雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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恐怖の炎

不満と誓い

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「また戦いかよ! いい加減、人使い荒すぎだぜ!」

 馬上で唸る航太の声は、連戦の疲弊と苛立ちに塗れていた。

 連戦の果て心はズタズタに引き裂かれ、モチベーションは奈落の底に沈んでいた。
 どれだけ気合いを振り絞ろうと、凍てついた胸の奥に炎が灯るはずもない。

 幼馴染を失った傷は血を流し続け、航太の心を無慈悲に抉っていた。

 航太たちはゼークが負傷し戦線を離脱している為、ランカスト将軍の部隊に配属される。
 ランカスト将軍の部隊は、後方から迫りくるガイエン軍を迎え撃つ任務に就いていた。

 遠征軍の総指揮はアルスター国からの援軍、フィアナ騎士団のアルパスターが執っている。
 しかし遠征軍の主力は、ベルヘイム軍だ。

 そしてランカスト将軍は、ベルヘイムの誇る12騎士の1人として名を馳せている。
 ランカスト将軍の指揮下にある兵士たちの士気は高く、戦場に漲る熱気が感じられた。

「航太……幼馴染を失い、連戦続きで辛いのは分かる。だが、踏ん張りどころだ! ここで命を落とせば、智美を探す事も出来なくなるぞ!」

 ランカストが馬を寄せ、凛とした声で航太を鼓舞した。
 鋭い眼差しと力強い言葉は、まるで戦場の重い空気を吹き飛ばすかの様である。

「はぁ……了解っス……」

 そんなランカスト将軍の言葉すら、航太の心には届かない。

 航太の返事はまるで死にかけの火のように弱々しく、虚ろに響く。
 どんな激励も、とてつもなく深い心の空洞を埋めるには無力であった。
 燃え上がるべき闘志は、どこか遠くで灰と化したようだった。

「航太しゃん! 気合いを入れるでしゅよ~! このままじゃ、やられちゃいましゅ~! ミーちゃんも、何か言うでしゅよ~!」

 絵美の頭上でガーゴが小さな羽を狂ったように振り回し、誰かを殴りつけるような勢いで跳ね回った。
 その声は場違いなほど明るいが、どこか空元気を装っているようで虚しく感じる。

「ごめん、ガーゴ……私も、なんか……やる気、出ないの……」

 絵美の声は震え、涙に濡れた瞳は地面に落ちていた。

 智美が戦場で消えてから、数日。
 生存の希望は粉々に砕け、軍全体に漂う諦めの空気は絵美の心を容赦なく押し潰していた。
 その空気感が、絵美の心から気力を吸い上げる様に奪っていく。

 智美を失い、共に旅をしてきた一真の言葉に心を抉られた。
 絵美の目は、まるで死んだ魚のように光を失っていた。

「2人とも……しょぼ~ん、でしゅね~。ガーゴも……しょぼぼ~んって、してみるでしゅ~」

 ガーゴは意味不明な言葉を口にしながら振り回していた羽を静め、肩を落とす仕草を見せる。
 その滑稽な仕草は、かえって場の悲壮感を際立たせた。

 その時、ランカストの横に1人の兵士が歩み寄った。
 ランカスト軍の中隊長である、パシェード・シェルクード……智美の捜索隊を率いた騎士である。
 シェルクードの目は冷たく、その視線は航太と絵美を刺すかのように鋭かった。

「ランカスト将軍! こんな戦意のないクズどもに、頼る必要はありません! 我々だけでも、ガイエン軍を叩き潰せます。こんな奴らは、いても士気を下げるだけだ!」

 その言葉は氷のように冷酷で、2人を心ごと切り裂いた。

「智美の捜索の時もそうだったけどさ、私たちに何の恨みがあるの? そこまで恨まれるような事、してないよね!」

 絵美が叫び、目を吊り上げた。
 容赦のない、剥き出しの敵意をシェルクードに叩きつける。
 普段の陽気で明るい絵美からは想像もつかない、燃えるような激しい怒りだった。

「自分たちの仲間だけ捜索してもらって、それでも不満そうな顔か! そんな態度が、士気を下げるんだよ! あの捜索隊にも、仲間を失った者たちが大勢いたんだぞ! それでも、あんたらの仲間の捜索をしてやったんだ! 自分たちの仲間は探せないまま、他人の捜索をさせられてんだよ! 少しは感謝でもしたらどうだ!」

 シェルクードは、怒りを……憎悪を吐き捨てた。
 シェルクードの仲間は、航太や絵美にとっての智美だ。
 そんな事も分からない航太達に、シェルクードの怒りは頂点に達していた。

「シェルクード! 絵美も黙れ! 仲間同士で、いがみ合ってる場合じゃないぞ!」

 ランカストが雷鳴を轟かせるように怒鳴り、2人を制した。

 シェルクードに不満はあったが、それでもランカストに一礼して後方へと戻っていく。
 その背中には、抑えきれぬ憤怒が燃え滾っているのが分かる。

「あいつ、いったい何様のつもりだよ!」

 航太はシェルクードの言葉に腸が煮えくり返り、拳を握りしめ叫び声を上げる。
 心の奥でくすぶっていた怒りが、まるで火山のように噴き出したのだ。

「本当に、ムカつくよね! 何、僻んでんのよ! キモっ!」

 絵美は、シェルクードの背中に「あっかんべー」と舌を突き出す。
 子供じみた仕草で、精一杯の反抗を叩きつけた。
 その瞳には怒りと共に、こらえきれぬ涙が滲んでいく。

「おい2人とも! 色々と思うことはあるだろうが、ガイエン軍はもうそこまで来てるんだ! 気を引き締めろ!」

 ランカストの声には、苛立ちと深い不安が混じっていた。
 明らかに集中を欠く2人を前に、ランカストの心は焦りに支配されていく。

 部隊の生存……兵士の生存率を上げる為には、Myth Knightの活躍が必要不可欠だ。

 ましてや、相手はガイエン。
 一筋縄では、いかぬ相手だ。

 そう、ガイエン軍は近い……

 その現実が航太と絵美の心に突き刺さり、表情に微かな変化が生まれる。

 ガイエン……神話の世界に降り立って、始めて本格的な戦場を味わった日。
 圧倒的な力の前に手も足も出ず、ゼークに救われた記憶が航太の脳裏をよぎる。

 あの屈辱……
 あの恐怖……

 そして、智美を失った悲しみ……

 あの時はまだ、自分たちが死ぬなんて思ってなかった。
 バラバラになるなんて、思ってなかった。

 戦場のリアルを突きつけられて、その恐怖は膨れ上がっていく。

(それでも……今ここで死んだら、智美を探すことすらできなくなる! 絶対に、生きてやる! シェルクードって野郎にも、一泡吹かせてやるぜ!)

 航太は歯を食いしばり、握った拳に力を込める。
 絵美もまた唇を噛み、震える瞳に微かな光を取り戻した。

 シェルクードに対する怒りも、智美がいない悲しみも……今は、忘れよう。

 戦い……そして、生き残る。
 智美を取り戻すために、戦場で痕跡を探す。

 2人とも、心の中で同じ誓いを立てた。

 地平線の彼方、ガイエン軍の影が不気味に揺らめく。

 戦場の空気が、緊迫の糸で張り詰めていた……
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