついた者を私は癒せない。何度、そのことを悔やんだだろうか……目の前で苦しむものを助けられない。

 だからこそ、私は誰も傷つかないように作戦を考える。本当は、戦争すらも無くなれば良いと思っているんだ。

 そんな世界があるならば、心底羨ましい。
 そしてそんな世界、きっと夢だ。

「そ、それは、そんな……。」
「戦場に立つ者と肩を並べる勇気が無いならば、貴方にそのようなこと言われる筋合いはありませんわね。」

 それでは、と礼をして私は歩き始める。
 後ろをチラリと見てみると、カイル様がリマさんの肩を抱いて「大丈夫だよ」と慰めていた。

 何が『大丈夫』だ。カイル様だってリマさんの言葉に顔を顰めていたくせに。
 キッと鋭い眼差しで睨んでいたくせに。

 本当に彼女にブツブツ言われるのって大方、理不尽だと思います。自分に治癒能力があるのならば自分でどうにかして差し上げれば良いのに。

 なんでもかんでも他人に頼って、自分の思い通りにいかなければ他人のせいにして。

 本当に我慢の限界だわ、と私は不機嫌になりながら歩みを進めた。



「セラ・アルバとの同盟を提案致します。」

 伯爵家出身の軍師であり、この国の宰相として陛下と共に国政を中心で行っているライオット・ワゼルフスキーがそう声をあげた。

 軍事会に参加するのはこの国においての重要人物である。
 国の王に宰相。主要な軍師たちに騎士団の団長、魔法師団の団長。付き添いとして副団長もいる。
 それから、国政の中心を担っている大臣が数名。戦争において軍師の次に指揮権を取り前線で戦っている者が数名、後方で軍師と共に指揮を取る者が数名。

 20名から30名で軍事会は構成されている。

「それは賢明な判断だな、今この国には戦争を行えるほどの資金も無い。」

 財務を担っている大臣が言葉を発する。
 既に切り詰めているため、戦争に対して出せる資金など無いのだ。いや、無いこともない……しかし、それを捻出しまえば、いよいよこの国は危ないだろう。

「それに、セラ・アルバと同盟を結びこちらに向こうの技術や機械が入ってくれば、この国は今より一層豊かになることでしょう。」

 そんな前向きな意見を出したのは、貿易を担う大臣であるディオンさんだ。
 いかなる時も前向きに発言をし、この国の利益を考えるのは当たり前だが、更にディオンさんは後ろ向きなことを一切言わないので凄いと思う。

 この人が姉の旦那で、私の義理の兄であることをいつも誇らしく思う。

 同盟相手として名が上がった『セラ・アルバ皇国』はドワーフと人間が共生する皇帝の治める国だ。機械的な科学技術や武器の製造に長けている。

「ルジエナも侵攻しづらくなるだろうな。流石にセラ・アルバとアレグエットの両国を1度に相手にするのは厳しいだろう。」

 お父様も賛成の意を示した。

『絶対王政主義国家ルジエナ』
 王が絶対である政治体制から誰が言い出したかわからないその名前も、今や巷では浸透している。

「それで、同盟を結ぶには向こうから条件を提示されるだろう。無茶なこと言われたらどうするんだ?」

 魔導師団の団長がそう問うと、宰相はニコリと笑みを浮かべる。

「同盟は向こうから提示してきたので問題ありません。」

 セラ・アルバも国境付近まで押されてきていて焦っているのだろう。向こうから仕掛けてきた戦争のくせに、情けない話だ。

「しかし問題はルジエナです。既に、旧メイエン地域から徐々に侵攻され、先日サシャ峠の要塞を陥落されました。」

 ルジエナは北にあり、そこから南下するにはイレイラ氷山帯という厳しい環境の山を越えなければいけない。しかし、ルジエナの北にある海を渡れば南東にある中央大陸に繋がる旧メイエン地域へと辿り着くことができる。
 旧メイエン地域は既にルジエナの手中にあるため、そこから北上してくることは容易だ。そうして、旧メイエン地域とアレグエット領の境にあるサシャ峠の我々の要塞が陥落されてしまったのだ。

 それは我々にとってはかやり厳しい状況下へ向かっていることを示している。

「お父様。」
「わかっている……ライオット、サシャ峠の地図を頂けるか?」

 お父様の発言にみなが一斉にこちらを見た。

「奪還するのですか? 要塞を。」
「勿論だ、そうだろう? ユニ。」
「ええ、サシャ峠の要塞はアレグエットにとって落とされてはならない場所でしょう。しかし落とされてしまった……ならば奪還するしかありません。」

 前々から考えていた。
 セラ・アルバはこちらが押しているわけで心配ではない、しかしルジエナはグングンと迫っているわけで。サシャ峠が陥落されると、そこからまたすんなり進軍されてしまう。物資や食料的な意味でも。

 いや、多くの人が考えたであろうけれど。

「……サシャ峠の件はキッドソン公爵に任せてもよろしいでしょうか? 私は、セラ・アルバとの同盟の方に掛からなければならないので。」
「ああ、任せて頂きたい。」

 今回の軍事会では、他にも多くのことを議題として話し合ったが重きは同盟とサシャ峠の件にあった。

 さて、お兄さまが使えない今、私がお父様の補助をしなければ。

 私は再び、言いようも無い使命感を感じて決意をした。

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