歪んだ愛はお断りします ~断罪ルートを回避した悪役令息は、鬼畜寮長に囚われる~

南 コウ

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2章

32.魔法競技会⑤

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 魔法競技会も終盤に差し掛かってきた頃、目玉競技であるドラゴンレースが始まろうとしていた。

 現時点での順位は、一位ガーネット寮、二位サファイア寮、三位トパーズ寮、四位エメラルド寮だ。二位のサファイア寮との得点差は近いため、ドラゴンレースでもきっちり勝利を収めて一位をキープしたい。

 次の試合に期待を寄せる中、ある問題が発生していた。集合時刻になっても、クライドが現れないのだ。先にスタート地点の正門で待機していた僕は、ソワソワしながら辺りを見回していた。

「クライド、どうしたんだ? もしかして集合時間を勘違いしているのか?」
「クライドがそんなミスをするとは思えない。アレンじゃあるまいし」
「それ、どういう意味だよ!」

 僕を引き合いに出さなくたっていいじゃないか。むっと口を尖らせながらフレッドを睨みつけていると、ルーカスにまあまあと宥められた。

「心配だし、近くを探しにいくか?」

 このままクライドが現れなければ、ガーネット寮は失格になってしまう。そうなれば、ドラゴンレースで得られるスコアはゼロになり、サファイア寮に逆転をされてしまう。それは絶対に避けたい。

「みんなで手分けして探しにいこう」

 僕らは三手に別れて、クライドを捜索することにした。

 * * *

 グラウンドを探し回ったが、クライドの姿は見当たらない。一体、どこに行ったんだ?

 グラウンドから離れ、一度正門に戻ろうとしたところで、宙に浮いた緑色の物体がこちらに迫ってくることに気付く。目を凝らしてみると、それが羽を広げて飛んでいる幼竜だと判明した。

「ルゥ?」

 クライドの幼竜が、どうしてここに? 辺りを見回しても、クライドの姿はない。
 不審に思っていると、幼竜がぐんぐんとこちらへ迫ってくる。

「わっ、ちょっと待って! ストップ、ストップ!」

 止まるように呼び掛けたものの、幼竜は勢いよく突っ込んできて、僕の額に激突をした。

「いたた……。大丈夫か? ルゥ」

 ジンジンと痛む額を押さえながら呼びかけると、ルゥはもう一度目の前に迫ってくる。

「きゅう、きゅうっ!」

 目の前を飛び回りながら、忙しなく鳴く。その必死さから、何かを訴えているようにも見えた。

「クライドに何かあったのか?」

 そう尋ねると、幼竜は「きゅっ!」とひと際大きな鳴き声をあげた。次の瞬間、校舎の方向へ飛んでいく。

「あ、待って!」

 妙な胸騒ぎを覚えながら、僕は幼竜の後を追いかけた。

 幼竜に連れてこられたのは、校舎裏のゴミ集積所だ。ここには、以前ダミアンと来たことがある。
 校舎の陰になっているせいで薄暗い。じめっとした空気とゴミの匂いで不快になりながらも、ルゥの後を追いかけた。すると、ゴミ袋の影で蹲っているクライドを発見した。

「クライド!」

 慌てて駆け寄る。僕の声を聞いたクライドは、ビクッと肩を飛び上がらせた。

「アレン、か……」

 震える声で僕を呼ぶ。その顔は、血の気が失せたように青ざめていた。

「一体何があったんだ?」

 地面にしゃがみ込んで肩を掴むと、クライドは大袈裟に肩を跳ね上がらせる。怯えているようだ。

 クライドは、僕の手を振り払うと、胸を押さえながら浅い呼吸を繰り返す。その顔は、魔獣と鉢合わせたかのように恐怖に染まっていた。

 少し落ち着いてきたところで、クライドは震える声で事情を明かす。

「恐怖を最大限まで引き上げる魔法をかけられた……」
「魔法!?」

 予想外の言葉が飛んできて、大声で反応してしまう。クライドは、再びビクッと肩を跳ね上がらせた。そこで慌てて口を押える。

「ご、ごめん。だけど、誰がそんなことを……」

 クライドは言葉を詰まらせる。急かさずに待っていると、クライドは躊躇いがちに口を開いた。

「……サファイア寮の、闇属性の魔導士だ」
「闇属性?」

 闇属性の生徒と聞いて、以前この場でいじめられていた生徒を思い出す。まさか、あの男子生徒がやったのか?
 ……いや、闇属性の生徒は他にもいるだろうし、決めつけるのは良くないか。

