ダンジョン25階に放置された「破れない盾の台頭」

MayonakaTsuki

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《呪われし者の道(ルート・オブ・ザ・コンデムド)》

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洞窟の静寂は、ヘイデンの足音によって破られた。
一歩進むたびに、その響きが彼に「自分は孤独だ」と告げているようだった。
仲間も、休息もなく。手に握るのは黒曜石の剣ひとつ。
そして胸の奥には、妹レイラに再び会いたいという希望だけが、まだ小さく燃えていた。

「ここを出なきゃ……レイラのところに戻らないと。」

その思いが、彼を突き動かしていた。
疲労は限界を越え、身体中が痛みに悲鳴を上げている。
それでも、ヘイデンは歩みを止めなかった。
トンネルの闇はどんどん濃くなり、まるで彼を丸ごと飲み込もうとしているかのようだった。

だがその時、前方にかすかな光が見えた。
壁に刻まれた古代のルーンが、微かに輝いている。

ヘイデンは近づき、荒れた手で埃を払い落とした。
そこに刻まれた文字を見て、彼の目が見開かれた。

「これは……」と、声を震わせながら呟く。
「巡礼の道(ルート・オブ・ピルグリメイション)……」

胸の鼓動が速くなった。
それは冒険者たちの間で語り継がれる伝説の通路――
深層をつなぐ試練の道。
踏み外せば、即ち奈落。
ほんの一歩の誤りが、永遠の死を意味するという。

「一つでも間違えば終わりだ……でも、もし上手くいけば……十九階層に辿り着ける。」

ヘイデンは深く息を吸い、黒曜石の剣を強く握りしめた。
危険な道だと分かっていても、他に選択肢はなかった。
ここに留まれば、先に見つけた冒険者のように餓死するだけだ。

「止まってなんかいられない……」
彼は静かに言葉を吐き出す。
「レイラが、まだ俺を待ってる。」

脳裏に浮かぶのは、妹の儚げな笑顔。
希望に満ちた瞳。
そして、出発前に聞いたあの声。

『気をつけてね、お兄ちゃん。無茶しちゃだめだよ?』

ヘイデンは唇を噛み締めた。鉄の味が口に広がる。

「……ごめん、レイラ。でも、他に道はなかった。」

《死者たちの登攀(ザ・クライム・オブ・ザ・デッド)》

壁に刻まれた印を頼りに、ヘイデンは登り続けた。
道は狭く、曲がりくねり、滑る岩と湿気が足を奪う。
這い進むこともあれば、わずかな力で岩壁をよじ登ることもあった。
息は荒く、空気は薄く、だが止まるという選択肢は存在しなかった。

「……二十八階層まで登れば……滝の流れが十九階層へ戻してくれる……」

それが唯一の目標だった。
だが理解していた――上へ行くほど、魔物たちは獰猛になる。
そして、彼はひとり。

「ここで死んだ冒険者も……」
ヘイデンは足元の古い足跡を見つめながら呟いた。
「同じ道を……進もうとしたのか? それとも、何かから逃げてたのか……?」

問いは闇に吸い込まれ、返事はなかった。
残されたのは、ただの痕跡。
冷たい岩に消えかけた記憶だけ。

「……関係ない。俺は、奇跡なんか待たない。」

重い息を吐き、彼は再び歩き出した。
一歩ごとに、死を拒み、生を選ぶ。

その時――。

――カサ…カサ…

乾いた音が響いた。
何かが這うような気配。
金属の爪が岩をこするような音。

ヘイデンは動きを止め、剣を構える。

天井から黒い影が落ちた。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。

目が闇に慣れた瞬間、彼は見た。
――黒い蜘蛛。
炭のような体、膨らんだ腹。
そして、闇に赤く光る八つの眼。

「ブラック・スパイダー……二十六階層の毒種か。」

喉が鳴る。
その毒の恐ろしさは知っていた。
噛まれれば、数分で身体が麻痺し、息すらできなくなる。

「ちっ……」

ヘイデンは後退しながら周囲を探った。
狭い場所――一度に襲われない空間が必要だ。

そして、見つけた。
壁の隙間。彼が通れるほどの幅。
蜘蛛には狭すぎる。

迷わず駆け込み、滑るように身体を押し込む。

蜘蛛たちは入口に群がり、長い脚で岩を叩いた。
毒液が飛び散り、甲高い鳴き声が洞窟に響く。

ヘイデンは盾を前に構え、剣を握り締めた。
息を整えようとしたその時――。

――ピシッ。

天井から、何か細い影が垂れた。
光を反射する細い線。

――ガブッ!

「ぐっ……!」

鋭い痛みが肩を貫いた。
落ちてきたのは細長い蛇。
牙が肉に食い込み、血が滲む。

ヘイデンは怒号を上げ、手で掴み取り、壁に叩きつけた。
頭蓋が砕け、動かなくなる。

「……こんな時にかよ!」

肩の痛みが脈打つ。だが、立ち止まる余裕はない。

蜘蛛たちが隙間を押し広げようとしていた。
一本の脚が中に伸び、牙が煌めく。

「……来いよ!」

ヘイデンは咆哮し、盾を突き出した。
次の瞬間、剣が閃き――蜘蛛の腹を貫いた。
温かい体液が顔にかかる。

「一匹……!」

息を切らしながら呟く。

だが次の蜘蛛が動いた。
横から脚を差し込み、再び襲いかかる。
ヘイデンは盾を回し、脚を切り落とし、力任せに押し返した。

肉が裂ける音が響く。
蜘蛛は絶叫を上げ、後退した。

ヘイデンはその隙に隙間を飛び出し、全力で剣を振り下ろした。
黒曜石の刃が光を放ち、蜘蛛の体を斜めに切り裂く。
巨体が崩れ落ち、動かなくなった。

息が荒く、汗と血が混ざる。
肩の痛みは増していたが――まだ立っている。

「……第一の障害、突破だ。」

背を壁に預け、荒い息を吐く。

「けど……これで終わりじゃない。」

アドレナリンがまだ体を駆け巡っている。
だが蛇の毒が、確実に腕を蝕んでいた。
左腕が痺れ、動きが鈍る。

「……進まなきゃ……」

呟きながら、再び歩き出す。

やがて、トンネルが広がり始めた。
青白く光る結晶が壁に並び、冷たい風が吹き抜ける。

その先に――石の扉があった。
古代文字に覆われた巨大な扉。

ヘイデンは前に立ち、心臓が激しく打つのを感じた。
扉のルーンが淡く光り、彼を“冒険者”として認識する。
鈍い音とともに、封印が解けた。

ゆっくりと、扉が開く。

彼は一歩踏み出し、振り返る。

疲れた笑みを浮かべながら、呟いた。
「でも……、お前に会え」

扉の奥から吹いた風が、手にした松明の火を掻き消した。

闇と謎が広がる世界へ。
ヘイデンは、ためらわず足を踏み入れた。

――今の彼には、戦う理由がある。
それだけが、彼を前へ進ませていた。
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