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67話 もう一つの運命 side騎士団長 ノア
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その日は、朝から胸の奥にざわつくような違和感があった。
理由はわからない。ただ、落ち着かない。
ジオナルド侯爵邸への押し入り捜査が予定されていた日でもある。
だから最初は、その緊張感のせいだろうと自分に言い聞かせていた。
──だが、それだけではなかった。
現場へ向かう途中、アイザックから事後連絡が入った。
訳あって、既にジオナルドの元へ乗り込んだという。
本来なら騎士団と連携して行うはずの案件だ。
それを、あの三人が独断で動いた。
余程、切迫した事態が起きたのだと、すぐに理解できた。
俺は部下を率いて現場へ急行した。
追加で、アイザックたちは既に自宅へ戻り、休んでいると聞かされたが、胸のざわつきは収まらない。
そして現場に到着し、悟った──この不安は、緊張ではない。
そこに広がっていたのは、あまりにも凄惨な光景で、地面にはジオナルド侯爵の手下たちが、無残な姿で転がっている。
その中で、俺の視線を強く引き寄せたものがあった。
一点に残された、血痕。
そして、そこから漂う、血とは別の微かな残り香。
──嗅いだ瞬間。
全身の血が、音を立てて逆流したような感覚に襲われた。
理性よりも先に、身体が反応する。
この《匂い》の持ち主は──俺のものだ。
そう断言してしまえるほどの、狂気じみた独占欲。
自分の中から湧き上がったその感情に、俺自身が息を呑んだ。
だが同時に、その香りの持ち主が、血を流したという事実が、怒りを限界まで押し上げる。
今にも思考が、焼き切れそうだった。
その後、ディランの魔法で拘束されていたジオナルドから事情を聞いた。
腕を失ってなお、やつはふてぶてしい態度を崩さない。
「あー、わしのペットじゃよ。随分具合がよかっ──」
そこまでだった。
気付いた時には、俺は半殺しになるまでやつを殴り続けていた。
部下に止められ、ようやく我に返る。
視線を落とすと、拳は血に濡れ、ジオナルドの顔は原型を留めていなかった。
──だが、どうでもいい。
そんなことより、俺の意識はただ一つに囚われていた。あの香りの持ち主。
現場の処理を半ば強引に部下へ任せ、俺は残り香を辿って走り出した。
そして辿り着いた、一軒の家。俺は扉を強く叩いた。
「誰かいるか!」
返ってきたのは、聞き慣れた友の声。
中にいたのはアイザックとディラン、そして魔法の使い手として名高いリスの夫婦だった。
──だが。
扉が開いた瞬間、空気に満ちる香り。
理性が弾け飛び、俺はアイザックをすり抜けるように二階へ駆け上がった。
香りが最も濃い部屋の扉を、躊躇なくこじ開ける。
……しかし。
中に入った途端、香りが消えた。
一切、何も感じない。
あり得ない。そう何度も自分に言い聞かせるが、感覚は嘘をつかない。
呆然としていると、もともと数人この部屋にいたのか、皆が消えたとベンさんたちの会話から察した。
だが、友であるアイザックだへ譲らなかった。
『ここにいる』
その言葉に、俺自身も再度身体の中の熱が蘇る。
しかし、突然の訪問、それも扉をこじ開け無理に押し入るという無礼な行為をしてしまったことに、我に返って反省した。それもあって、胸の内は荒れ狂ったような熱を秘めたまま、夫妻の案内に従い謝罪を述べ、階下のリビングへと移動した。
「さて。一体、何があってあんな行動をとったんだい?」
そう問われ、言葉に詰まる。
自分でも、何が起きているのか完全には理解できていなかった。
それでも、俺は正直に話した。
惹かれる匂いがあったこと。
自覚した途端、身体が勝手に動いたこと。
そして、扉を開いた瞬間に、その香りが消えたこと。
話し終えた直後、ベンさんが静かに告げた。
「コリンズ団長。あくまで推測だが──君は、運命に引き寄せられたのだと思う」
「……私に、運命が……」
一生、縁のないものだと思っていた言葉。
だが、それは驚くほど自然に腑に落ちた。
同時に、強く思う。
早く、この目で確かめたい。
腕の中に抱き、守りたい。
「だが、確証はない。確かめたい気持ちはわかるが、少し時間をもらえないかい?」
真剣な表情で告げられ、胸が締め付けられる。
正直、今すぐにでも会いに行きたかった。
だが──今の俺は、冷静とは言い難い。
苦渋の末、俺は小さく頷いた。
「……承知した」
番は、すぐそこにいる。