 それにサファイア寮といえば、シリルの指揮する寮だ。彼に命令されて実行した可能性もある。
 クライドは、青ざめた顔で言葉を続ける。

「今の精神状態では、レースには出られそうにない。シリル寮長は、それが狙いだったのだろうな」
「そんな……!」

 クライドがレースに出場できないというのは一大事だ。ガーネット寮には、竜使いはクライドしかいない。クライドの代わりが務まる生徒など存在しなかった。

 レースに不参加となれば、サファイア寮にスコアを逆転されてしまう。そうなれば、ダミアンは自主退学をする事態になる。それは絶対に避けたい。

 絶望の淵に立たされていると、クライドはゆっくりを顔をあげて僕を見つめる。

「アレン、代わりにレースに出てくれないか?」
「僕が!? 無理だよ。ドラゴンなんて乗ったことないし」

 僕に務まるとは思えない。ドラゴンは、心を許した相手しか背に乗せないと聞いたことがある。僕なんかが、乗せてもらえるはずがない。

「従えることはできるだろう? お前の魔力があれば……」

 深い青色の瞳に、じっと見つめられる。確信めいた言葉をかけられて、ドキッと心臓が跳ね上がった。

 もしかしてクライドは、闇魔法のことを示唆しているのか? 確かに闇魔法を使えば、ドラゴンを従えることもできるかもしれない。やったことがないから、確証はないけど。

 だけど、クライドはなぜ、僕に竜を従える力があると知っているんだ? クライドには、僕が闇属性であるとは明かしていないのに……。

「僕なんかに預けていいの? 大事なドラゴンなんでしょ?」

 クライドとレースに出るのは、ルゥの母竜だ。生まれた時からずっと傍にいたと教えてもらったことがある。そんな大切な竜に、僕なんかが乗って良いのか?

「お前になら、任せられる」

 迷いない瞳で告げられる。その一言で、信頼されていることが伝わってきた。

 クライドと初めて話した日から、僕らは友達として交流してきた。幼竜を救出するために沈黙の森に入ったり、寮でも学校でも同じ食卓を囲んだり、競技会の準備を一緒に進めたり……。その過程で、僕を信頼にたる人物だと評価してくれたのだろう。その気持ちは、素直に嬉しかった。

 クライドからの信頼を感じ取ったことで、僕は覚悟を決める。どうせ他に方法なんてないんだ。サファイア寮に勝つためにも、僕が出場しよう。

「分かった。僕が出場するよ」

 力強い眼差しで宣言すると、クライドは安堵したように頬を緩める。それから片手を前に出して、呪文を唱えた。
 その直後、地面に金色の紋が浮かび上がる。眩い光に包まれた直後、緑色の巨大なドラゴンが出現した。

 召喚魔法だ。クライドがレースに出場する母竜を召喚したようだ。まさかそんな力まで使えるとは思わなかった。

 母竜は、地面でしゃがみ込むクライドを心配するように首を伸ばす。クライドは、母竜の頬を撫でてから、僕を指さした。

「彼を乗せてやってくれないか」

 主人から命令されると、母竜は振り返って僕を見つめる。警戒心を解いてもらえるように微笑みかけたものの、母竜からは素っ気なく視線を逸らされてしまった。

 やっぱり、初対面の相手を背に乗せるのは抵抗があるのか……。予想通りの反応をされてしまい落ち込んでいると、突如ダミアンが現れた。

「話は聞いたぞ。貴様がレースに出るのだろう?」

 どうやら監視されていたらしい。転移魔法で飛んできてくれたおかげで、こちらから探しに行く手間が省けた。
 僕は、真剣な面持ちでダミアンに訴える。

「寮長、魔法の使用許可を」

 首輪の効力を一時的に解くことは、ダミアンしかできない。レースに出場している間だけは、魔法の使用を許可してもらいたかった。

 闇魔法を意図的に使おうとしたのは、これが初めてだ。正直、怖さもある。使い慣れていないせいで、暴走してしまったらと考えるとゾッとした。

 だけど、ダミアンの自主退学を阻止するには、誰かがレースに出場しなければならない。竜を従えることができる可能性があるのなら、そこに賭けるしかない。

 ダミアンは、赤色の瞳でじっと僕を見据えた後、僕の首輪に手を伸ばす。中央に付いた赤い魔石に触れると、ぽうっと淡い光が灯った。

「竜を従える以外の目的では使うなよ」

 ダミアンから低い声で命令されたことで、僕は「はい」と返事をした。

 魔法が使えるようになったところで、再び母竜に視線を向ける。興味がなさそうに僕から視線を逸らしている母竜に、圧をこめて命令した。

「大人しくしていろ」

 ゆらゆらと揺れていた母竜が動きを止める。その隙に、僕は母竜の背中に飛び乗った。
 竜の背中は、想像していた以上に大きい。皮膚はゴツゴツと固く、乗り心地が良いとは言い難かった。

「気を付けろよ」

 ダミアンから声をかけられたところで、僕はにっと笑う。

「はいっ!」

 元気よく返事をしてから、竜の背中にしがみついた。

「飛べ」

 圧を込めて命令すると、母竜は地面を蹴って高く飛びたった。
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