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「約束のお時間にいらっしゃらないようなので、わたくしは先に王城へ参りますと王太子殿下にお伝えください」
「っ……!?」
シャルロッテが堂々とした様子でエドゥアルトの護衛にそう言うと、彼は驚きのあまり目を剥いて身体を強張らせた。
美しい姿勢のまま何時間も待っているあの侯爵令嬢の口から、そのような言葉が出てくるとは思いもよらなかったのだ。
彼女は彼の返事を待たないまま踵を返して、王太子専用馬車ではなく侯爵家の馬車へ優雅に乗り込んだ。
あれから、彼女はアルトゥール皇太子の言葉の意味を何度も考えた。
その度に彼の言うことは正しいと思ったが、実際に行動に出るのは憚られた。
やはり二人の身分の差は大きい。まだ王太子妃でもない自分が王太子に意見をするなど恐れ多い。
幼少の頃より受けた教育は、もはや洗脳の如く想像以上に彼女の思考を侵食していたのだ。
それでも、己の行動だけでも変えなければならないと思った。
少なくとも、時間厳守は徹底しなければと思った。
勇気を振り絞り、まずは30分から始めた。
それから15分、5分……と徐々に待つ時間を縮めて、今ではもう約束の時間になったらすぐに一人で王城へ向かうことにした。
『生きた彫刻』の姿をほとんど見られなくなり令息たちは残念に思ったが、令嬢たちは密かに侯爵令嬢を応援した。
シャルロッテが時間丁度に到着するようになって、彼女の教育係をはじめとする王宮の人々も時間の余裕ができ仕事が円滑に進むようになった。
彼らはいつ来るか分からない王太子より、きちんと時間を守る侯爵令嬢を次第に頼るようになった。
以前より彼女が手伝っていた王太子案件の執務も、これまで以上に任されるようになった。
「侯爵令嬢風情が、王太子を待たないとはいい身分だな」
王太子を蔑ろにする侯爵令嬢を、当然エドゥアルトは激怒した。
いつものように約束の時間になっても王太子が来ないので彼女が馬車へ向かおうとしたとき、彼は大声でシャルロッテを呼び止めた。
彼女は彼の剣幕に少しだけ怖気づいたが、意を決して彼に言う。
「エドゥアルト様、王宮の方々はわたくしたちの時間に振り回されておりますわ。彼らにも予定というものがございます」
「そんなもの待たせておけばいい。俺の時間に合わせるのがあいつらの仕事だろ?」
「……」
だが彼女は、彼から何を言われても時間厳守だけは頑なに守り続けた。
王太子は嫌がらせのように己の仕事のほとんどを彼女に押し付けるようになったが、時間に余裕ができた彼女はそれらを難なくこなしていった。
それでもシャルロッテは、まだエドゥアルトを信じていた。
今は学園生活が楽しくて、少し遊んでいるだけ。王太子としてずっと厳しい生活をしていたから、今のあいだくらい羽目を外しても仕方がない。
自分が時間を守って王太子の仕事も務めることによって、彼の名誉を守ることができる。
卒業して婚姻したら、きっと王太子として立派に務めを果たすはず。
いつか彼も分かってくれるはず……。
だが――……。
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