雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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恐怖の炎

揺れ動く心情2

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「カズちゃんには、分からないよ! 戦場を知らないんだから……絶対に、絶対に分かりっこない!」

 絵美は、胸の奥から絞り出すように叫んだ。
 そして感情の嵐に突き動かされるまま、その場を勢いよく離れていく。
 地面を強く蹴る足音が、絵美の心の叫びを代弁するかのように響き合う。

 双子の姉……智美を失ったあの時、一真は氷の心を持っているかのように冷静だった。
 なのに今は、必死に助けようとしている。

 怒りと苛立ち……やり場のない悲しみが、熱い奔流となって絵美の胸を焼き尽くしていく。
 歩幅は無意識に大きくなり、大地を砕くかのように地面を踏み締める。

「一真さん! 水、持ってきました!」

 絵美と入れ替わるように、ティアが息を切らしながら駆けてきた。
 茶色の美しい髪は戦場の灰で白く染まり、乱れる事を気にする様子もない。
 額に光る汗の量が、ティアの必死さを物語っていた。

 両手には、重い水の入った桶が握られている。
 ティアの細い腕は、その重さに必死に耐えているように見えた。

 その姿は、絵美の心を強く締め付ける。

 絵美はティアとすれ違った時、胸を刺すような痛みに襲われていた。

 それでも……それでも……

 シェルクードを……

 そして、そのシェルクードを必死に治そうとしている一真を……

 どうしても、許すことができなかった。

 俯き、唇を噛み締めながらその場を去る絵美。

 その横を、エリサが心配そうに見つめながら通り過ぎる。
 一瞬……絵美に声をかけようとしたエリサだったが、言葉は喉で凍りついた。

 今、目の前には死に瀕する命がある。
 医療隊の一員として、エリサは感情を押し殺し命を優先せざるを得なかった。

 一真は緊張に張り詰めた顔で、必死に処置を続けている。
 エリサの到着を息遣いで感じ取った一真は、内心で深い安堵を覚えた。

「よし……エリサさん、水の増量と殺菌をお願い! ティアさん、その水を患者にかけて!」 

 一真の指示は指揮者のように的確で、ティアとエリサは一瞬の迷いもなく動き出す。

 一真は、魔法に頼るだけの治療を否定していた。
 傷を治したり、命を救ったり……その瞬間から身体を動かせる事に、魔法は特化しているように感じる。
 しかし、その後の事は気にしていない。
 感染症を発症したり、敗血症になったりして命を落とす者も多いのだ。

 だからこそ一真は、医療技術と知識……そして、回復魔法を融合させた。
 独自の手法で、命を救うことに全身全霊を捧げていく。

 研究熱心な一真の姿に、ティアとエリサは揺るぎない信頼を寄せていた。
 これまでも一真の指示に従えば、回復魔法だけでは成し得ない驚異的な生存率を実現できたのだ。

 期待通り、シェルクードの荒々しい呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。
 絶対的な火傷に見えたが、かすかな希望の光がその場に灯った。

「後は、戻ってから処置しよう。少し安定してきたみたいだ。みんなの協力のおかげで、なんとか救えそうだよ。力仕事ばかり頼んでしまって、ごめんね……」 

 一真は疲れ果てた顔に、仄かな安堵を浮かべる。
 ホワイト・ティアラ隊の面々に感謝を伝えると、一真は微かに溜息をついた。

 ティアは、そっとハンカチを水で濡らす。
 そして一真の額に流れ落ちる汗と、顔にこびりついた灰を優しく拭き取る。

「ありがとう、ティアさん。でも、ハンカチが汚れちゃうよ。戻ったら、皆は一度水浴びでもしてきて。いいよね? ネイア隊長?」 

 一真は穏やかな声で応じ、汚れた顔を気にする様子もなく立ち上がった。

「今回は、仕方ないわね……灰まみれで治療する訳にもいかないし、戻ったら全員綺麗な水で体を洗い流してね」

 ネイアの返答を聞いて、一真がティアに笑顔を向ける。

「やったね、ティアさん。じゃあ、もうひと頑張りしましょうか!」

 一真はランカストやホワイト・ティアラ隊の他の隊員に声をかけ、男たちの力を借りてシェルクードを馬車の荷台に慎重に横たえた。

「一真……お疲れ様。相変わらず、見事な処置だったわね。でも……航太や絵美との間に、溝ができてるみたいに見えるわ。大丈夫なの?」 

 ホワイト・ティアラ隊の隊長ネイアは、一真と仲間たちの間に深まる亀裂を案じていた。

「はい……今は、仕方ありません。オレ達は、平和な世界から来ましたから……戦場で、ショックもストレスも沢山感じているんです。智姉も、安否が分からない。でも……航兄もミーちゃんも、いつかは必ず分かってくれると信じてます。命は、誰のものでも等しく尊いって。その思いが皆にあれば、戦争なんて……こんな無意味な争いは、なくなるはずなのに……」

 最後の言葉は、風にかき消されるような小さな呟きだった。

 ネイアが心配そうに覗き込むと、一真は力強い微笑みを浮かべる。
 そして、シェルクードが横たわった荷台に乗り込む。

(どんな命も……ヨトゥンだろうと、神だろうと、命は等しく尊い。だけど、オレは選ばなきゃならない……いや、けどもう覚悟は決めたんだ! その時が来るまでは、救える命は1つでも多く救ってみせる!)

 一真の瞳は、燃えるような決意に輝く。
 そして遠く地平線の彼方を、まるで未来そのものを捉えるように見つめていた。
 その視線は戦場の灰と血の匂いを突き抜け、希望と覚悟が交錯する果てしない空へと伸びていた……
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