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第二章 日常に溶け込んでいく
第十四話 別の未来
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透矢が妹たちを連れて帰ると、家の中が急に静かになったような気がした。俺は縁側に寝転がり、分厚い雲に覆われた夜空を見上げる。
日和に告白をする。透矢の言葉は、ただの冗談だったのだろうか?
透矢は冗談を言うことは多いけど、人を惑わせるような嘘はつかない。あの言葉がただの冗談とは、どうしても思えなかった。
もしも、透矢が日和に告白をしたらどうなる?
日和が透矢のことを恋愛対象として見ているとは考えにくい。普段の接し方からして、手のかかる幼馴染という認識が妥当だろう。だけど、告白がきっかけで意識し始める可能性はある。
透矢の顔は整っているほうだし、優しいところもある。それに底抜けに明るいあいつといると、ぐちぐち悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくる。透矢には人を笑顔にする才能があるんだ。
透矢の魅力に気付けば、彼氏として選んでも不思議ではない。そうなれば、透矢と日和が付き合う別の未来が訪れる。
そんなことをぼんやり考えていると、ペタペタと裸足で廊下を歩く音が聞こえた。身体を半分起こして足音のする方向に視線を向けると、パジャマ姿の朝陽がいた。
「ねえ、さっき透矢さんと何を話していたの?」
朝陽は濡れた髪をタオルで乾かしながら、俺の隣に腰掛ける。朝陽の質問に、適当に答えた。
「男同士のろくでもない話」
「えー、なにそれ。ウケる」
朝陽はケラケラと笑っていたが、それ以上は追求してこなかった。
夜風と共にふわりとシャンプーの香りが漂ってくる。普段だったら意識してしまうシチュエーションだけど、相手が朝陽だと心が乱されることはない。こいつが娘だと理解しているからだろうか?
ぼんやりと朝陽の横顔を眺める。くっきりとした二重瞼や形の整った鼻筋は、日和にそっくりだと感じた。朝陽の顔の造りを観察していると、ふいに質問が飛んでくる。
「パパはさ、本当は小説家になりたかったんでしょ?」
思いがけない質問が投げかけられ、思考が停止する。固まっていると、朝陽が俺の顔を覗き込んできた。
「夢を諦めたのって、私のせいだよね?」
俺が小説を書けなくなった理由は、小説に心を割く余裕がなくなったからだ。四六時中泣き叫ぶ朝陽の相手をするのが精一杯で、ほかのことを考える余裕がなくなったからだ。
だけど、そんな事情を話したところで、朝陽に罪悪感を植え付けるだけのように思える。小説を書けなくなったのは俺のキャパシティーの問題だ。朝陽を理由にするのは間違っている。
「才能のない自分に気付いただけだよ」
自ら発した言葉のはずなのに、落胆している自分がいた。言葉にすれば、それが真実のように思えてしまうから。
「そっか……」
朝陽は目を伏せながら小さく呟いた。俺は辛気臭い空気を変えるため、全く別の話題を振る。
「そういえば、お前はどうしてタイムスリップなんかしたんだ? 単に金目当てだったってわけでもないだろう?」
「あー、それ気になっちゃう感じ?」
朝陽は辛気臭い空気を振り払うように、ぎこちなく笑う。そのぎこちなさに気付かないふりをして、会話を続ける。
「もしかして、母親に会いたかったからか?」
「うーん、それもあるけど、きっかけは別の理由かな」
「別の理由ってなんだよ?」
そう尋ねると、朝陽は「うーん」と唸りながら何かを考え込むように目を細めた。
「見たいものがあったんだ。ごめん、それ以上は聞かないで」
「なんでだよ?」
「言ったら見られなくなっちゃいそうだから」
朝陽はごまかすように、アハハとわざとらしく笑った。その反応を見て、それ以上追及する気が失せた。
話が途切れた瞬間、朝陽は目をしょぼしょぼさせながら大きなあくびをした。俺は縁側から立ち上がる。
「そろそろ寝るか」
「そうだね!」
朝陽も立ち上がり、後に続いた。それからにっこり笑いながら、小さく手を振る。
「おやすみ、パパ」
その仕草は、妙に子どもっぽく見えた。頬が自然と緩む。
「ああ、おやすみ」
そう告げると、朝陽が驚いたように目を見開いた。
「パパが笑った!」
まるで珍しい生き物でも見たかのような反応だ。
「そんなに驚くことかよ?」
「だって、この時代のパパが笑うの初めて見たんだもん!」
そうだったか、と自分の言動を振り返ってみる。言われてみれば朝陽と接しているときは、怒っているか呆れているかの、どちらかだったような気がする。朝陽はにんまりと笑いながら茶化す。
「パパの笑った顔って、案外可愛いんだね」
「いいから、さっさと寝ろ」
「えへへ、わかったよー」
気の抜けた返事をしながら、朝陽はペタペタと足音を立てながら客間に戻っていった。
日和に告白をする。透矢の言葉は、ただの冗談だったのだろうか?
