彼女の夢の叶え方

・めぐめぐ・

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第5話 実現

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 パメラの言う通りだった。

 結果はすぐに出ない。しかし突然力が付いている事に気づいた俺は、彼女の正しさを再認識し、彼女を信じられなかった自分をまた責めた。

 その後、パメラを探したが見つけることは出来なかった。
 どこにいるか分からない彼女に、俺が間違っていたことを伝えるために出来ることは一つしかない。彼女が残してくれたノート、そして彼女が教えてくれたことで、夢を叶えることだ。

 パメラと別れて3年後、俺は魔王討伐に成功した。
 名は国中に知れ渡り、サラフィーヌ姫との謁見も叶った。

 しかし、俺の夢はまだ叶っていない。




 名声で得た人脈を使い、パメラを見つけ出したのは全てが落ち着いた頃だった。彼女は俺がいた町よりもずっと離れた村に住んでいた。実家がここにあるのだという。

「遅くなりましたが、魔王討伐おめでとうございます、ログ様」

 再会したパメラは、3年前と変わらず綺麗で無表情だった。銀縁眼鏡の奥の瞳は、何を考えているのか分からない。手には、昔と変わらず1冊のノートが握られていた。

 俺は祝福の言葉に一つ礼をいうと、彼女の持つノートに視線を向けた。

「まだ、夢実現の手伝いをしているのか?」

「いいえ。今は、この村で実家の手伝いをしております」

 どうやら夢を叶える手伝いは、辞めたらしい。その理由に思い当たるところがあり、俺は心苦しさから少し顔を歪める。俺の考えを察したのか、パメラは首を横に振った。

「ログ様のせいではありません。あの時の私は未熟だったのにもかかわらず、周囲の評価にうぬぼれていたのです。ログ様を夢実現に導くことが出来なくて、それを痛感いたしました。それに……」

 彼女はいったん言葉を切ると、少しだけ言いにくそうに続きを口にした。

「私も……かつて夢を抱きました。そしてログ様や他の皆さまにお伝えしたとおりの方法で夢を叶えようとしたのです。しかし3年前、その夢は破れました。自分の夢すら叶える事の出来ない私が、人さまの夢をお手伝いするなど……、そんな資格はないと悟ったのです」

「そんなことない‼」

 俺は声を荒げ、彼女が残していったノートを机の上に置いた。懐かしい物の登場に、感情を表に出さないパメラの眉が少しだけ動いた気がした。

「こいつのおかげで、俺は『魔王を倒す』という目標を達成することが出来た。未熟だったのは俺の方だ。結果を焦ってお前のせいにして……。全てパメラの言った通りだった……」

 俺はノートに視線を落としながら、過去の己の愚かさを憎んだ。心が苦しくなり、両手をぎゅっと握る。
 そして少し気持ちを落ち着けると、ただ黙って感情的な俺の言葉を聞き続けるパメラを真っすぐ見つめた。

「パメラ、全てはお前のおかげだ。本当、ありがとう。そして……、3年前酷い言葉で責めて……、済まなかった」

 3年間、ずっと言いたかった言葉を、やっと彼女に伝えることができた。 

 ここで俺を責めてくれたら、罵ってくれたらどれだけ楽だっただろう。しかし彼女の口から出たのは、

「いいえ。私は何もしておりません。全ては、ログ様が頑張られたからですよ」

 相変わらず淡々としていたが、別れの際に残したメモと同じ、優しい言葉だった。

 胸が締め付けられる。俺は何も言えなかった。それを察したのか、パメラは眼鏡をくいっと持ち上げると、話題を逸らすために一つ質問をした。

「そう言えば、姫とのご結婚はどうなさったのですか? 噂では……、お断りされたとか。あなたの夢だったのに、どうして?」

 少し首を傾げ瞬きを多くしながら、俺の返答を待っている。

 絶世の美女サラフィーヌ姫を娶ることが、俺の夢だった。
 誰もが笑いとばす夢に、パメラは真剣に協力してくれていた。

 彼女が示してくれた道のおかげで、登頂不可能だと思われた頂上の頂きの直前に、俺はいる。

 そんなことを考えながら、パメラが残したノートの1ページ目を開いて彼女に見せた。
 一番初めに書き留めた、俺の目的と目標が書かれているページだ。

 そこに、新たに書かれた目的を見たパメラの瞳が、大きく見開かれた。そして俺とノートを交互に見て、慌ただしく瞬きを繰り返している。

 彼女が初めて見せた、感情らしきもの。それだけ、この文章はパメラに衝撃を与えたらしい。

 込み上げる笑いをこらえながら、俺は何気なく彼女に尋ねた。

「俺の目標は、あの後変わった。今度はこれを達成する為に、どうしたらいいか教えてくれないか?」
 
 俺が指さした文章には、こう書かれていた。

『目的:パメラに好きになってもらう』

 口元に手をやり、しばらく黙っていたパメラだったが、手に持っていたノートを机の上に置くと少しためらいがちに言葉を紡ぐ。

「ログ様、他人の心は変えられないのです。なので本来目的はご自身主体で書いて頂かないと駄目なのです。しかし……」

 少し表情を曇らせた俺に、パメラは3年前と変わらぬ真っすぐで揺るがぬ瞳で見つめると続きを口にした。
 銀縁眼鏡の向こうの瞳に、どこか嬉しそうな光をたたえながら。

「あなたの夢を叶えるお手伝いをいたしましょう。今度はきっと……、お役に立てるでしょう」

「……ありがとう、パメラ」

 俺の口元が自然と緩み、感謝の言葉が漏れた。
 今頃恥ずかしさを感じたのか、パメラの頰が赤くなり、口角あたりが震えているのが分かった。彼女が初めて見せる恥じらいの様子に、愛おしさが胸いっぱいに広がる。

 彼女は手元にある自分のノートに触れると、冷静さを欠く少し掠れた小さな声で尋ねてきた。

「ログ様、私からもお願いがあります。先ほどお話しした私の夢なのですが……、達成するにはどうしたら良いか、助言を頂けないでしょうか?」

「3年前にパメラが諦めた夢のことか?」

「……はい」

 彼女は小さく頷くと、白く滑らかな指先がノートの1ページ目を開いた。そこに書かれた文章に、俺はパメラと同じように瞳を見開いた。しかし驚きはすぐに笑顔へと変化した。

「ああこれなら……、俺にも適切な助言ができそうだ」

 夢を叶える女神と呼ばれた彼女が望んだ、夢。それは。


『目的:ログ様に好意を持たれるような女性になる。
 目標:彼の夢を応援する。
 手段:彼を助けるありとあらゆる知識を身につける』



 <完>
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