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第四話
しおりを挟む「エマ様、今日会わないとしばらく殿下とお会いする機会は訪れませんよ」
「良いのよ、それで。むしろ好都合だわ」
エマは従者であるジョアンナの言葉にツンと唇を尖らせながら返答し、それから馬車に乗り込んだ。
王国から少し離れた町の視察のために、エマは馬車に揺られる。
数日間、意図的にエマはレイモンドと距離を置いて、顔を合わせないように努めていた。
視察のおかげで、更にあと数日は顔を合わせずに済むだろうと思うと安堵していた。
「町に着いたら、まず町長が出迎えてくださいます。それから……」
スケジュールをジョアンナが説明してくれるが、適当に相槌を打って右から左へ聞き流していく。
大体、到着前に再度同じ内容を話してくれることを理解しているので、エマは特にこの段階で真剣に聞く必要はないことを心得ていた。
ところどころ「聞いてますか?」と怒り気味に言われつつも、スケジュールの説明が終わったのでエマは馬車の中でできる限りの休息をとることにした。
ある程度舗装されている道を通っているため、大きな揺れもなく休めそうだと安堵する。
そんな中、突然に大きな揺れが襲ってきた。
「な、なに!?」
「エマ様!」
近くに座っていたジョアンナが咄嗟にエマを抱きしめる。
そのおかげでエマは揺れの衝撃による影響は受けなかったが、彼女を庇ったジョアンナはドンと頭をぶつけて気を失ってしまった。
「ジョアンナ!」
エマが声をかけるが、気を失ったジョアンナは返事をしなかった。
彼女が頭から血を流していたこともあり、エマは狼狽えてしまう。
「ど、どうしよう」
何をしたら良いかもわからず目を泳がせることしか出来ない。
閉塞的な空間、周囲の状況の把握も出来ずに次第に呼吸が荒くなる。
パニック状態寸前だった。
そのときに馬車の扉が開く。
助けかと思って一瞬安堵したが、見えた姿はどう考えても助けではなかった。
人攫い、盗賊、荒くれもの。
そんな言葉が良く似合う、エマはすぐに悟った。ああ、自分たちは襲われたのだと。
抵抗も声をあげる間もなく口を塞がれ、ほのかな薬剤の香りを認識したすぐあと、意識を手放した。
♢
「う……うぅ……」
「お嬢様!」
少しずつ意識が戻ってきたところで、声をかけられたことで鮮明に取り戻した。
「こ、こは?」
うまく起き上がれない、と思ったところで自分の手が後ろに縛られていることにエマは気がつく。
外の光が届かない狭く暗い空間、埃っぽくて薄汚い部屋に閉じ込められている。
どうしてここにいるのか、記憶を辿ったところで自身を庇った女性のことを思い出した。
「ジョアンナ! ジョアンナはどうしたの!?」
エマが取り乱して必死の形相で問い詰めると、護衛の男性--フランツが「安心してください」と優しく声をかけた。
「応急処置は行ってくれたようで、今は静かに眠っています」
フランツの目線を追うように、エマも目を向けるとそこにはすやすやと眠るジョアンナがいた。
よかった、と安心して胸を撫で下ろした途端、どっと体の力が抜けて壁にもたれかかった。
「みんなは、無事なの?」
今回は、付き添いでジョアンナとシャロル家の護衛が二人に騎士団から三人が同行してくれていた。
「幸い死者はいませんが、その……一人重症で……」
ジョアンナの隣に横たわっている男性、エマは見覚えがないので騎士団の一人だと推測出来る。
彼は上裸で腹部に包帯が巻かれていた。苦しそうに時々呻き声をあげている。
「戦闘時に剣で貫かれたようで……早くここを抜け出さないと手遅れになってしまいます」
「……どうしてこんなことに……」
「我々が付いていながら申し訳ございません……相手の数は襲撃時は約三十名、敵地ですと百は超えるのではないかと……」
「とりあえず、死者が出なかっただけよかったわ。三十人に対して五人で無理をしていたら、今頃は私とジョアンナだけだったかも。その方が絶望的だわ」
エマの責めることのない言葉に、フランツを始めとした護衛たちは謝罪と温情への感謝の意を含めて頭を下げる。
「町への到着予定時刻からは随分と経っていますから、きっと何かあったのではないかと心配して捜索を始めてくださるのではないかと」
「待って、そんなに時間が経っているの?」
「大体、半日は気を失っていらっしゃたかと……」
半日!?
