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31 マレク王子の言い分・1

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 事の発端は父上の弟、つまり叔父上の結婚だとマレクは聞いている。

 王侯貴族にとって、政略結婚は珍しくもない。
 これは民を導く一族に生まれた者の、責務と言っても過言ではない。父も宰相の娘だった母を娶り王妃とした。
 極端な話、顔も知らない異国の女を娶ることだってあるのだ。

 だからマレクも乳母や教育係に、幼い頃から「恋人を作ってもかまいませんが、妻になる方はすでに決まっております。どうしても側に置きたい女性がいたら、愛人になさいませ」と言い聞かされてきた。

 しかし叔父上の結婚相手を決める際、ちょっとした問題が持ち上がった。既に叔父には好いた娘がいたらしい。
 当然ながら叔父は、降って湧いた政略結婚の話に酷く狼狽えたという。

(無理もない)

 相手は聞いた事もない小国の貴族の娘。その上、魔術などというインチキを今でも信じている国の出身となれば、自分だって怯んだだろう。
 気落ちし部屋から出てこなくなった弟を哀れんだ王は、この結婚を何とかできないかと家臣達に相談した。すると会議に居合わせた若い公爵が「自分がその娘と婚礼を挙げましょう」と高らかに告げた。

 それが現在のレンホルム家当主である。

 王、つまりマレクの父は大層喜んだと、母が事あるごとに話してくれた。
 従者も付けず身一つでバイガル国へやった小娘を言いくるめるのは簡単だった。
 王家に嫁ぐと聞かされていた娘だが幸い従順な性格だったこともあり、レンホルム公爵との婚礼は滞りなく行われた。

 ただしレンホルム公爵も、善意で叔父の身代わりになったわけではない。異国の得体の知れない女をレンホルム家に加えるにあたり出した条件は、「男子が生まれたら、大臣として取り立てること。女子が生まれたら、王子の妻にすること」だった。
 無理難題を押しつけた自覚のある王は、レンホルム公爵の要求を快く受け入れ現在に至る。


 つまりは、マレクとアリシアの婚約は叔父の我が儘が原因なのだ。
 そしてその張本人は、流石に城に留まる事はいかがなものかと大臣達に諫められ、辺境に領地を与えられた。叔父は文句一つ言わず提案を受け入れ、今では田舎暮らしを楽しんでいると風の噂で聞いている。
 マレクとしては、叔父の我が儘は気にはならなかった。王都を離れ辺鄙な場所に移ってでも結婚したい相手など、そうそう出会えるものではない。叔父の心情を思えば、何とかしてやりたいと考えるのも当然だろう。
 恐らく父も、同じ考えだったはずだ。
 だから自分の婚約者がアリシア嬢だと聞かされても、実のところ特に何も思わなかった。
 異国の女が嫁入り道具として持ち込んだ魔術書は全て公爵が焼いたと聞いてたので、くだらない魔術とは無縁ならば問題無い。
 もし本気で愛する相手ができたなら、寵姫として側に置けばいいだけなのだから。


 マレクが始めてアリシアと顔合わせをしたのは、まだ彼女が六歳か七歳の頃だ。母の提案で、気楽に話ができるようにと庭園でお茶会が催された。
 大人しく口数の少ないアリシアは、マレクが命じればすぐに席を立って、クッキーやケーキをサーブしてくれた。
 令嬢らしからぬ行動に眉を顰める貴族もいたが、マレクとしては従順なアリシアをそれなりに気に入った。ただしそれは恋愛的な感情ではなく、よく躾けられた馬や猟犬に対する感情に似ていた。
 ただ見目に関しては、茶色の髪と瞳を持った少女はあまりにも平凡すぎて、自分の隣に立つには相応しくないと感じてしまった。
 幼い頃は面白半分に城へ呼び出し、それなりに会話もしていた。
 けれどアリシアが社交会デビューをする年頃になると状況が変わる。
 夜会に誘っても殆ど来ることはなく、仕事ばかりを優先するアリシアにマレクは次第に彼女を疎んじるようになる。

 決定打になったのは、魔獣狩りのついでに公爵の屋敷に立ち寄った時の事。迎えに出てきたアリシアは茶色の髪を一つに纏め、裾のすり切れた質素なドレスを来てマレクの前に現れたのだ。美しいものを愛するマレクはそのみすぼらしい姿に声も出せず、馬から降りることなく立ち去った。
 数日後、アリシアから詫びの手紙が届いたがお粗末な内容に苦笑するしかなかった。公爵家だけでなく、王家の領地に関する仕事も引き受けており忙しくて身支度を調えられなかったと訴える手紙を夜会で読み上げてやると、友人らも呆れた様子で笑い出す。

 女がそんな大層な仕事を任される訳がないし、公爵家の令嬢ならばいついかなる時でも美しく着飾るのが当然だからだ。

 すっかりアリシアに愛想を尽かしたマレクは、もう我慢できなかった。

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