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22 俺は、兄として
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翌日。
ぐんと気温が上がってほぼ夏日となった。昼過ぎともなれば日差しの勢いはなかなかに激しい。
今日はそんな日曜日である。
「お、この店なんか雰囲気良さそうだな」
暖雪は道すがらの洋食屋を指し示した。赤いテントがとても可愛い。洗練はされていないが、いかにも地元の人から愛されていそうな感じが伝わってきて心惹かれる店だった。
「本当だ、いい匂いする!ここにしようか!」
Tシャツの裾を持ってパタパタさせながら大海が答える。汗ばむ陽気のなかでも大海は元気だ。まるで照りつける太陽に呼応するようだった。
二人は駅から出て、自宅周辺の路地などを散策しているところだ。今日は午前中からかなりの移動をした。大海が明日から勤務することになるデザイン事務所までの実際の通勤路を電車でたどり、実際の雰囲気を見てきたのである。駅からの道順なども頭に入れておけば明日から困らないだろうという、暖雪からの提案であった。
日曜日ということでビルを外から見るだけだったが、職場を目の当たりにして大海も刺激になったようだった。
「それにしても、雪ちゃん本当ありがとう。わざわざ俺の職場まで行って見てきてくれてたんだね」
店に入り席につき、出された水を暖雪が一気に飲み干したタイミングで大海が言う。レモンの風味が混じった、すっきりと美味しい水だった。
「ん?ああ、下見しとけば色々お前に教えられることがあるかなと思って」
卓上に置かれたピッチャーを取り、二杯目の水を注ぎながら暖雪は答えた。今日に先駆けて、先週の土日に暖雪は一人同じ道を歩いて見てきたのだ。おかげで今日は大海に一見するだけでは見落としがちな通勤路の情報を色々と提供できた。
『雨の日は上にアーケードあるから一本向こうの道歩いて行けば濡れずに着くからな』『一応〇〇駅の〇番出口が最寄りではあるけど、ここの地下から直結の××駅からの道の方が信号も少ないし昼飯買ってけるような店もあるからこっちから行くのもありだな』等などである。
日本で暮らす大海の面倒を見るという名目で始めた二人の同居生活だが、正直なところ暖雪は大海のために具体的にしてやれることなどさっぱり思いつかなかった。精いっぱい考えを巡らせた結果がこんなことだ。
「休日にごめんね」
「気にするなよ。いつも家のことしたら基本暇してるから」
二人でテーブルにメニューを広げる。店の外観から感じる雰囲気通りのメニューだ。シンプルかつ定番の洋食料理の写真がずらりと並んでいて目移りしてしまう。
「いや俺もさ、お前と同居するってなってから、デザイナーのこと色々知ろうと思って。身内がデザイナーやってるっていう先輩に話聞いたり、有名なデザイナーさんの指南動画観たりしたけど。当たり前だけど大変な仕事だな。実務的なことはもちろん俺には分かんないけどさ。愚痴聞いてやるくらいならできるからあんま無理せずため込んだりするなよ」
暖雪の言葉に、大海は「ありがとう」と柔らかい笑顔を見せた。
(とはいえ、本当こいつの仕事が始まったらわざわざ同居してまで俺がしてやれることあるのか不安だなあ……)
おしぼりで手を拭きつつ暖雪は考える。大海のために他にできることって何なんだろう。具体的なアイデアは悲しい事にもう枯渇してしまった。後はもうそれこそひたすら平和に、二人で上手いこと力を合わせて二人暮らしをしていくくらいしかないのではなかろうか。
「……」
