雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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レンヴァル村の戦い

風の伝説2

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 夜の帳が下り、冷たく澄んだ風がゼークの頬を刺すように撫でる。

 酒場の喧騒と、笑い声がまだ耳の奥で響く。
 飲んでもいないのに熱を持った身体に、夜風はまるで救いのように心地よかった。

 星々が鋭く瞬く空の下、ゼークは1人静寂に身を委ねる。

「ふぅ……みんな、連戦でヘトヘトだよね。私、随分と休ませてもらっちゃったな……よし、明日からまた気合い入れて頑張らなきゃ! ファイトよ、ゼーク!」

 両腕に力を入れて、自らの胸を叩く。
 そして軽く伸びをし、首を回して深く息を吐く。
 吐息は白く夜に溶け、ゼークの心をほんの少し軽くした。

 だが……その刹那、穏やかな夜は不意に揺らぐ。

「さ・て・と……そろそろ、寝処に戻ろうかな。剣の訓練も、ちゃんと再開しないと! 航太に追い抜かれたりでもしたら、本気で笑ってらんないわ……」

 そう呟き、ゼークは踵を返す。
 その瞬間……フードを被った男が、幽鬼のようにゼークの視界を横切った。

 月光の下、男の足取りは急ぐ。
 まるで、闇に追われるかのように速い。

 ゼークの存在など、まるで見えていないのだろう。

 その顔を見たゼークの心臓が、跳ね上がる。そして、その男の右手……そこには、更に驚きの物が握られていた。

(エアの剣? どうして、あの男が? 航太にしか、持てない神剣のはずなのに!)

 確かに男の手には、航太のエアの剣が握られている。
 その輝きは夜の闇を切り裂くように鋭く、ゼークは目に焼きつけた。

「ちょっとーって、わぁ!」

 驚愕に息を呑み、声を上げようとしたその瞬間……ゼークの肩に、冷たい手が触れる。

 小さくない悲鳴が、ゼークの喉から漏れる。

 振り返ると、そこにはネイアが立っていた。

 人差し指を唇に当て、ネイアの瞳はまるで深淵のような暗く鋭い光を宿している。

 いつもは冷静沈着なネイアの顔に、今は異様なまでの緊迫感が刻まれていた。

「ネイアさん、ちょうど良かった! 今、航太のエアの剣を持った男が……」

 ゼークの言葉は、ネイアの素早い手によって遮られる。

 ネイアの細い指がゼークの口を強く塞ぎ、言葉を飲み込ませた。

「ゼーク……何を見たかは、聞かない。でも、今見たものは全て忘れて……」

 ネイアの声は低く、まるで呪文のように重くゼークの頭に響く。

 ゼークは目を大きく見開き、混乱と疑問が頭の中で渦を巻いた。

 頭の上に「?」が浮かんでいるかのような表情で、ゼークはネイアを見つめる。

 だがネイアの瞳は揺るぎない決意に満ち、どこか悲しげな影を帯びていた。

「今日……これから起こることは、きっと奇跡となるわ。明日には、きっと遠征軍を揺るがす大騒動になる。でも、それはすべて航太が成し遂げたことにしてほしいの。今ゼークが見た人は、航太だと思って!」

「ちよっと、ネイアさん? 何を言ってるのか、全然意味が分からないんだけど……」

 ようやく口を解放され、ゼークの声は混乱と苛立ちに震える。

 普段は理路整然と部隊を導くネイアが、こんな曖昧で切迫した言葉を口にするなんてありえない。

 ゼークの心は、まるで嵐に翻弄される小舟のように揺れ動く。

「今……理由はわからないけど、レンヴァル村がヨトゥン軍の攻撃を受けているの。彼は、その鎮圧に向かったのよ」

「レンヴァル村? だって、レンヴァル村はヨトゥン領だよ。なんでヨトゥンが、自分の領土を攻撃するの? 指揮官が頭弱過ぎて、自分達の支配下にある事を忘れてるとか?」

 ゼークの冗談めかした言葉にネイアは一瞬だけ唇を緩めたが、その目は笑っていない。
 深い闇のような瞳が、遠くを見据えている。

 そこには、ゼークの知らないネイアがいた。

「ねえ……ネイアさん、ホントにどうしたの? 何かあったの? 私で良ければ、相談に乗るけど……」

 ゼークの言葉に、ネイアは言葉を詰まらせた。
 だが……すぐに決意を固めたように息を吸い、言葉を紡ぎ始める。

「そう……ね。とにかく、彼の存在……彼の力が、私たちの部隊にも、ヨトゥン軍にも知られてはいけないの。お願い、ゼーク。今は、私の言う通りにして!」

 いつもは毅然としたネイアの声が、まるで祈るように……懇願するように、震えていた。

 ゼークの頭は、混乱の極みにある。

 エアの剣を持った謎の男。
 レンヴァル村への不可解な攻撃。
 そしてネイアの必死の訴え。

 すべてが悪夢のように絡み合い、ゼークを飲み込もうとしていた。

「ねぇ、ネイアさん。とりあえず、今やらなきゃいけないのはレンヴァル村を救うことじゃないの? ヨトゥン領だろうと、人間の村が攻撃されてるなら見過ごせないよ! 少なくとも、私はレンヴァル村の人々を救いたい!」

 ゼークの脳裏に、酒場での光景が蘇る。

 ランカストの英雄譚を語り合い、笑顔で杯を交わした村人たちの顔。
 彼らの温かな笑い声が、胸を締め付ける。
 彼らを見捨てるなんて、できるはずがない。

「ゼーク……信じられないかもしれないけど、彼に任せておけば大丈夫なの。お願い、明日は私とアル……アルパスター将軍の話に合わせて」

「アルパスター将軍まで、関わってるの? 冗談でしょ? 航太や絵美より戦闘力が劣る彼が、1人で何ができるっていうの? レンヴァル村の人たちを、見捨てるってコトなの?」

 ゼークの声は、怒りと焦燥に燃え上がっていた。

 すぐにでも剣を手にレンヴァル村へ駆けつけ、1人でも多くの命を救いたい。
 その衝動が、ゼークの全身を駆け巡る。

 しかしネイアの言葉には、総指揮官アルパスターの意志が含まれているのだ。
 勝手に出撃すれば、軍規違反として裁かれる可能性が高い。

「ゼーク……今は、私たちを信じて。レンヴァル村は、大丈夫……だと、思うから」

 ネイアの声は、まるで最後の希望を託すような祈りが含まれている。

 ネイアの瞳には、ゼークがこれまで見たことのない深い決意と……どこか、諦めにも似た悲しみが宿っていた。

(レンヴァル村に、援軍を送る気はないってこと? それに航太にしか持てないエアの剣を、彼が持っていたのも……もう、訳がわからないわ!)

 ゼークは、満天の星空が彩る夜空を見上げる。

 星々の冷たい光が、まるでゼークの混乱を嘲笑うように瞬く。

 叫びたい衝動を必死に抑え、ゼークの心は嵐のように荒れ狂っていた。

 そして今、レンヴァル村を舞台にした戦いの幕が上がる。
 航太の知らぬところで……しかし航太の神剣を手に持つ謎の男によって、運命の歯車が静かだが確実に動き始めていた。
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