婚約破棄、しません

みるくコーヒー

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最終章 おわりのはじまり

成り上がりの貴族を懲らしめましょう

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 薬は見事カイル様に効いた。
 シエとハルは完璧に薬を完成させたのだ。つまり、それは彼女の魔法が『悪魔魔法』であることの証明。

 だが、彼女を懲らしめる前に魔法を解き、彼女の味方を減らす方が優先して行うべきことだ。
 最終的に彼女が何をしてくるかわかったものではない。そして、被害は小さい方がいいのだ。とはいえ、すでに小さいとは言い難い被害を被っているわけだが。

「さて、ディオンさん。準備は出来ていますか?」
「勿論さ、ユニちゃん。」

 今回、私たちが対処するのは成り上がりで貴族となった商業一家のベネダ家である。
 そうして、この一件についてはディオンさんとタッグを組んだ。

 よし、と気合を入れてから私たちはベネダ家へ向かう馬車に乗り込んだ。
 これは急な押しかけではない、あくまでも正式にベネダ家へ約束を取り付けた。『仕事についての大事な話がある』と。

 頭の切れるグライフ様は、私たちの隠れた意図を見抜き『喧嘩を買った』のである。
 そう、私たちはベネダ家に仕事の話があるという名目の『喧嘩を売った』わけだ。

「それにしても、貴方までくる必要はなかったのでは? オズウェル。」

 しれっと横にいるオズウェルに私が問いかける。

「今日は都合よく休みを貰っていたんだ。ディオンさんから話を聞いて、何か危険があったら良くないだろう。」

 彼は至極真っ当なことだ、というような顔をしてこちらを見る。

 確かに、オズウェルがここにいることで安心は出来るし、力強いとも思える。
 だが、騎士団の何名かに協力を仰いでいる為、わざわざオズウェルが出向く必要はないのではないかとジトリと視線を向けてみる。彼は少しも臆することはなかったが、数秒目が合ったところで降参だというように照れた表情で視線を逸らした。

 私たちの様子を見たディオンさんは、仕切り直すようにパチリと1つ手を叩いた。

「さぁ、僕たちには切り札が3つある。こんな勝てないわけがない戦はないね。ユニちゃんこそ、準備は出来ているかい?」

 ディオンさんが端正な顔でニヤリと笑ってみせる。
 悪巧みをしているやんちゃな子供のようにも思えた。

 私は、その言葉にコクリと頷き息を整える。

 私は負けず嫌いだ。だから、かつての市場でのベネダ家との会話だって忘れたことはない。そして、あれほど屈辱的な悔しさといったらない。

 今日こそリベンジを果たす時だ。

 ベネダ家に着くと、普段と変わらぬ様相で門をくぐり、使用人に歓迎され家へと案内される。まるで何もおかしなことなどないと見せつけられているような気がした。

「これはこれは、ディオン・フェステッタ公爵にユシュニス・キッドソン公爵令嬢。ようこそ、いらっしゃいました……おや? オズウェル・ジュラード副団長。貴方まで何故ここに?」
「念のためだ。」

 グライフ様が、営業スマイルを浮かべて私たちを歓迎する。後ろのオズウェルを見て片眉をあげ、少しだけその笑顔を崩すことが出来た。

 オズウェルは相も変わらず無愛想で、ベネダ侯爵だとしてもまるで関係ないという態度だった。

「そうですか、まあ特に気にするほどのことでは御座いませんが。」

 グライフ様は視線をゆっくりとこちらに移して、再びニコリと笑う。

「それで、本日はどういったご用件でしょう?」
「グライフ・ベネダ侯爵。貴方のような優秀なものが何故私たちがここにいるのかわからない、というのは些か納得し難いな。彼女を家に住まわせてから、だいぶ頭が弱くなったのではないかな。」

