雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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2人の逃避行

絶望の逃避行1

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 風の刃が咆哮を上げ、航太の目の前のヨトゥン兵を無慈悲に切り裂いた。
 血と風が交錯する戦場を、航太は風そのものとなって駆け抜ける。

 身体は限界を超え、傷口から流れ出る血が地面を濡らしていく。
 それでも、航太の歩みは止まらない。
 ゼークと智美の顔が脳裏に焼きつき、それが足を動かす原動力となっていた。

 だが一瞬の隙に緊張が解けた瞬間、全身を貫く激痛が航太を襲った。
 傷口が燃えるように熱く、息をするたびに肺が締め付けられる。
 膝が震え倒れそうになる身体を、ただ仲間への思いだけで支えていた。

 弱音を吐けばゼークの太陽の様な笑顔や、智美の優しさが遠ざかってしまう気がした。
 絶対に、そんなことは許せなかった。

 アルパスター軍本隊の近くまで辿り着いたとき、ヨトゥン兵と激しく斬り合う絵美の姿が目に飛び込んでくる。

「あっ、航ちゃん! ちょっと、どうにかしてよ! 倒しても倒しても、ゾンビみたいにワラワラと敵が湧いてくるんだけどー!」

 更に絵美の頭上では、ガーゴがけたたましく叫んでいる。

「何、楽してるでしゅか~! 早く、ガーゴの加勢するでしゅよ~! 多勢に無勢すぎるでしゅ~」

(お前は、ただ騒いでるだけだろうが! んで、なかなか難しい言葉知ってんな!)

 航太は心の中で毒づきながらも、絵美とガーゴの軽快な声に一瞬だけ日常の温かさに触れた気がした。

 凍てつく戦場の空気の中で絵美の存在は、まるで小さな灯火のようである。

 だが、温かさに浸っている暇はない……絵美の背後に忍び寄るヨトゥン兵を目にした航太は、反射的に剣を振った。
 一閃……敵の身体が崩れ落ち、鮮血が絵美の顔に飛び散った。

「絵美! 大丈夫か?」

 航太の声は、叫びに近かった。

 絵美はヨトゥンの血に染まり、真っ赤になった顔で振り返る。
 その瞳は燃えるような闘志に満ち、航太を睨む。

 その闘志はヨトゥン兵に向けられたモノか、航太に向けられたモノかは分からない。

「大丈夫じゃないよ~! 何してくれてんの? 顔に、血を浴びちゃったじゃん! 顔だよ? 顔! もう、ベタベタで最悪! 早く、シャワー浴びたいよ~!」

 絵美の不満げな声は、どこか震えていた。
 それでも絵美が冗談めかす姿に、航太の胸は締め付けられるような安堵で満たされた。

 この地獄のような戦場で、絵美は「らしさ」を失っていない。
 それが、どれほど救いだったか。

「シャワーなんか、ねぇだろ! 一番風呂は、俺がもらうぜ!」

 航太は無理やり笑顔を作り、軽口で返す。
 だが、その声は自分を奮い立たせるためのものだった。

 絵美の無事が、せめてもの希望の欠片である。

「サイテー! レディファーストって言葉、知らないの? てー、知ってる訳ないか……知ってたら、彼女の1人ぐらい……てか、航ちゃん! 傷だらけだよ? 大丈夫? それより、智ちんとゼークは? 一緒じゃなかったの?」

 絵美の声が急に鋭くなり、航太のボロボロの姿を見て瞳が揺れる。
 絵美の視線は、航太の血に濡れた身体を……震える腕を見つめていた。

 航太は一瞬、言葉を飲み込む。

 戦場の喧騒が、頭から遠ざかる……
 そしてゼークの決意の顔と、智美の痛みに歪む顔が次々と脳裏を過ぎっていく。

「智美は、足をやられてる。ゼークは両腕を……2人を先に逃がしたけど、まだ戦場にいるはずだ。アルパスター将軍が、助けに向かってくれてるけど……」

 航太の声は途切れ、視線は激戦が続いている戦場へと吸い寄せられた。
 そこにはまだ、血と叫びが渦巻いている。

 絵美もまた、同じ方向を見つめた。
 絵美の顔には先程倒したヨトゥンの血がべっとりとこびりつき、洗い流したい嫌悪感は続いているだろう。
 それでも絵美の瞳には、仲間を想う強い光が宿っている。

「私も……探しに行く! まだ、動けるし!」

 絵美の声は、決意と焦りが混じり合った叫びだった。
 絵美の身体は、今にも走り出しそうな勢いだ。

「と……とりあえず、ガーゴも行くでしゅ……モガモガ……」

 地面でモゾモゾ動くガーゴが絵美の肩に飛び乗ろうとした瞬間、航太は咄嗟にそのクチバシを掴み地面に叩きつけた。

「ふぎゃぽん! でしゅ~!」

 ガーゴの悲鳴が響くが、無視した航太は絵美を真っ直ぐに見つめていた。
 絵美の衝動を止めるため、声を張り上げる。

「おい、待て! 絵美が探しに行って、そんで行方不明になったらどうするんだ? 下手したら、フェルグスとかスリヴァルディとか……化け物と遭遇するかもしれねぇ! ゼークが絶対守るって言ってくれたんだ! アルパスター将軍が、必ず助けるって言ったんだ! 智美を連れて、必ず戻ってくれる!」

 航太のボロボロの身体を見て、強敵と戦った事が予想出来ていたのだろう。

 絵美の瞳は涙で潤み、今にも泣き崩れそうだった。
 それでも走り出そうとする絵美を、航太は力の限り抱きしめる。
 絵美の震える肩を感じながら、航太の胸は張り裂けそうな不安で一杯だった。

 それでも希望を失わないために、必死で言葉を紡いでいく。
 絵美まで、失う訳にはいかなかった。

「絶対……助かるから……」

 その言葉は絵美への励ましであると同時に、航太自身に言い聞かせる祈りだった。

 智美とゼークの無事を信じたくて……ただ信じたくて……航太は目を閉じた。

(頼む……無事でいてくれ……)

 心の底から湧き上がる祈りは、戦場の喧騒を掻き消すほど強く……切実だった。

「こ……航太しゃん……浸ってるところ悪いんでしゅが、足をどけてくれると助かるんでしゅよね~」

 地面に叩きつけられたガーゴは、絵美に歩み寄った航太の足に踏み潰されていた。
 航太の足元でジタバタするガーゴの声が、虚しく響く。

 航太がその小さな身体から足を退けたのは、しばらく経って絵美の震えがようやく収まった後だった……
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