答えられません、国家機密ですから

ととせ

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 いざというときのため――そのような名目で、平和になった今も続いてる「国家機密」の保持。
 当然ながら婚姻も、男爵家一族の中で行われ続けた。血が濃くならないよう縁組みは慎重に行われてきたが、数多く居た親戚も数を減らし、ジェシカと釣り合う年齢の男性はいない。

 そこでジェシカは特例として、他家から婿を迎えることが許されたのだ。
 「国家機密」という餌をちらつかせれば、多くの貴族が食いついてきた。しかし男爵家に婿入りとなると、尻込みする者ばかり。
 ジェシカ自身も病弱で貧相な容姿という事もあり、なかなか婚約までは進むことができなかった。
 そこへ我こそはと名乗りを上げ、ジェシカを手に入れるべくアプローチを始めたのがこのセイルだ。
 表向きはなかなか縁談が纏まらない男爵令嬢に手を差し伸べたという理由。
 しかし彼が「国家機密」を目当てに近づいた事なんて最初から分かりきっている。

「本当に、何も持っていないのか?ならば国家機密とは何なのだ……」
「特別な能力も使える組織も隠し財産もありませんよ。そうですね文字通り「国家機密」という言葉を公の場で口にすることは許されております」

 ジェシカは軽く肩をすくめた。
 そもそも存在しないのだから、問われても答えようがない。なのに誰もが国家機密を求め、知りたがる。

「お金はもらえますよ。使い切れないほど、たくさん」

 王家からは毎年多額の金が振り込まれる。
 王家御用達の店で買い物をすれば、代金は全て王家が負担する。
 使用人達も王家が選りすぐった者ばかりで、給金を払う必要もない。
 何故なら彼らは、王家の影だから。

「しかし自由はございません」

 国家機密を背負った家に、好き勝手に生きる選択肢は与えられない。
 常に監視され、自由もプライバシーも失われる。
 そして王家主催の夜会や茶会は、どんな事情があっても欠席できない。

(病で伏していたお爺さまは、陛下の催された狩猟遊びに付き合わされたわ。あの気紛れさえなければ、お爺さまはもう少し生きられたのに)

 ジェシカはこみ上げる感情を必死に押し殺して言葉を紡いだ。

「二十四時間、いつでも監視されすべて記録されます」

 淡々とした説明に、セイルが顔をこわばらせた。

「すべてとは……まさか、トイレや風呂もか?」

 恐る恐る尋ねる彼に、ジェシカは静かに頷く。

「はい。口にしたもの、出したもの。誰と何を話したか、どこへ行ったか。何もかも、影が記録します。ああ、彼は影の代表というだけで屋敷は数多くの影が見張っております」

 黙って控えている黒衣の影が、こくりと頷く。

「妻を迎えたら、夜の方も監視されるでしょうね」
「待ってくれ!やはりなかったことに」
「あなたが望んだのですよ。それではさようなら。わたくしは平民になりますから、もう会うこともないでしょう」

 席を立ったジェシカは美しいカーテシーをしてセイルに背を向け歩き出す。


「――既に部下が王へ報告に向かいました。国家機密を知ってしまった以上、セイル様がフェルディ男爵家を継ぐ事は覆りません」
 
 黒衣の男が感情のない声でセイルに告げる。
 不利益どころか罰としか言いようのない状況から抜け出す方法は二つ。
 死ぬか平民落ちかしかない。
 逃げるならそのどちらかを選ぶしかないと気づいて、セイルはその場に崩れ落ちた。

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