52 / 65
52 帰国……したくなかった
しおりを挟む
「随分と町の様子が変わりましたね」
窓のカーテンを少し開けて、マリーが不安そうに呟く。
少ない従者を連れて、アリシアはバイガル国へと戻った。
バイガル国ではアリシアは勘当され、平民になった事だけが広まっている。
そして未だに、「婚約破棄をされたアリシアが錯乱し、ダニエラにナイフを突きつけた」という噂も一部で囁かれているらしい。
そんな自分が戻りたいと言っても、入国許可が降りるか疑問だった。
ラサの皇女として認められたと伝える案も出たが、魔術を嫌うバイガル国王には逆効果だろうと判断した。
いざとなれば、友好を深める名目でエリアスがアリシアを侍女として申請し、入国する計画も練ったがそれらの不安は杞憂に終わる。
帰国したい旨をバイガル国に打診したところ、あっさり許可が降りたのだ。
「……バイガルは大国だと聞いているが、ここは王都なんだよな?」
同乗しているエリアスも、道ばたに座り込む物乞いの多さに驚いている。
道を行く人々も活気がなく、異様なものを感じ取ったのだろう。
万が一の事を考え、バイガルの領内に入った時点で一般市民の使う質素な馬車に乗り換えたのは正解だった。
「貴族用の馬車が一台も見当たらないな。あのままバイガルに入っていたら、確実に悪目立ちしてたな」
「ええ。エリアスが助言してくれて助かりました」
流石に市民から襲われたりはしないだろう。しかし、アリシア一行には別の懸念事項があった。
マレク王子の動向である。
現在バイガル国の王は王妃と共に不在で、マレク王子が政を仕切っている。
つまりは彼がアリシアの入国を許可したわけだが、何故こうもあっさりと受け入れたのか皆疑問に思っていた。
程なく馬車は中心地から少し外れた宿屋の前で停まった。
ここはエリアスの部下が旅人を装い、事前に安全な宿屋かどうか確認を済ませている。
流石に公爵家へのこのこと戻るほど、アリシアもお人好しではない。それにあの義母がアリシアを屋敷に入れるとは考えにくかったのもある。
荷物を下ろし事情を伝えてある宿屋の主人に前金を渡すと、アリシア達は二階の部屋に入った。
ここまでは無事に来られたので一同はほっと息を吐く。
「――アリシア様、私はメイド長達にお嬢様がお戻りになられたことを伝えに行って参ります」
「ええ、お願い。気をつけてね」
部屋を出るマリーを見送り、アリシアは外套を脱いだ。
「たった数カ月で、こんなに荒れているなんて」
「馬車から見ても商店が機能していないのは明白だ。周辺国に比べて、物価が高すぎる」
「農地が壊滅的な打撃を受けた影響でしょう。上空から見ても分かる程、酷い有様でした」
アリシアは窓辺に立ち、活気のない町を見おろしながら数日前に見た光景を思い出していた。
***
皇女となり、エリアスの兄であるラゲル王から戦争を止める使者となるよう告げられたその日。アリシアはもう一つ、ラゲル王から頼み事をされていた。
それは「バイガル国の新たな統治者となってほしい」というものだった。
和平協定を破った国の王は統治権を奪われる。そして新たな統治者を迎えなければならないという文言が、協定書に記されているのだ。
しかしアリシアは、ラゲル王の頼みを断った。
地方領主ならまだしも、大国を背負う覚悟も能力も自分にはないと判断したからだ。
説得されるかと思いきや、意外にも王はあっさりと引き下がってくれた。
ただ一度だけ、バイガル国の様子を視察してくれないかとアリシアに提案したのである。
怪訝に思いながらもアリシアは承諾し、エリアスと共にそれぞれホワイトとグリフォンに乗りバイガル国の上空を駆け抜けた。
そこには枯れた草と、荒れた農地が一面に広がっていた。
バイガルへと戻る馬車の中で、マリーが国内の農地で何が起こっていたかを教えてくれた。
ここ数年冷害が続き、作物が育たないらしい。なのに殆どの貴族は領地の視察もせず、農家の訴えももみ消し税だけは取り立てている。
農民は生きていく為に農地を放棄し、隣国に保護を求めて逃げ出しているとのことだ。
父に代わり領地の運営を任されていたアリシアは、農民を守るために王に働きかけたり公爵家の備蓄倉庫から小麦を分けたりと奮闘した。
しかしいくら公爵家といえど、焼け石に水。
最後の手段として、国庫を開けるよう嘆願しようとした矢先に、婚約破棄の事件が起こった。
窓のカーテンを少し開けて、マリーが不安そうに呟く。
少ない従者を連れて、アリシアはバイガル国へと戻った。
バイガル国ではアリシアは勘当され、平民になった事だけが広まっている。
そして未だに、「婚約破棄をされたアリシアが錯乱し、ダニエラにナイフを突きつけた」という噂も一部で囁かれているらしい。
そんな自分が戻りたいと言っても、入国許可が降りるか疑問だった。
ラサの皇女として認められたと伝える案も出たが、魔術を嫌うバイガル国王には逆効果だろうと判断した。
いざとなれば、友好を深める名目でエリアスがアリシアを侍女として申請し、入国する計画も練ったがそれらの不安は杞憂に終わる。
帰国したい旨をバイガル国に打診したところ、あっさり許可が降りたのだ。
「……バイガルは大国だと聞いているが、ここは王都なんだよな?」
同乗しているエリアスも、道ばたに座り込む物乞いの多さに驚いている。
道を行く人々も活気がなく、異様なものを感じ取ったのだろう。
万が一の事を考え、バイガルの領内に入った時点で一般市民の使う質素な馬車に乗り換えたのは正解だった。
「貴族用の馬車が一台も見当たらないな。あのままバイガルに入っていたら、確実に悪目立ちしてたな」
