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29話 それぞれの想い sideベン・歩夢
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sideベン
やはり来たか。
太一くんたちと話している間、こちらへ向かう気配が近づいていることには気づいていた。
十中八九、彼だろうと思っていたが、思っている以上に早かった。
太一くんたちが部屋に戻って、ほどなくして家の前にその気配が立つ。
リビングに防音結界を張り、私はドアノブに手をかけた。
ガチャ。
私とリサは彼をリビングへ通し、向かい合って座った。
灯りに照らされた彼の瞳は、落ち着いているようで、その奥は荒ぶる獣のように静かに熱を帯びていた。
「それじゃ、要件を聞こうか。」
「単刀直入に言う。俺の番がこの家にいるんだろう。……話をしに来た。」
やはり気づいていたか。
あの短い邂逅だけで番の匂いを追い、ここへ辿り着くなど普通は不可能だ。
S級冒険者という肩書きは伊達じゃないらしい。
「彼について教えてほしい。」
太一くんは“番うつもりはない”と言っていた。
本来なら彼を近づけさせないように動くべきかもしれない。
だが、あのときの太一くんは──拒絶というより、怖れて泣いているように見えた。
番が怖いのではない。
また傷つくことが怖いのだ。
太一くんが、あんなにも悲しそうな顔をするのは、私たち夫婦も本位じゃない。
だから私は悩んだ末に決めた──彼にすべて話すことを。
「君なら……太一くんの傷も、癒せるかもしれない。」
「傷……?」
「太一ちゃんたちは向こうの世界で色々あったらしいの。両親のこともそうだけど、太一ちゃんはそれ以外にも……心に深く刺さるようなことがあったんだと思うわ。昨日、聞いてしまったの。“もうあんな思いはしたくない”って。」
リサの言葉は震えていた。
あれほど温和な彼女が胸を痛めるほど、太一くんの声は苦しげだったのだろう。
私は彼──アイザックの方を見た。
黄金の瞳は鋭く、強く、しかしその奥には焦りの影が滲んでいる。
「アイザックくん。これから太一くんについてすべて話す。だが約束してくれ。太一くんが嫌がることは絶対にしないこと。もし彼が全力で拒絶するなら、潔く身を引いてほしい。……だが、もし太一くんが君を求めたときは、そのときは全力で彼を愛してやってくれ。」
「当たり前だ。過去がどうであれ、俺が全部受け止める。そんな傷なんてどうでもよくなるくらい、俺があの子を愛してやる。」
迷いのない言葉だった。
彼の声には、獣の本能ではなく──“守りたい”というただひとつの強い意志があった。
その覚悟を確かめてから、私は太一くんたち家族の過去、この世界に来てからのことのすべてを話した。
───────────────────
side歩夢
「…………今は誰かと番になるなんて考えられないです。」
太一兄ちゃんが弱い声でそう言った。
その瞬間、胸が締め付けられた。
ぼくにはわかる。
太一兄ちゃんは“番が嫌”なんじゃない。
一歩を踏み出すのが怖いだけだ。
だって、あんなに悲しそうな顔……寂しそうな顔……見たことない。
部屋に戻ってからも太一兄ちゃんはなかなか寝つけず、ずっと天井を見つめていた。
ぼくは太一兄ちゃんの髪を撫でながら、ベンさんが使っていた簡単な睡眠魔法をそっと流し込む。
「すー…、すー…。」
「おやすみ、太一兄ちゃん。」
そのとき、いつの間にか近くにいたメルエムが、ひょいと顔を出してきた。
「ねぇ歩夢。なんで歩夢のお兄ちゃんはあんなに頑固なの?どう見てもあの冒険者のこと気になってるし、ちょっと物欲しそうな顔してたじゃん。」
「太一兄ちゃんは甘えるのが苦手なんだ。しっかり者なのもあるけど……優兄ちゃんの代わりにぼくの面倒を見るようになってから、もっと甘えられなくなったんだと思う。ぼくがもっと強くて頼れる人だったら、違ったのかもしれない。」
「なに言ってるの歩夢!悪いのは歩夢たちの両親でしょ。それにね、歩夢がどれだけ強くても、お兄ちゃんは歩夢を可愛がって甘やかすよ。唯一の弟なんだから。悔やむなら、今から変えればいいんだよ。歩夢にはぼくがついてるんだからさ!これからいっぱい助けて、笑顔にしてあげればいいの!」
「……ふふ。そうだね。ありがとう、メルエム。」
