君の未来に私はいらない

南コウ

文字の大きさ
上 下
15 / 28
第二章 日常に溶け込んでいく

第十四話 別の未来

しおりを挟む
 透矢が妹たちを連れて帰ると、家の中が急に静かになったような気がした。俺は縁側に寝転がり、分厚い雲に覆われた夜空を見上げる。

 日和に告白をする。透矢の言葉は、ただの冗談だったのだろうか?

 透矢は冗談を言うことは多いけど、人を惑わせるような嘘はつかない。あの言葉がただの冗談とは、どうしても思えなかった。

 もしも、透矢が日和に告白をしたらどうなる?

 日和が透矢のことを恋愛対象として見ているとは考えにくい。普段の接し方からして、手のかかる幼馴染という認識が妥当だろう。だけど、告白がきっかけで意識し始める可能性はある。

 透矢の顔は整っているほうだし、優しいところもある。それに底抜けに明るいあいつといると、ぐちぐち悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくる。透矢には人を笑顔にする才能があるんだ。

 透矢の魅力に気付けば、彼氏として選んでも不思議ではない。そうなれば、透矢と日和が付き合う別の未来が訪れる。

 そんなことをぼんやり考えていると、ペタペタと裸足で廊下を歩く音が聞こえた。身体を半分起こして足音のする方向に視線を向けると、パジャマ姿の朝陽がいた。

「ねえ、さっき透矢さんと何を話していたの?」

 朝陽は濡れた髪をタオルで乾かしながら、俺の隣に腰掛ける。朝陽の質問に、適当に答えた。

「男同士のろくでもない話」

「えー、なにそれ。ウケる」

 朝陽はケラケラと笑っていたが、それ以上は追求してこなかった。

 夜風と共にふわりとシャンプーの香りが漂ってくる。普段だったら意識してしまうシチュエーションだけど、相手が朝陽だと心が乱されることはない。こいつが娘だと理解しているからだろうか?

 ぼんやりと朝陽の横顔を眺める。くっきりとした二重瞼や形の整った鼻筋は、日和にそっくりだと感じた。朝陽の顔の造りを観察していると、ふいに質問が飛んでくる。

「パパはさ、本当は小説家になりたかったんでしょ?」

 思いがけない質問が投げかけられ、思考が停止する。固まっていると、朝陽が俺の顔を覗き込んできた。

「夢を諦めたのって、私のせいだよね?」

 俺が小説を書けなくなった理由は、小説に心を割く余裕がなくなったからだ。四六時中泣き叫ぶ朝陽の相手をするのが精一杯で、ほかのことを考える余裕がなくなったからだ。

 だけど、そんな事情を話したところで、朝陽に罪悪感を植え付けるだけのように思える。小説を書けなくなったのは俺のキャパシティーの問題だ。朝陽を理由にするのは間違っている。

「才能のない自分に気付いただけだよ」

 自ら発した言葉のはずなのに、落胆している自分がいた。言葉にすれば、それが真実のように思えてしまうから。

「そっか……」

 朝陽は目を伏せながら小さく呟いた。俺は辛気臭い空気を変えるため、全く別の話題を振る。

「そういえば、お前はどうしてタイムスリップなんかしたんだ? 単に金目当てだったってわけでもないだろう?」

「あー、それ気になっちゃう感じ?」

 朝陽は辛気臭い空気を振り払うように、ぎこちなく笑う。そのぎこちなさに気付かないふりをして、会話を続ける。

「もしかして、母親に会いたかったからか?」

「うーん、それもあるけど、きっかけは別の理由かな」

「別の理由ってなんだよ?」

 そう尋ねると、朝陽は「うーん」と唸りながら何かを考え込むように目を細めた。

「見たいものがあったんだ。ごめん、それ以上は聞かないで」

「なんでだよ?」

「言ったら見られなくなっちゃいそうだから」

 朝陽はごまかすように、アハハとわざとらしく笑った。その反応を見て、それ以上追及する気が失せた。

 話が途切れた瞬間、朝陽は目をしょぼしょぼさせながら大きなあくびをした。俺は縁側から立ち上がる。

「そろそろ寝るか」

「そうだね!」

 朝陽も立ち上がり、後に続いた。それからにっこり笑いながら、小さく手を振る。

「おやすみ、パパ」

 その仕草は、妙に子どもっぽく見えた。頬が自然と緩む。

「ああ、おやすみ」

 そう告げると、朝陽が驚いたように目を見開いた。

「パパが笑った!」

 まるで珍しい生き物でも見たかのような反応だ。

「そんなに驚くことかよ?」

「だって、この時代のパパが笑うの初めて見たんだもん!」

 そうだったか、と自分の言動を振り返ってみる。言われてみれば朝陽と接しているときは、怒っているか呆れているかの、どちらかだったような気がする。朝陽はにんまりと笑いながら茶化す。

「パパの笑った顔って、案外可愛いんだね」

「いいから、さっさと寝ろ」

「えへへ、わかったよー」

 気の抜けた返事をしながら、朝陽はペタペタと足音を立てながら客間に戻っていった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世のおかげで無事復讐できそうです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,192pt お気に入り:31

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,277pt お気に入り:4,939

婚約破棄?ありがとうございます、ですわー!!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:165

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,982pt お気に入り:301

錬金術師始めました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:1

あやかしのなく夜に

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:3

[完結]婚約破棄されたわたしは、新世界に出航します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:844pt お気に入り:23

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:199,605pt お気に入り:12,468

処理中です...