グラスの水を飲む風を装って、暖雪は大海の顔を伺った。結局、昨日の暖雪の失言に関して、大海からの言及は今のところ何もない。見た感じ、気にしている素振りもないようだ。やっぱり気を使われているのだろうか。何気ない顔をしているが、もしや心の中ではまた接しづらさを感じてはいないだろうか。そう思うとまた胸が疼くが、向こうが平静を保っている以上こちらからその話を持ち出すわけにいかない。
(やっちゃったもんは仕方ない。地道に関係築きなおして挽回するしかないって昨日風呂の中で決めただろ、俺。うじうじ悩むなよ)
暖雪は気持ちの切り替えが下手くそだ。そう強く自分に言い聞かせるしか、今は方法がなかった。
おまけに、暖雪の心を悩ませることが一つある。
昨晩、オナニーの最中に大海の顔がよぎってしまったことだ。だがこっちの方がむしろ対処法なんてないだろう。こうしている今もあの時感じた自責の念が復活しかける。あれこれ悩めることが多すぎて、もう訳が分からなくなってきそうだ。
(……あれは不幸で突発的な事故だった。そうだろ?もうそういうことにするしかねえだろ)
結論、暖雪はそれらを無理やり頭の中から蹴りだすことにする。こんな調子では、脳がパンクしてしまう。自分と大海の平穏な生活を守るため、一旦全てをなかったこととして扱うのが最善だと、ようやく割り切りの境地までたどり着くのに相当な時間を要した。
オフィス街で目に入ったお店についての話などしていると、やがて食欲を刺激する香りと共に、注文してきた料理が運ばれてくる。
「ふわああ~、美味しそう!」
歓喜の声を上げる大海。ずっと見ていたいはしゃぎっぷりだ。
「よっしゃ~、いっただきまーす!」
「いただきます」
二人同時にそう言った後、暖雪はバゲットトーストと共に、オーダーしたビーフシチューを食べ始める。ほろほろに煮込まれた食べ応えのある人参と、しっかりしたコクを感じる肉が最高だ。
「……ん」
ふと、顔を上げると、自分をじっと見つめる大海と視線がぶつかった。
「どうした?」
そう暖雪が尋ねた瞬間……。
とんでもないことが起こった。
「はいっ雪ちゃん、あーん!」
ぐんと気温が上がってほぼ夏日となった。昼過ぎともなれば日差しの勢いはなかなかに激しい。
今日はそんな日曜日である。
「お、この店なんか雰囲気良さそうだな」
暖雪は道すがらの洋食屋を指し示した。赤いテントがとても可愛い。洗練はされていないが、いかにも地元の人から愛されていそうな感じが伝わってきて心惹かれる店だった。
「本当だ、いい匂いする!ここにしようか!」
Tシャツの裾を持ってパタパタさせながら大海が答える。汗ばむ陽気のなかでも大海は元気だ。まるで照りつける太陽に呼応するようだった。
二人は駅から出て、自宅周辺の路地などを散策しているところだ。今日は午前中からかなりの移動をした。大海が明日から勤務することになるデザイン事務所までの実際の通勤路を電車でたどり、実際の雰囲気を見てきたのである。駅からの道順なども頭に入れておけば明日から困らないだろうという、暖雪からの提案であった。
日曜日ということでビルを外から見るだけだったが、職場を目の当たりにして大海も刺激になったようだった。
「それにしても、雪ちゃん本当ありがとう。わざわざ俺の職場まで行って見てきてくれてたんだね」
店に入り席につき、出された水を暖雪が一気に飲み干したタイミングで大海が言う。レモンの風味が混じった、すっきりと美味しい水だった。
「ん?ああ、下見しとけば色々お前に教えられることがあるかなと思って」
卓上に置かれたピッチャーを取り、二杯目の水を注ぎながら暖雪は答えた。今日に先駆けて、先週の土日に暖雪は一人同じ道を歩いて見てきたのだ。おかげで今日は大海に一見するだけでは見落としがちな通勤路の情報を色々と提供できた。
