答えられません、国家機密ですから

ととせ

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「皆様、国王にご連絡をしてください」

 ジェシカが高らかに叫ぶと、どこからか黒衣の男が数名現れた。
 フードを目深に被っているので、顔は全く見えない。

「本日ただいまを持って、男爵家当主の座が移行したことを見届けました」

 黒衣の一人がジェシカの前に進み出て、低く静かな声で告げる。

「なんと…やはり秘密組織を所有していたのか!」

 セイルが驚愕の声を上げるが、ジェシカは首を振った。

「いいえ。この方は王家から派遣されている影ですよ。わたくしの監視役です」
「では国家機密とは、莫大な隠し財産か? もしや、精霊の恩寵は事実だったのか?」

 夢物語を期待するセイルに、ジェシカは冷徹に言い放った。

「そんなのおとぎ話です」
「では一体……」

 問いかけは最後まで続かなかった。ジェシカが静かに手を上げて制したからだ。

「これから新たな当主セイル・フェルディ男爵に、国家機密をお伝えいたします」

 ジェシカは冷たく、そしておぞましい真実を静かに語り始めた。

 王家がまだ貴族達を御しきれず、血なまぐさい争いが続いていた時代に遡る。
 当時の宰相は、王族の暗殺を試みる勢力に対抗するため、一つの残酷なアイデアを思いついた。

「王族を狙う敵の標的を、別の貴族にすり替えればいい」

 王族の影武者は多くいたが、完璧な替え玉は少ない。それに似ているという事は、つまり王族の血が流れていると言う事でもある。
 ただでさえ数を減らしている王族を、替え玉として遣い潰すのは得策ではない。
 かといってそっくりの赤の他人を探したところで限りがある。

 そこで白羽の矢が立ったのが、子だくさんで親戚も多くいるフェルディ男爵家だ。男爵位と言っても平民のような貧しい生活をしてた彼らに、生け贄として選ばれたことを拒否する権利など存在しなかった。

 以来、フェルディ男爵家は「国家機密を保持している」という名目で、国庫からの潤沢な補助金と王族からの過度な庇護を受けることとなる。

 特別なものを持たない男爵家が機密を持つ。その異様な状況は宰相の思惑通り、貴族社会に勝手に噂を広めた。 
 外国に隠し財産があるだとか、王家の影をも凌ぐ暗殺集団を抱えているだとか。
 精霊から加護や魔術を与えられたなどという、おとぎ話のような噂まで、真実のように広められた。
 貴族たちは男爵家を懐柔しようと群がり、同時に排除しようとも動いた。

 宰相の目論見は当たり、国家機密を託された一族は次々に暗殺された。
 毒殺、刺殺、事故に見せかけた殺しは日常茶飯事。誘拐され、国家機密を吐くまで拷問された末に殺された者も少なくない。
 薔薇の甘い香りが漂うガゼボに似つかわしくない、国家の血なまぐさい裏の歴史をジェシカは感情を殺したまま語り続ける。

「――国家機密なんてないんですもの、答えられません。お陰で残った直系はわたくし一人。受け継いだのは先祖が散々飲まされた毒くらいですね。そのせいで体が弱くて、両親も早くに病で亡くなりました」

 淡々と話しながらも、言葉の端々に一族の受けた理不尽への恨みが滲む。
 先祖達が飲まされた毒は、一族の血を蝕み続けている。この平和な時代になっても、母体を通じてジェシカにも残ったのだ。
 母が病死して程なく、父は気が弱ってそのまま亡くなった。

「これが我が男爵家の全てです。申し訳ございません、当主はあなたでしたね」

 ジェシカは静かにセイルを見つめる。真実を聞いた彼は信じられないといった様子で呆然としていた。

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