 ディオンさんが挑発するような言葉を投げかけると、グライフ様の笑顔は歪に崩れていく。
 そして表情には、ニヤリといつものような腹黒い笑みだけが残る。

「一体なんの話かわかりませんね。我々は聖女さまのために尽力しています。貴方に何か苦言を呈されることがありますでしょうか? 仕事も最低限行なっていますでしょう?」
「最低限、では困るのですけれどね、ベネダ侯爵。貴方も侯爵家の当主だというのなら、その責任を持ち国を見て仕事をすべきですわ。」

 私がそう進言すると、グライフ様はハァと大きくため息をついて「わかりましたよ。」という。

「多少考え直す、これで良いですよね。」

 それは心底どうでも良いというような言い方だった。
 彼にとって国の貿易よりもリマ・ベネダという有害な聖女さまのご機嫌取りの方がよっぽど重要なことらしい。

「とにかく、お茶菓子を用意していますから中へどうぞ。」
「その必要は無いよ。」

 大きなエントラスで繰り広げられる問答に、一先ず区切りを置いて中へ引き入れようとするベネダ侯爵の誘いをディオンさんはスッパリと断る。

「君に……いや、君たちベネダ侯爵家に言い渡したいのは、貿易品横領の罪さ。」

 ディオンさんの一言に、一瞬にして場は凍りついた。

 ふと階段の上や周囲を見渡すと、ベネダ家に属する全ての人間がじっとこちらを見ていることに気づいて、少し気味が悪いと感じた。

 話し声を聞いて気になって出てきたのだろうか。

「な、何を言い出すかと思えば。そんなモノは事実無根ですよ。」

 一瞬だけ取り乱した表情をすぐに整え、グライフ様はいつも通りを演じる。
 ただ、目の奥には明らかな動揺が見えた。

「僕が証拠も持たず、憶測で貴方と話し合いの場を取り付けここに乗り込んで来たとでも??」

 ディオンさんが私に視線をやってきたので、書類を片手にグライフ様の目の前に進み出た。

「和紗国との貿易により輸入されたいくつかの品々の計算が合いません。 ひと月前には、着物数着。2週間前には、河奈流で作られた焼き物。」

 持っていた書類をグライフ様にバッと差し出すと、彼は食い入るようにその書類を見る。

「他の国からの物は上手く誤魔化していたようですが、和紗国は我がキッドソン家と深く外交している国。『バレないだろう』なんて随分と舐められたものですねぇ。」

 私はクスリと笑みを浮かべる。さながら、その姿は悪役令嬢といったところだろう。

 他の国は他の家の管轄であるが、和紗国だけでいえばキッドソン家の力でどうにかなる。何を送ったかなんて、ベネダ家が細工をする前に知ることが出来る。

 といっても、この件に関してはキッドソン家よりもディオンさんの動きで上手く掴めた情報な訳だ。キッドソン家と深い交流があり、且つ貿易に対して大きな権限のあるディオンさんでなければできなかった仕事だ。

「せ、聖女の存在価値をわかっているでしょう? 彼女は神からの使いで、それを満足させることは我々の義務だ!」
「神が、罪を犯すことを許すわけがない。」

 グライフ様の言葉に、ディオンさんは一蹴する。

「そもそも、リマ・ベネダはそこまで多数の高級品を手に入れられるほどの仕事をしていらっしゃるのかという疑念を抱きますがね。仕事に見合う報償を、ということなら国からでも何でも都合をつけられますが。」

 ディオンさんは、かなり冷たい視線を送りながら言う。

 正直なところ、私には彼女が一体どういった働きをしているのか未だに理解ができない。
 神殿で神に祈りを捧げることをやらされている、という印象だけだ。やらされている、という所が重要で、彼女には少しだってそれに対して意欲的ではなく、神を信奉しているような素振りも見受けられない。

「ベネダ侯爵。あなたが何を言おうとこれは犯罪だ。この家の者全てが加担したと見做され罪に問われるだろう。」
「これは正当な行為だ! 聖女を保護し管理を命じられたベネダ家の仕事だ!」