透矢は冗談を言うことは多いけど、人を惑わせるような嘘はつかない。あの言葉がただの冗談とは、どうしても思えなかった。
もしも、透矢が日和に告白をしたらどうなる?
日和が透矢のことを恋愛対象として見ているとは考えにくい。普段の接し方からして、手のかかる幼馴染という認識が妥当だろう。だけど、告白がきっかけで意識し始める可能性はある。
透矢の顔は整っているほうだし、優しいところもある。それに底抜けに明るいあいつといると、ぐちぐち悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくる。透矢には人を笑顔にする才能があるんだ。
透矢の魅力に気付けば、彼氏として選んでも不思議ではない。そうなれば、透矢と日和が付き合う別の未来が訪れる。
そんなことをぼんやり考えていると、ペタペタと裸足で廊下を歩く音が聞こえた。身体を半分起こして足音のする方向に視線を向けると、パジャマ姿の朝陽がいた。
「ねえ、さっき透矢さんと何を話していたの?」
朝陽は濡れた髪をタオルで乾かしながら、俺の隣に腰掛ける。朝陽の質問に、適当に答えた。
「男同士のろくでもない話」
「えー、なにそれ。ウケる」
朝陽はケラケラと笑っていたが、それ以上は追求してこなかった。
夜風と共にふわりとシャンプーの香りが漂ってくる。普段だったら意識してしまうシチュエーションだけど、相手が朝陽だと心が乱されることはない。こいつが娘だと理解しているからだろうか?
ぼんやりと朝陽の横顔を眺める。くっきりとした二重瞼や形の整った鼻筋は、日和にそっくりだと感じた。朝陽の顔の造りを観察していると、ふいに質問が飛んでくる。
「パパはさ、本当は小説家になりたかったんでしょ?」
思いがけない質問が投げかけられ、思考が停止する。固まっていると、朝陽が俺の顔を覗き込んできた。
「夢を諦めたのって、私のせいだよね?」
俺が小説を書けなくなった理由は、小説に心を割く余裕がなくなったからだ。四六時中泣き叫ぶ朝陽の相手をするのが精一杯で、ほかのことを考える余裕がなくなったからだ。
だけど、そんな事情を話したところで、朝陽に罪悪感を植え付けるだけのように思える。小説を書けなくなったのは俺のキャパシティーの問題だ。朝陽を理由にするのは間違っている。
「才能のない自分に気付いただけだよ」
自ら発した言葉のはずなのに、落胆している自分がいた。言葉にすれば、それが真実のように思えてしまうから。
「そっか……」
朝陽は目を伏せながら小さく呟いた。俺は辛気臭い空気を変えるため、全く別の話題を振る。
「そういえば、お前はどうしてタイムスリップなんかしたんだ? 単に金目当てだったってわけでもないだろう?」
「あー、それ気になっちゃう感じ?」
朝陽は辛気臭い空気を振り払うように、ぎこちなく笑う。そのぎこちなさに気付かないふりをして、会話を続ける。
「もしかして、母親に会いたかったからか?」
「うーん、それもあるけど、きっかけは別の理由かな」
「別の理由ってなんだよ?」
そう尋ねると、朝陽は「うーん」と唸りながら何かを考え込むように目を細めた。
「見たいものがあったんだ。ごめん、それ以上は聞かないで」
「なんでだよ?」
「言ったら見られなくなっちゃいそうだから」
朝陽はごまかすように、アハハとわざとらしく笑った。その反応を見て、それ以上追及する気が失せた。
話が途切れた瞬間、朝陽は目をしょぼしょぼさせながら大きなあくびをした。俺は縁側から立ち上がる。
「そろそろ寝るか」
「そうだね!」
朝陽も立ち上がり、後に続いた。それからにっこり笑いながら、小さく手を振る。
「おやすみ、パパ」
その仕草は、妙に子どもっぽく見えた。頬が自然と緩む。
「ああ、おやすみ」
そう告げると、朝陽が驚いたように目を見開いた。
「パパが笑った!」
まるで珍しい生き物でも見たかのような反応だ。
「そんなに驚くことかよ?」
「だって、この時代のパパが笑うの初めて見たんだもん!」
そうだったか、と自分の言動を振り返ってみる。言われてみれば朝陽と接しているときは、怒っているか呆れているかの、どちらかだったような気がする。朝陽はにんまりと笑いながら茶化す。
「パパの笑った顔って、案外可愛いんだね」
「いいから、さっさと寝ろ」
「えへへ、わかったよー」
気の抜けた返事をしながら、朝陽はペタペタと足音を立てながら客間に戻っていった。
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