君の未来に私はいらない

南コウ

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第二章 日常に溶け込んでいく

第十二話 奇妙な組み合わせ

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 日和を家まで送った後、俺は実家に戻った。家には誰もいないようで、しんと静まり返っていた。父さんと母さんは仕事で、こずえ姉さんも出かけているようだ。ついでに、朝陽も帰っていなかった。

 俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎ、自分の部屋に向かった。日差しが差し込んだ室内は、溶けてしまいそうなほどに暑かった。

 急いでエアコンのスイッチを入れて、制服のシャツを脱ぎ捨てる。畳の上で寝転がると、倒れた鞄からA4ノートが飛び出しているのに気付いた。

 寝転がりながらA4ノートに手を伸ばす。ページをパラパラめくって、過去の自分が書いていた小説を読み返した。

 ストーリーは、ありふれた恋愛小説だ。主人公は高校二年生の女の子で、他人の顔色ばかり伺っている自分に嫌気がさしていた。そんな彼女のもとに、人の心が読める不思議な少年が現れて、本音で話せない彼女にちょっかいを出すようになった。

 はじめは少年のことを警戒していた主人公だったが、自分のことを理解してくれる少年に次第に惹かれていく。ラストは、人の心を読める力を失った少年と紆余曲折ありながらもめでたく結ばれるというハッピーエンドだ。現時点では、主人公が恋心に気付いたところまでしか書いていないけど。

 ノートの余白をぼんやり見つめる。この後の展開ははっきりと覚えている。俺は身体を起こし、勉強机に向かった。

 どうせ暇だし、続きでも書いてやるか。日和が小説を読む横顔を想像しながら、俺は物語の続きを書き綴った。



 窓の外が夕焼け空に染まった頃、玄関から話し声が聞こえた。その声で集中力が途切れ、シャーペンを机に置いた。

 誰かが帰ってきたのだろうか? 部屋のふすまから玄関を覗くと、思わぬ人物がそこにいた。

「よっ! 圭一郎!」

 真っ黒に日焼けした透矢が、片手をあげて笑っていた。

「透矢、なんでここに?」

「そこで可愛い女の子に誘われてな」

 透矢はニヤニヤと笑いながら、背後に視線を向ける。透矢の背後からは、ヘラヘラと呑気に笑う朝陽が出てきた。透矢と朝陽という奇妙な組み合わせに、俺の頭は混乱する。

「お前ら、なんで一緒にいるんだよ!」

「部活終わりに偶然会ってな。昨日、日和と一緒に野球部の手伝いに来てくれたから、お礼を言おうと思って声かけたんだ。そしたら、お前んちで居候しているって聞いたからびっくりしたよ。こんな可愛い子と同居しているなんて、聞いてないぞ」

 透矢は俺の脇腹を突きながら茶化してきた。明らかに面白がっているのが見て取れる。俺は溜息をつきながら、朝陽に詰め寄った。

「おい、なんで透矢を連れて来たんだよ?」

「だって、高校生の透矢さんがどんな感じなのか気になったんだもん」

 朝陽は能天気に答える。昨日までの険悪なムードなんて、すっかり忘れているようだ。こいつの切り替えの早さには、呆れてしまう。

 それにしても、朝陽の口から透矢の名前が出てきたことは意外だった。

「お前、透矢のことを知ってるのか?」

「そりゃあ、知ってるよ!」

 朝陽は当然と言わんばかりに胸を張る。透矢の手前、未来のことは詳しくは喋れないようだけど。

「朝陽ちゃん、俺のことを知ってたんだ! 可愛い女の子に覚えてもらえて嬉しいな」

「またまたぁ! 調子がいいんですから!」

 透矢と朝陽は、すっかり打ち解けていた。こいつらの社交性の高さには感心させられる。

「透矢さん、とりあえず中に入ってください! 冷たい麦茶もありますよ」

「おー、悪いねぇ」

 朝陽はまるで自分の家のように透矢を招き入れる。透矢も遠慮することなく家に上がり込み、慣れた足取りで俺の部屋へ向かった。俺は溜息を吐きながら、二人の後を追いかけた。



 透矢は俺のTシャツとハーフパンツに着替えると、畳に寝転んだ。そこに朝陽がやってきて、麦茶を差し出した。

「どうぞ、冷たい麦茶です」

「ありがとう! 喉乾いていたから助かる!」

 麦茶を一気に飲み干した後、透矢は本棚から漫画の新刊を目敏く見つけた。

「あー! この漫画、もう新刊出てたんだ! ちょっと読ませて!」

 透矢は俺の返事を待たずに、漫画に手を伸ばす。本能のままに生きている透矢を見て、俺は深々と溜息をついた。透矢と朝陽が漫画に夢中になり、部屋が静かになった頃、母さんが仕事から帰ってきた。

「あら、透矢くん、いらっしゃい」

「おばさん、お邪魔してます!」

 透矢は人懐っこい笑みで、母さんに笑いかけた。

「相変わらず元気そうだね。そうだ、透矢くん夕飯食べてく?」

 透矢は数秒考えた後、再び笑顔を作った。

「誘っていただいて嬉しいんですけど、妹達の飯の仕度をしないといけないんですよね」

「それなら、みんな連れておいでよ!」

「マジすか? 迷惑じゃないですか?」

「大丈夫よ。大勢で食べた方が楽しいし」

 母さんのお人よしは、こういうところでも発揮する。来るもの拒まずという言葉は、母さんのためにある言葉のように感じた。夕飯の誘いを受けた透矢は、嬉しそうな表情でスマホを取り出して、妹達を招集した。
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