『雨の日は上にアーケードあるから一本向こうの道歩いて行けば濡れずに着くからな』『一応〇〇駅の〇番出口が最寄りではあるけど、ここの地下から直結の××駅からの道の方が信号も少ないし昼飯買ってけるような店もあるからこっちから行くのもありだな』等などである。
日本で暮らす大海の面倒を見るという名目で始めた二人の同居生活だが、正直なところ暖雪は大海のために具体的にしてやれることなどさっぱり思いつかなかった。精いっぱい考えを巡らせた結果がこんなことだ。
「休日にごめんね」
「気にするなよ。いつも家のことしたら基本暇してるから」
二人でテーブルにメニューを広げる。店の外観から感じる雰囲気通りのメニューだ。シンプルかつ定番の洋食料理の写真がずらりと並んでいて目移りしてしまう。
「いや俺もさ、お前と同居するってなってから、デザイナーのこと色々知ろうと思って。身内がデザイナーやってるっていう先輩に話聞いたり、有名なデザイナーさんの指南動画観たりしたけど。当たり前だけど大変な仕事だな。実務的なことはもちろん俺には分かんないけどさ。愚痴聞いてやるくらいならできるからあんま無理せずため込んだりするなよ」
暖雪の言葉に、大海は「ありがとう」と柔らかい笑顔を見せた。
(とはいえ、本当こいつの仕事が始まったらわざわざ同居してまで俺がしてやれることあるのか不安だなあ……)
おしぼりで手を拭きつつ暖雪は考える。大海のために他にできることって何なんだろう。具体的なアイデアは悲しい事にもう枯渇してしまった。後はもうそれこそひたすら平和に、二人で上手いこと力を合わせて二人暮らしをしていくくらいしかないのではなかろうか。
「……」
グラスの水を飲む風を装って、暖雪は大海の顔を伺った。結局、昨日の暖雪の失言に関して、大海からの言及は今のところ何もない。見た感じ、気にしている素振りもないようだ。やっぱり気を使われているのだろうか。何気ない顔をしているが、もしや心の中ではまた接しづらさを感じてはいないだろうか。そう思うとまた胸が疼くが、向こうが平静を保っている以上こちらからその話を持ち出すわけにいかない。
(やっちゃったもんは仕方ない。地道に関係築きなおして挽回するしかないって昨日風呂の中で決めただろ、俺。うじうじ悩むなよ)
暖雪は気持ちの切り替えが下手くそだ。そう強く自分に言い聞かせるしか、今は方法がなかった。
おまけに、暖雪の心を悩ませることが一つある。
昨晩、オナニーの最中に大海の顔がよぎってしまったことだ。だがこっちの方がむしろ対処法なんてないだろう。こうしている今もあの時感じた自責の念が復活しかける。あれこれ悩めることが多すぎて、もう訳が分からなくなってきそうだ。
(……あれは不幸で突発的な事故だった。そうだろ?もうそういうことにするしかねえだろ)
結論、暖雪はそれらを無理やり頭の中から蹴りだすことにする。こんな調子では、脳がパンクしてしまう。自分と大海の平穏な生活を守るため、一旦全てをなかったこととして扱うのが最善だと、ようやく割り切りの境地までたどり着くのに相当な時間を要した。
オフィス街で目に入ったお店についての話などしていると、やがて食欲を刺激する香りと共に、注文してきた料理が運ばれてくる。
「ふわああ~、美味しそう!」
歓喜の声を上げる大海。ずっと見ていたいはしゃぎっぷりだ。
「よっしゃ~、いっただきまーす!」
「いただきます」
二人同時にそう言った後、暖雪はバゲットトーストと共に、オーダーしたビーフシチューを食べ始める。ほろほろに煮込まれた食べ応えのある人参と、しっかりしたコクを感じる肉が最高だ。
「……ん」
ふと、顔を上げると、自分をじっと見つめる大海と視線がぶつかった。
「どうした?」
そう暖雪が尋ねた瞬間……。
とんでもないことが起こった。
「はいっ雪ちゃん、あーん!」
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