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レンヴァル村の戦い
熱帯びる宴2
しおりを挟む酒場の喧騒が一瞬静まり、物語の熱が場を支配していた。
ランカスト将軍の伝説……それは、この小さな国境の村、レンヴァル村に刻まれた不屈の記憶である。
航太と絵美は村の英雄譚に引き込まれ、テーブルを囲む村人たちの熱気に圧倒されていた。
「でね、ランカスト将軍は普通の剣……そう、バスタード・ソードでデュランダルを持つユトムンダスに挑んだのよ!」
ゼークの声は、まるで吟遊詩人のように高らかに響く。
「皆なら分かるでしょ? 神剣デュランダルを前に、普通のバスタード・ソードで挑む無謀さを! 折れるか、砕けるか……まともに戦ったら、ほぼ負け確定の戦いだよ!」
「まったくだ!」
いつの間にか会話に割って入った酒場の主人が、豪快に笑いながらゼークの熱弁に相槌を打つ。
「あの戦いは、誰もが無謀だと思ったさ! 村に残った騎士見習いが、あのユトムンダスに一騎打ちを挑んだんだからよ!」
ランカストはテーブルの端に座し、盛り上がる話を聞きながら唇を噛み締めていた。
その瞳には遠い記憶の痛みが宿っているようだったが、誰もその表情に気付かない。
なぜならゼークの熱弁と村人たちの興奮が、酒場全体を飲み込んでいたからだ。
航太たちのテーブルは、いつの間にか好奇の目と熱い語りに引き寄せられた村人たちで囲まれている。
「この、レンヴァル村はな……昔、ランカスト将軍とユトムンダスが激戦を繰り広げた場所なんだ」
集まってきた村人の1人が、航太と絵美の戸惑いを感じ取り囁いた。
「コナハト国のメイヴって奴に攻め落とされて、今はロキの支配下に置かれているけどよ……昔は、ベルヘイムの領地だったんだ。まぁ、辺境の地だからな……村人の殆どは、他国からの亡命者だ」
「そうか……ここは、国境の村だったんだな。だから、亡命もし易かったのか」
航太が呟くと、村人は重々しく頷く。
「常に、戦火に晒されてた。ヨトゥンの脅威が、すぐそこにあり続けたんだ。けど、亡命者が多いこの村は……村人は、容易に逃げる事ができなかったんだ」
突然……酒場の主人がズカズカと近づき、航太の肩をがっしりと抱いた。
「どの国も、ヨトゥンに領土を削られちまってる! だが……ランカスト将軍やお前たちみたいな若者が踏ん張ってくれてるから、オレ達はまだ人間の誇りを失わないでいられる。ヨトゥンの領土で行けていても、いつかは解放される日を信じてな!」
その大声に、航太は顔をしかめる。
(うるせぇし、口臭せぇし……少し離れてくんねぇかな!)
心の中で毒づきながら、航太は背中をバシバシ叩かれる痛みに耐え続けた。
「だからよ、オレたちは大丈夫だ! ヨトゥンなんかに、心まで奪わせやしねぇぜ!」
酒場の主人の豪快な笑い声が響き、航太は乾いた笑みを浮かべるしかない。
心の中で、助けを求めながら……
「話、戻してもいい?」
ゼークが再び口を開き、場の空気を引き締める。
「ランカスト将軍とユトムンダスの戦いは、ものすごく壮絶だったの。デュランダルの一撃は、普通の剣なら一瞬で折れてしまう。それほどの神剣を前に、将軍はただのバスタード・ソードで立ち向かった。もの凄く、勇気がいる行動だと思う」
「そんな有利な状況で、ユトムンダスってヨトゥンは負けたんでしょ? ランカスト将軍が、メチャ強かったとして……それにしたって、ユトムンダスってメチャ弱かったんじゃないの?」
絵美が首を傾げ、素直な疑問を投げかけた。
「違う、違う!」
ゼークは身を乗り出し、目を輝かせる。
「ユトムンダスは、ベルヘイムの正規騎士たちを軽々と薙ぎ倒す程の怪物だった! 強いんだよ、メッチャ強い! でもランカスト将軍は、そんなユトムンダスを上回ったんだよ!」
興奮のあまり喉が渇いたのか、ゼークはフルーツジュースを一気に飲み干した。