メルエムに励まされながら、ぼくは太一兄ちゃんの幸せを心から祈った。
やはり来たか。
太一くんたちと話している間、こちらへ向かう気配が近づいていることには気づいていた。
十中八九、彼だろうと思っていたが、思っている以上に早かった。
太一くんたちが部屋に戻って、ほどなくして家の前にその気配が立つ。
リビングに防音結界を張り、私はドアノブに手をかけた。
ガチャ。
私とリサは彼をリビングへ通し、向かい合って座った。
灯りに照らされた彼の瞳は、落ち着いているようで、その奥は荒ぶる獣のように静かに熱を帯びていた。
「それじゃ、要件を聞こうか。」
「単刀直入に言う。俺の番がこの家にいるんだろう。……話をしに来た。」
やはり気づいていたか。
あの短い邂逅だけで番の匂いを追い、ここへ辿り着くなど普通は不可能だ。
S級冒険者という肩書きは伊達じゃないらしい。
「彼について教えてほしい。」
太一くんは“番うつもりはない”と言っていた。
本来なら彼を近づけさせないように動くべきかもしれない。
だが、あのときの太一くんは──拒絶というより、怖れて泣いているように見えた。
番が怖いのではない。
また傷つくことが怖いのだ。
太一くんが、あんなにも悲しそうな顔をするのは、私たち夫婦も本位じゃない。
だから私は悩んだ末に決めた──彼にすべて話すことを。
「君なら……太一くんの傷も、癒せるかもしれない。」
「傷……?」
「太一ちゃんたちは向こうの世界で色々あったらしいの。両親のこともそうだけど、太一ちゃんはそれ以外にも……心に深く刺さるようなことがあったんだと思うわ。昨日、聞いてしまったの。“もうあんな思いはしたくない”って。」
リサの言葉は震えていた。
あれほど温和な彼女が胸を痛めるほど、太一くんの声は苦しげだったのだろう。
私は彼──アイザックの方を見た。
黄金の瞳は鋭く、強く、しかしその奥には焦りの影が滲んでいる。
「アイザックくん。これから太一くんについてすべて話す。だが約束してくれ。太一くんが嫌がることは絶対にしないこと。もし彼が全力で拒絶するなら、潔く身を引いてほしい。……だが、もし太一くんが君を求めたときは、そのときは全力で彼を愛してやってくれ。」
「当たり前だ。過去がどうであれ、俺が全部受け止める。そんな傷なんてどうでもよくなるくらい、俺があの子を愛してやる。」
迷いのない言葉だった。
彼の声には、獣の本能ではなく──“守りたい”というただひとつの強い意志があった。
その覚悟を確かめてから、私は太一くんたち家族の過去、この世界に来てからのことのすべてを話した。
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side歩夢
「…………今は誰かと番になるなんて考えられないです。」
太一兄ちゃんが弱い声でそう言った。
その瞬間、胸が締め付けられた。
ぼくにはわかる。
太一兄ちゃんは“番が嫌”なんじゃない。
一歩を踏み出すのが怖いだけだ。
だって、あんなに悲しそうな顔……寂しそうな顔……見たことない。
部屋に戻ってからも太一兄ちゃんはなかなか寝つけず、ずっと天井を見つめていた。
ぼくは太一兄ちゃんの髪を撫でながら、ベンさんが使っていた簡単な睡眠魔法をそっと流し込む。
「すー…、すー…。」
「おやすみ、太一兄ちゃん。」
そのとき、いつの間にか近くにいたメルエムが、ひょいと顔を出してきた。
「ねぇ歩夢。なんで歩夢のお兄ちゃんはあんなに頑固なの?どう見てもあの冒険者のこと気になってるし、ちょっと物欲しそうな顔してたじゃん。」
「太一兄ちゃんは甘えるのが苦手なんだ。しっかり者なのもあるけど……優兄ちゃんの代わりにぼくの面倒を見るようになってから、もっと甘えられなくなったんだと思う。ぼくがもっと強くて頼れる人だったら、違ったのかもしれない。」
「なに言ってるの歩夢!悪いのは歩夢たちの両親でしょ。それにね、歩夢がどれだけ強くても、お兄ちゃんは歩夢を可愛がって甘やかすよ。唯一の弟なんだから。悔やむなら、今から変えればいいんだよ。歩夢にはぼくがついてるんだからさ!これからいっぱい助けて、笑顔にしてあげればいいの!」
「……ふふ。そうだね。ありがとう、メルエム。」
メルエムに励まされながら、ぼくは太一兄ちゃんの幸せを心から祈った。
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