エマはフランツの言葉に目を丸くする。
外の光が差し込まないせいで、今が昼か夜かもわからず、そのためそんなにも時間が経過していたとは全く予想していなかった。
フランツの体感での推測ではあるが、確かに到着せず連絡もない自分たちを探そうと動きを起こすはずだ。
そうすれば、きっと王国にも連絡がいってレイモンドが探してくれるはず……。
ふっとエマの頭に思い浮かんだのは、レイモンドの顔だった。
すぐに首を横に振ってその考えを正す。
大嫌い、と言ってしまった。大喧嘩したばっかりだ。
私のことなんて嫌いになってしまったかもしれない。
勿論、婚約者の失踪なんて大きな事件だから、捜索は始まるだろうけど、一国の王子自ら動くなんてあり得る話ではない。
エマはすぐにどうやってここから出るか、という点に頭を切り替えて方法を考え始めた。
♢
「エマたちが失踪した?」
夜遅く、まだ執務室で仕事を続けていたレイモンドのもとに知らせが届いた。
エマが視察で訪れるはずの町の町長からの便りだった。
昼過ぎにつくはずの馬車が予定時刻で到着せず、夕方まで待って捜索を始めたが付近では痕跡がないとのことであった。
「現在、捜索範囲を広げていますが、まだ特に進捗はないそうです……」
「何かわかり次第すぐに知らせるように、一先ず君は仕事に戻ってくれ」
知らせを届けに来た従者の男は、一礼して部屋を出て行く。
それを見届けてからレイモンドは大きくため息をついて、頭を抱えた。
「どうして、エマが……」
もしかしたら、結婚を公表してしまったせいなのではないか。
そう思って自身を責めずにはいられなかった。
だが、こういうとき自分に出来ることは多くない。
下手に動くとかえって邪魔になってしまう、と衝動を押し込めた。
新しく知らせが届くまで、仕事を進めよう。
レイモンドは机の上に積まれた書類に手を伸ばして、それを処理するためにペンを走らせていく。
しかし、はじめはスムーズに進んでいたが段々とスピードは落ちて、数十分経った頃には完全に手が止まった。
「だめだ、仕事にならない」
レイモンドはペンを置いて、立ち上がり椅子に掛けていた上着を羽織った。
部屋のドアを開けたところで、ちょうど先ほど訪れていた男とは別の従者が部屋に入ってこようとしていた。
「殿下、一体どこへ?」
「知らせを大人しく待っていることなど出来ない。僕も捜索出る」
レイモンドの言葉に、従者の男は目を丸くして首を激しく横に振った。
「だ、だめです! 心配なさるお気持ちはよくわかりますが、殿下にはやるべきことが山積みです。騎士団が懸命に捜索に当たっていますので、殿下が直々に捜索に出る必要はございません」
従者の男は、必死でレイモンドを部屋に押し込めようとするが、男の力ではレイモンドに太刀打ちできなかった。
「確かに、僕が出る必要はないかもしれない。だが、今何もせずに、もしも……もしもこのままエマを失うことになったら、一生後悔するだろう」
レイモンドは、男をぽんと押して道を作るとさっさと歩いていってしまった。
こうなってしまっては引き止めることなど難しいことを理解していた従者は、手元にある書類と机にある山積みの書類を交互に目を向けて、それからがっくりと肩を落とした。
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