それなのに会えない。
俺は、生まれて初めて味わう焦がれるような想いを抱えながら、
その時を待つことになった。
理由はわからない。ただ、落ち着かない。
ジオナルド侯爵邸への押し入り捜査が予定されていた日でもある。
だから最初は、その緊張感のせいだろうと自分に言い聞かせていた。
──だが、それだけではなかった。
現場へ向かう途中、アイザックから事後連絡が入った。
訳あって、既にジオナルドの元へ乗り込んだという。
本来なら騎士団と連携して行うはずの案件だ。
それを、あの三人が独断で動いた。
余程、切迫した事態が起きたのだと、すぐに理解できた。
俺は部下を率いて現場へ急行した。
追加で、アイザックたちは既に自宅へ戻り、休んでいると聞かされたが、胸のざわつきは収まらない。
そして現場に到着し、悟った──この不安は、緊張ではない。
そこに広がっていたのは、あまりにも凄惨な光景で、地面にはジオナルド侯爵の手下たちが、無残な姿で転がっている。
その中で、俺の視線を強く引き寄せたものがあった。
一点に残された、血痕。
そして、そこから漂う、血とは別の微かな残り香。
──嗅いだ瞬間。
全身の血が、音を立てて逆流したような感覚に襲われた。
理性よりも先に、身体が反応する。
この《匂い》の持ち主は──俺のものだ。
そう断言してしまえるほどの、狂気じみた独占欲。
自分の中から湧き上がったその感情に、俺自身が息を呑んだ。
だが同時に、その香りの持ち主が、血を流したという事実が、怒りを限界まで押し上げる。
今にも思考が、焼き切れそうだった。
その後、ディランの魔法で拘束されていたジオナルドから事情を聞いた。
腕を失ってなお、やつはふてぶてしい態度を崩さない。
「あー、わしのペットじゃよ。随分具合がよかっ──」
そこまでだった。
気付いた時には、俺は半殺しになるまでやつを殴り続けていた。
部下に止められ、ようやく我に返る。
視線を落とすと、拳は血に濡れ、ジオナルドの顔は原型を留めていなかった。
──だが、どうでもいい。
そんなことより、俺の意識はただ一つに囚われていた。あの香りの持ち主。
現場の処理を半ば強引に部下へ任せ、俺は残り香を辿って走り出した。
そして辿り着いた、一軒の家。俺は扉を強く叩いた。
「誰かいるか!」
返ってきたのは、聞き慣れた友の声。
中にいたのはアイザックとディラン、そして魔法の使い手として名高いリスの夫婦だった。
──だが。
扉が開いた瞬間、空気に満ちる香り。
理性が弾け飛び、俺はアイザックをすり抜けるように二階へ駆け上がった。
香りが最も濃い部屋の扉を、躊躇なくこじ開ける。
……しかし。
中に入った途端、香りが消えた。
一切、何も感じない。
あり得ない。そう何度も自分に言い聞かせるが、感覚は嘘をつかない。
呆然としていると、もともと数人この部屋にいたのか、皆が消えたとベンさんたちの会話から察した。
だが、友であるアイザックだへ譲らなかった。
『ここにいる』
その言葉に、俺自身も再度身体の中の熱が蘇る。
しかし、突然の訪問、それも扉をこじ開け無理に押し入るという無礼な行為をしてしまったことに、我に返って反省した。それもあって、胸の内は荒れ狂ったような熱を秘めたまま、夫妻の案内に従い謝罪を述べ、階下のリビングへと移動した。
「さて。一体、何があってあんな行動をとったんだい?」
そう問われ、言葉に詰まる。
自分でも、何が起きているのか完全には理解できていなかった。
それでも、俺は正直に話した。
惹かれる匂いがあったこと。
自覚した途端、身体が勝手に動いたこと。
そして、扉を開いた瞬間に、その香りが消えたこと。
話し終えた直後、ベンさんが静かに告げた。
「コリンズ団長。あくまで推測だが──君は、運命に引き寄せられたのだと思う」
「……私に、運命が……」
一生、縁のないものだと思っていた言葉。
だが、それは驚くほど自然に腑に落ちた。
同時に、強く思う。
早く、この目で確かめたい。
腕の中に抱き、守りたい。
「だが、確証はない。確かめたい気持ちはわかるが、少し時間をもらえないかい?」
真剣な表情で告げられ、胸が締め付けられる。
正直、今すぐにでも会いに行きたかった。
だが──今の俺は、冷静とは言い難い。
苦渋の末、俺は小さく頷いた。
「……承知した」
番は、すぐそこにいる。
それなのに会えない。
俺は、生まれて初めて味わう焦がれるような想いを抱えながら、
その時を待つことになった。
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