「オレの妻はな……あの戦いで、ユトムンダスの率いるヨトゥン兵に殺された。ランカスト将軍が一騎打ちに挑んでる、そのすぐ横でな……」
村人の1人が、重々しく呟く。
酒場の空気が一瞬、重くなった。
陽気だった酒場の主人の顔にも、悲しみと怒りが滲む。
「ヨトゥン兵どもは、村中で殺戮と略奪を繰り返してた。そんな地獄の中で、ランカスト将軍は戦いながらも村人たちに叫び続けたんだ。『命を繋げろ! 諦めるな!』ってよ。敵の将に命懸けで立ち向かってる奴に、そんな事を言われたらよ……命を簡単に捨てる訳には、いかねぇよ」
妻を殺されたという村人の肩を、酒場の主人は軽く叩いた。
「そんな……一騎打ちの最中にも、村人たちが殺されていくなんて。一騎打ちの間って、勝敗を見守るモンじゃないの?」
絵美は言葉を失い、呆然とする。
酒場の主人は腕を組み、過去の記憶に沈むように目を閉じた。
「オレはあの時、思ったよ。ランカスト将軍は村人を見捨てて、ユトムンダスとだけ戦ってるのかって。村人たちの事は、どうでもいいのかってな。でも、違ったんだ。あの時、神剣を持つユトムンダスを倒すこと……それしか、ヨトゥン兵を村から追い払う方法がなかった。ベルヘイム騎士団が、助けに来ない現状ではな」
酒場の主人の言葉に、航太は思わず声を荒げる。
「ちょっと待てよ! ヨトゥン兵が何体いたか知らねえけど、戦ってたのはランカスト将軍だけなのか? いくら亡命者が多い村ったって、駐屯軍ぐらいいるだろ?」
「あの時は、村の先の前線に部隊が派遣されてたんだ。ガヌロンが指揮する、自称精鋭のベルヘイム騎士団様がな!」
酒場の主人は、怒りを胸に航太の問いに答えた。
「ユトムンダスの部隊は、ベルヘイム騎士団の包囲を抜けて村に襲いかかってきた。村に残ってたのは駐屯騎士数人と、ランカスト将軍だけだった。当時の将軍は、まだ見習い騎士だったんだよ」
「そんな……そんな状況で、村を救う為に戦ったんだ……」
絵美の声は震え、胸を押さえる。
ランカストの心境を思うと、絵美の心は張り裂けそうだった。
「守りたい人たちが、次々と倒れていく。それでも、戦い続けるしかなかった……」
ランカストの孤独な戦いを想像し、絵美の瞳には涙が滲む。
「ユトムンダスを倒すことで、ヨトゥン兵を村から追い出す。少数で多くの村人を救うには、それしか方法がなかったんですよね?」
ゼークの言葉に、ランカストは無言で頷いた。
その瞳には、深い悲しみと決意が宿っている。
「でもさ……ユトムンダスを倒したとしても、周りはヨトゥン兵だらけなんだろ? ヘロヘロの状態なら、普通なら狙われちまうんじゃねぇか? オレなら相手の将を討てるチャンス、見逃さねぇと思うが……」
「そうね」
ゼークは頷き、鋭い目で航太を見た。
「でも航太、考えてみてよ。ヨトゥン兵は、1体で人間3人分の力を持つって言われてる。それを率いる将が、神剣デュランダルまで持って戦ってるんだよ。そんな圧倒的な力の差を跳ね返したランカスト将軍が、ボロボロの身体だとしても……睨みつけてきたら、どうなると思う?」
航太は目を閉じ、その光景を想像する。
血と汗にまみれ、なおも立ち続ける騎士。
その足元には、自らの大将が横たわっている。
鋭い眼光は、まるで魂そのものが燃えているかのようだ。
「確かに、すげぇかも……圧倒されても、おかしくないな」
「村人たちが犠牲になり、悲しみが積み重なるたびにランカスト将軍は強くなっていった。自分が倒れてしまったら、全てが終わる戦い……そんな後のない戦いで、悲しみと怒りを剣に込めユトムンダスを打ち倒したの。人々の想いを背負った正義の騎士として、白銀の鎧に身を包んだ英雄として……今でも、村人から愛されてるのよ」
ランカストは、照れくさそうに視線を逸らす。
だがその背中には、失われた命の重さが確かに刻まれていた……
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