 あぁ、これはもうダメだ。

 グライフ様はもっと賢い人であったはずなのに、どうしてこんなにもわかりやすいことがわからないのだろう。

 これも彼女の能力ちからなのだろうか。

「何を言っても無駄なようですね……こういった現状となっております、先先代ベネダ家当主。」

 ゆっくりと現れたのは、もう随分と高齢である先先代ベネダ家当主である、リディム・ベネダだった。

 これが我々の第2の切り札だ。

「おじいさま……どうしてここに?」
「この惨状を聞いてな、どうしても信じられなくて来たのじゃ。どうやら真実のようじゃのう。」

 リディム様は、随分昔に引退してからというもの遠方の田舎で静かに暮らしていた。

 ベネダ家についてはグライフ様に一任し、身を退いて特に干渉している様子も見受けられなかった。
 ちなみに、先代当主は病気で亡くなっており、亡くなる直前にグライフ様へとベネダ家当主の座を託している。

「おじいさま、これは、これは正当なことなのです。」

 尚もグライフ様は自らは悪くないと主張する。

 リディム様はそれを聞いても憤慨することはなく、静かに聞いている。ただ、その表情は悲しみに帯びていた。

「儂はとっくに引退した身じゃ、説教するつもりもなければ苦言を呈するつもりもない。ただ、ここまでベネダの名前が大きくなって、みんな忘れてしまったようじゃな。我々がただの平民に過ぎなかったということを。」

 グライフ様は、その言葉を聞いてハッとする。

 そもそもベネダ家の志ざしは、平民たちと寄り添える商家であることであった。

 先先代は、自分たちが地位を得られれば、もっと彼らの生活を豊かに出来る貿易や商売をできるだろうと必死に仕事をしてきた。

 その気持ちは先代にもグライフ様にも伝わっていたはずなのに、いつのまにかベネダ家は『貴族』に成り果ててしまったのだ。

 グライフ様は幼い頃から秀才で、その志ざしもずっと心に留めて来たはずだった。

「今、我々のやっていることは、ただの強欲な貴族の悪事だ……。」

 グライフ様がポツリと呟く。

「お前はまだ若い。これからいくらでもやり直せる。」

 しゃがれた弱々しい声で、それでいて芯の通った力強さのある声で、リディム様はグライフ様に言葉を投げかけ、肩をポンと優しく叩いた。

「おじいさま、ベネダ家の名にこんなにも泥を塗ってしまい、僕は恥ずかしい。申し訳ありません。」

 グライフ様は、静かに涙を流しリディム様に頭を下げた。

 そして、顔を上げてこちらも一瞥したあと、深々と再び頭を下げた。

「これは当主である僕の責任だ。他のみんなはどうか見逃して欲しい。」
「いいえ、私たちも罰を受けます。」

 グライフ様のその言葉に、他のベネダ家に属するものたちは次々と異論を唱える。彼の妻、兄弟、息子や娘たち、使用人でさえも彼にだけ責任を押し付けようとはしなかった。
 殆どの者たちが、先先代の言葉により初心を思い出し、グライフ様の姿を見て以前の心を取り戻したのだ。

 元々ベネダ家は成り上がりと言えども、汚い一族では無かった。心が薄汚れ黒くなってしまったのは、リマ・ベネダの介入による影響だということは容易に予測出来た。

「ベネダ家は爵位剥奪、加えて貴族の有する権利の剥奪は免れないだろう。その他の処罰についてはまた追い追い伝える。」
「はい、わかっています。平民に戻り、また全てをやり直します。」

 ディオンさんの言葉に、グライフ様は憑き物でも落ちたような顔で決意を固める。

「ま、待ってくれよ!」

 そんな全てが丸く治ろうとした場面で、まだ悪あがきをする者がいた。

「兄さん! こんなのおかしいだろ、俺たちが聖女を引き取って面倒見てるんだぜ? こんな仕打ちは理に適っていない!」

 それは、グライフ様の末の弟であるジクター・ベネダであった。
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