「ええ。エリアスが助言してくれて助かりました」
流石に市民から襲われたりはしないだろう。しかし、アリシア一行には別の懸念事項があった。
マレク王子の動向である。
現在バイガル国の王は王妃と共に不在で、マレク王子が政を仕切っている。
つまりは彼がアリシアの入国を許可したわけだが、何故こうもあっさりと受け入れたのか皆疑問に思っていた。
程なく馬車は中心地から少し外れた宿屋の前で停まった。
ここはエリアスの部下が旅人を装い、事前に安全な宿屋かどうか確認を済ませている。
流石に公爵家へのこのこと戻るほど、アリシアもお人好しではない。それにあの義母がアリシアを屋敷に入れるとは考えにくかったのもある。
荷物を下ろし事情を伝えてある宿屋の主人に前金を渡すと、アリシア達は二階の部屋に入った。
ここまでは無事に来られたので一同はほっと息を吐く。
「――アリシア様、私はメイド長達にお嬢様がお戻りになられたことを伝えに行って参ります」
「ええ、お願い。気をつけてね」
部屋を出るマリーを見送り、アリシアは外套を脱いだ。
「たった数カ月で、こんなに荒れているなんて」
「馬車から見ても商店が機能していないのは明白だ。周辺国に比べて、物価が高すぎる」
「農地が壊滅的な打撃を受けた影響でしょう。上空から見ても分かる程、酷い有様でした」
アリシアは窓辺に立ち、活気のない町を見おろしながら数日前に見た光景を思い出していた。
***
皇女となり、エリアスの兄であるラゲル王から戦争を止める使者となるよう告げられたその日。アリシアはもう一つ、ラゲル王から頼み事をされていた。
それは「バイガル国の新たな統治者となってほしい」というものだった。
和平協定を破った国の王は統治権を奪われる。そして新たな統治者を迎えなければならないという文言が、協定書に記されているのだ。
しかしアリシアは、ラゲル王の頼みを断った。
地方領主ならまだしも、大国を背負う覚悟も能力も自分にはないと判断したからだ。
説得されるかと思いきや、意外にも王はあっさりと引き下がってくれた。
ただ一度だけ、バイガル国の様子を視察してくれないかとアリシアに提案したのである。
怪訝に思いながらもアリシアは承諾し、エリアスと共にそれぞれホワイトとグリフォンに乗りバイガル国の上空を駆け抜けた。
そこには枯れた草と、荒れた農地が一面に広がっていた。
バイガルへと戻る馬車の中で、マリーが国内の農地で何が起こっていたかを教えてくれた。
ここ数年冷害が続き、作物が育たないらしい。なのに殆どの貴族は領地の視察もせず、農家の訴えももみ消し税だけは取り立てている。
農民は生きていく為に農地を放棄し、隣国に保護を求めて逃げ出しているとのことだ。
父に代わり領地の運営を任されていたアリシアは、農民を守るために王に働きかけたり公爵家の備蓄倉庫から小麦を分けたりと奮闘した。
しかしいくら公爵家といえど、焼け石に水。
最後の手段として、国庫を開けるよう嘆願しようとした矢先に、婚約破棄の事件が起こった。
313
あなたにおすすめの小説
婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢にして聖女――
そう呼ばれていたステラ・ダンクルは、
「聖女の資格に欠ける」という曖昧な理由で婚約破棄、そして追放される。
さらに何者かに階段から突き落とされ、意識を失ったその瞬間――
彼女は思い出してしまった。
前世が、
こてこての浪速のおばちゃんだったことを。
「ステラ?
うちが?
えらいハイカラな名前やな!
クッキーは売っとらんへんで?」
目を覚ました公爵令嬢の中身は、
ずけずけ物言い、歯に衣着せぬマシンガントーク、
懐から飴ちゃんが無限に出てくる“やかましいおばちゃん”。
静かなざまぁ?
上品な復讐?
――そんなもん、性に合いません。
正義を振りかざす教会、
数字と規定で人を裁く偽聖女、
声の大きい「正しさ」に潰される現場。
ステラが選んだのは、
聖女に戻ることでも、正義を叫ぶことでもなく――
腹が減った人に、飯を出すこと。
粉もん焼いて、
飴ちゃん配って、
やかましく笑って。
正義が壊れ、
人がつながり、
気づけば「聖女」も「正義」も要らなくなっていた。
これは、
静かなざまぁができない浪速のおばちゃんが、
正義を粉もんにして焼き上げる物語。
最後に残るのは、
奇跡でも裁きでもなく――
「ほな、食べていき」の一言だけ。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜
八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」
侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。
その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。
フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。
そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。
そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。
死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて……
※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる