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2章
21.飼い犬には首輪を付けておくものだろう?
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寮長からサインを貰った翌日。ダミアンと学長室に赴き、競技会の嘆願書を提出した。
書類を受け取った学長は、さらっと流し見してから、机の上に置く。
「十年前に廃止された寮対抗戦を復活させようというわけか。面白いじゃないか。縮小傾向にある競技会を立て直すには、このような大掛かりな改革が必要だ」
賛同してもらえたことで、ほっと胸を撫でおろす。いくら寮長のサインを貰っても、学長に反対されたら元も子もない。二つ目の関門も無事にクリアできて安堵していた。
しかし、学長の話はそこでは終わらなかった。
「だが、実現させるには資金が必要だ。既に今年度の競技会にかけられる予算は決定している。増額させるのは不可能だ」
学長は人の良さそうな笑顔を浮かべているが、うっすらと開けた目元からは鋭い眼光が覗いていた。
暗に寄付金を増額しろと言っているに違いない。嫌な感じだ。
斜め前に立つダミアンの表情を窺うと、毅然とした面持ちで口を開く。
「予算の増額が難しいことは承知しています。実現させるためにも、今一度父に相談をしてみます」
ダミアンの言葉を聞いた学長は、口の端を引き上げてにっこり笑う。
「頼んだよ」
* * *
学長室をあとにすると、抑えていた憤りが沸々と湧き上がってきた。
学長は競技会を立て直したいと望んでいる割には、自分からは動こうとしない。企画も進行も資金調達までも、ダミアンに任せだ。他力本願にもほどがある。
あーあ、もう一度、学長の頭が爆発しないかなぁ。
二階の窓から学長の胸像を恨めし気に見つけていると、隣にダミアンがいることに気付く。
今の悪態も聞かれたに違いない。咎められることを覚悟していたものの、意外なことにダミアンは笑っていた。
「同感だな」
ダミアンは肩を震わせながら、控えめに笑っている。まさか同調してくるとは思っていなかったから驚いた。
「えっと、叱らないんですか?」
「実行に移さなければ問題はない」
ダミアンは、目を細めながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。そんな反応がおかしくて、僕にまで笑いが伝染した。
何だか二人でこっそり悪だくみをしている気分だ。誰かに聞かれたら問題になりそうだけど、実際には口に出しているわけではないからこの話が漏れることはない。心の内に抱えていた毒を、二人だけで共有していた。
学長のことは気に食わないけど、リオンのように衝動的に胸像を破壊しようとは思わない。そんなことをすれば、自分の立場が悪くなることは分かりきっているから。
なんて考えが過ったところで、この思考もダミアンに筒抜けであることを思い出す。
今、胸像を破壊したのはリオンだって、心の中で自白してしまった。
恐る恐るダミアンの表情を窺うと、とくに動揺する素振りも見せずに歩みを進めていた。
「貴様の嘘は、とっくに見破っている」
「……え?」
「学長の胸像を破壊したのは、リオン・マクミランだろう?」
まさかダミアンに真相を知られていたとは……。開いた口がふさがらないとはこのことだ。
「いつからそのことを……」
「入学式の晩だ。ロランに事情聴取をして、真相を知った」
確かにあの場には、副寮長のロランもいた。一部始終を見ていたロランも、胸像を破壊したのは僕ではないことを当然知っている。ロランは、ありのままをダミアンに報告したのだろう。
納得したものの、すぐに別の問題に気付く。
「じゃあ、僕はなぜ首輪を付けられているんですか!? 僕が無実だって寮長はとっくに知っていたんでしょう?」
今もなお、首輪を付けられている意味が分からない。冤罪だと分かった時点で外してくれてもいいじゃないか。
「今すぐ外してください!」
ダミアンに詰め寄りながら要求したものの、ふっと鼻で笑いながら視線を逸らされてしまう。
「無理だな」
「なぜ!?」
「飼い犬には首輪を付けておくものだろう?」
納得できない!
本物の犬のように噛みついてやろうかと思ったところで、ダミアンがギロリとこちらに視線を投げる。
「それに、首輪を外したら貴様が闇属性だと周囲に知られることになる。競技会の準備をしている段階で知られるのは、不利に働くと思うが?」
それは、確かにその通りだ。僕が闇属性だと知られれば、恐怖と憎悪の対象になるだろう。以前見かけた闇属性の生徒のように。そうなれば、競技会どころではない。
「今は周囲の信頼を得ることに集中しろ」
ダミアンは端的にそう告げると、颯爽と歩みを進めた。背中でしっぽのように揺れるブロンドの髪を見つめていると、ふと一つの可能性が過る。
もしかしてダミアンは、僕が周囲から悪意を向けられないように、首輪を付けているのか? 僕を守るために、あえて魔力を制限しているのだとしたら……。
いや、考え過ぎか。きっとダミアン自身も、闇属性の僕のことを信用しているわけではないんだ。だから首輪をつけて行動を監視しているに過ぎない。
そう自分を納得させたところで、ダミアンがぴたりと足を止める。
「次の休日、寄付金の増額を掛け合うために実家に戻る。貴様も来るか?」
「…………はい?」
思いがけないお誘いに目が点になる。僕なんかが付いて行っても、何の役にも立たないと思うけど。
「前にも話したが、父は無駄なものには投資しない男だ。貴様の口から今年の競技会が意義のあるものだと熱弁すれば、父の考えも変わるかもしれない」
それは、あまりに期待過剰じゃないか? 相手はやり手の経営者であるブラッドリー公爵だ。僕みたいな、つまらない男の話なんて聞く耳を持たないだろう。
「期待しているぞ」
振り返ったダミアンは、困惑している僕の反応を楽しむかのように、にやりと口元を歪ませた。
書類を受け取った学長は、さらっと流し見してから、机の上に置く。
「十年前に廃止された寮対抗戦を復活させようというわけか。面白いじゃないか。縮小傾向にある競技会を立て直すには、このような大掛かりな改革が必要だ」
賛同してもらえたことで、ほっと胸を撫でおろす。いくら寮長のサインを貰っても、学長に反対されたら元も子もない。二つ目の関門も無事にクリアできて安堵していた。
しかし、学長の話はそこでは終わらなかった。
「だが、実現させるには資金が必要だ。既に今年度の競技会にかけられる予算は決定している。増額させるのは不可能だ」
学長は人の良さそうな笑顔を浮かべているが、うっすらと開けた目元からは鋭い眼光が覗いていた。
暗に寄付金を増額しろと言っているに違いない。嫌な感じだ。
斜め前に立つダミアンの表情を窺うと、毅然とした面持ちで口を開く。
「予算の増額が難しいことは承知しています。実現させるためにも、今一度父に相談をしてみます」
ダミアンの言葉を聞いた学長は、口の端を引き上げてにっこり笑う。
「頼んだよ」
* * *
学長室をあとにすると、抑えていた憤りが沸々と湧き上がってきた。
学長は競技会を立て直したいと望んでいる割には、自分からは動こうとしない。企画も進行も資金調達までも、ダミアンに任せだ。他力本願にもほどがある。
あーあ、もう一度、学長の頭が爆発しないかなぁ。
二階の窓から学長の胸像を恨めし気に見つけていると、隣にダミアンがいることに気付く。
今の悪態も聞かれたに違いない。咎められることを覚悟していたものの、意外なことにダミアンは笑っていた。
「同感だな」
ダミアンは肩を震わせながら、控えめに笑っている。まさか同調してくるとは思っていなかったから驚いた。
「えっと、叱らないんですか?」
「実行に移さなければ問題はない」
ダミアンは、目を細めながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。そんな反応がおかしくて、僕にまで笑いが伝染した。
何だか二人でこっそり悪だくみをしている気分だ。誰かに聞かれたら問題になりそうだけど、実際には口に出しているわけではないからこの話が漏れることはない。心の内に抱えていた毒を、二人だけで共有していた。
学長のことは気に食わないけど、リオンのように衝動的に胸像を破壊しようとは思わない。そんなことをすれば、自分の立場が悪くなることは分かりきっているから。
なんて考えが過ったところで、この思考もダミアンに筒抜けであることを思い出す。
今、胸像を破壊したのはリオンだって、心の中で自白してしまった。
恐る恐るダミアンの表情を窺うと、とくに動揺する素振りも見せずに歩みを進めていた。
「貴様の嘘は、とっくに見破っている」
「……え?」
「学長の胸像を破壊したのは、リオン・マクミランだろう?」
まさかダミアンに真相を知られていたとは……。開いた口がふさがらないとはこのことだ。
「いつからそのことを……」
「入学式の晩だ。ロランに事情聴取をして、真相を知った」
確かにあの場には、副寮長のロランもいた。一部始終を見ていたロランも、胸像を破壊したのは僕ではないことを当然知っている。ロランは、ありのままをダミアンに報告したのだろう。
納得したものの、すぐに別の問題に気付く。
「じゃあ、僕はなぜ首輪を付けられているんですか!? 僕が無実だって寮長はとっくに知っていたんでしょう?」
今もなお、首輪を付けられている意味が分からない。冤罪だと分かった時点で外してくれてもいいじゃないか。
「今すぐ外してください!」
ダミアンに詰め寄りながら要求したものの、ふっと鼻で笑いながら視線を逸らされてしまう。
「無理だな」
「なぜ!?」
「飼い犬には首輪を付けておくものだろう?」
納得できない!
本物の犬のように噛みついてやろうかと思ったところで、ダミアンがギロリとこちらに視線を投げる。
「それに、首輪を外したら貴様が闇属性だと周囲に知られることになる。競技会の準備をしている段階で知られるのは、不利に働くと思うが?」
それは、確かにその通りだ。僕が闇属性だと知られれば、恐怖と憎悪の対象になるだろう。以前見かけた闇属性の生徒のように。そうなれば、競技会どころではない。
「今は周囲の信頼を得ることに集中しろ」
ダミアンは端的にそう告げると、颯爽と歩みを進めた。背中でしっぽのように揺れるブロンドの髪を見つめていると、ふと一つの可能性が過る。
もしかしてダミアンは、僕が周囲から悪意を向けられないように、首輪を付けているのか? 僕を守るために、あえて魔力を制限しているのだとしたら……。
いや、考え過ぎか。きっとダミアン自身も、闇属性の僕のことを信用しているわけではないんだ。だから首輪をつけて行動を監視しているに過ぎない。
そう自分を納得させたところで、ダミアンがぴたりと足を止める。
「次の休日、寄付金の増額を掛け合うために実家に戻る。貴様も来るか?」
「…………はい?」
思いがけないお誘いに目が点になる。僕なんかが付いて行っても、何の役にも立たないと思うけど。
「前にも話したが、父は無駄なものには投資しない男だ。貴様の口から今年の競技会が意義のあるものだと熱弁すれば、父の考えも変わるかもしれない」
それは、あまりに期待過剰じゃないか? 相手はやり手の経営者であるブラッドリー公爵だ。僕みたいな、つまらない男の話なんて聞く耳を持たないだろう。
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