歪んだ愛はお断りします ~断罪ルートを回避した悪役令息は、鬼畜寮長に囚われる~

南 コウ

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2章

34.これではどっちが悪役かわからないな

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 目を覚ますと、使い慣れたベッドで横たわっていることに気付く。
 そういえばドラゴンレースが終了してからは、力尽きたようにダミアンの腕の中で眠ってしまったんだ。寮に戻っているということは、ダミアンが運んでくれたのか?

 上体を起こそうとすると、酷使し過ぎた身体が悲鳴をあげる。痛みに耐えながらもどうにか起き上がると、リオンが椅子に腰かけて読書をしている姿が視界に入った。
 リオンは本に視線を落としたまま口を開く。

「おはよう、兄さん。そろそろ着替えないと後夜祭に間に合わないんじゃない?」

 後夜祭と聞いて、ぼんやりしていた頭が覚醒する。時計を見ると、後夜祭の開始時刻が迫っていた。

「大変だ! 急いで仕度しないと! リオンも早く着替えよう」

 急いでクローゼットを開けると、冷めた声が飛んでくる。

「僕は行かないよ。興味ないから」

 服を漁る手が止まる。そういえば、リオンは競技会には不参加だった。競技会に参加をしていないのだから、後夜祭にも興味がないというのも納得だ。
 本音を言えばリオンと一緒に行きたかったけど、無理強いするのは良くない。

「そっか! じゃあリオンの分までご馳走を食べてくるよ!」

 場を和ませようとおどけてみせたが、リオンはこちらに見向きもしなかった。素っ気ない態度にもの寂しさを感じながら、僕は立て襟シャツに袖を通した。

 * * *

 後夜祭は、学園の南側にある迎賓館で開かれる。到着した頃には、既に始まっていて華やかな衣装で着飾った紳士淑女が歓談していた。
 テーブルには豪華な料理が並んでいて、優雅な管楽器の音色が会場に彩りを与えている。煌びやかな空間を目の当たりにして、僕は早々に怖気づいていた。

 闇属性の僕は、社交界に参加したことがない。貴族が集う華々しい場に足を踏み入れるのは、これが初めてだった。

 何だか場違いな気がしてきたぞ……。入り口で右往左往していると、ガーネット寮の赤い寮旗の下でダミアンの姿を見つけた。

 漆黒の燕尾服にホワイトタイを合わせた正装だ。ブロンドの髪は、後ろに撫で付けていて、整った顔立ちがはっきりと見えた。切れ長の目元から覗く赤い瞳は、鋭さを感じさせながらも、見るものを魅了する美しさがある。

「格好いいな……」

 うっかり零れた本音を、慌てて飲み込む。幸い僕に気を留めている人などおらず、独り言を聞かれることもなかった。

 正装姿のダミアンは、普段よりもずっと魅力的だ。そう感じているのは僕だけではなかったようで、ダミアンは大勢のゲストに囲まれていた。

 とてもじゃないけど、近付ける雰囲気ではない。ダミアンに声をかけるのは諦めて、別行動をすることにした。

 ウェイターからグラスを受け取り、壁際でちびちびジュースを飲んでいると、見知った面々がやって来る。

「アレン、やっと来たか!」
「閉会式をすっぽかして眠りこけていたから、後夜祭にも参加しないのかと思ったよ」

 ルーカスとフレッドだ。二人もかっちりとした燕尾服に身を包んでいる。その姿も様になっていた。

「どうにか起きられたよ。それよりクライドは?」

 クライドは、レースの直前に闇魔法をかけられたせいで平常心を失っていた。彼のことも気がかりだった。

「クライドなら医務室で休んでいるよ。闇魔法による影響は一時的なもののようだから、一晩休養すれば回復するって」

 フレッドから容態を聞いて、ほっと胸を撫でおろす。大事に至らなくて良かった。

 とはいえ、故意に闇魔法をかけられたというのは見過ごしてはおけない。実行犯は闇属性の生徒だそうだが、黒幕はシリルだと予想している。他者に危害を加えておいて、無罪放免というわけにはいかない。

「シリル寮長は?」
「俺たちも探しているんだけど、見当たらないんだよな」

 ルーカスの言葉で眉を顰める。まさか尻尾を巻いて逃げたのか? 競技会で敗北して、目的を果たすことができなかったから……。
 このままうやむやにしてたまるか。僕は手に持っていたグラスをフレッドに預ける。

「シリル寮長に一言文句を言ってくる」
「おい! アレン!」

 ルーカスの引きとめる声を聞かず、僕はシリルを捜索した。

 * * *

 迎賓館に面している庭園を早足で歩く。シリルは広間にはいなかったが、近くにはいるはずだ。
 サファイア寮の寮長であるシリルが、後夜祭に不参加というのは考えにくい。どこか目立たない場所で、鳴りを潜めているのだろう。

 辺りを捜索していると、庭園の奥まった場所にあるガゼボに人影を発見する。もしやと思い、早足で近付いてみた。

 雲の陰間から半月が覗くと、ガゼボにいる人物がシリルだと気付く。その正面には、華やかなドレスで着飾った女性がいた。暗くて顔はよく分からないが、シリルと同じ紫色の髪をしていることだけは分かった。

 ドレスをまとった女性は、ゆったりとした動作でベンチから立ち上がる。次の瞬間、大きく手を振り上げて、シリルの頬を平手で叩いた。

「この役立たず!」

 ヒステリックにそう吐き捨てると、彼女は早足でガゼボから立ち去った。

 とんでもない現場を見てしまった……。取り残されたシリルは、頬を押さえながら俯いていた。
 出直そうかと後退りをしたところで、うっかり小枝を踏んでしまう。そこでシリルが僕の存在に気付いた。

「やあ」

 力なく微笑みかけられる。弱々しい姿を目の当たりにして、なんて声をかければいいのか分からなくなった。
 退くにも退けず、カゼボに近寄る。月灯りの下でも、彼の頬が腫れていることが分かった。

「あの、大丈夫ですか?」

 声をかけると、シリルは信じられないものを前にしたのように目を見開く。

「まさか、君に心配されるとは思わなかったよ」

 僕だって、心配するつもりなんてなかった。競技会の不正を糾弾するために探していたのだから。
 だけどあんな現場を見てしまったら放ってはおけない。自分の甘さに嫌気が指していると、シリルはそっと手を伸ばし、僕の首輪に触れた。

「せっかく自由にしてあげようと思ったのに、残念だよ」
「これは、自分の力で外すので放っておいてください」

 はっきりと宣言すると、シリルはふっとおかしそうに吹き出す。

「彼の犬として働けば、いつか首輪を外してもらえるとでも思っているのかい?」
「そういう約束なので」
「甘いね」

 シリルは、首輪の革紐に指を引っかけて、強引に引き寄せる。僕はバランスを崩して、シリルの胸に身体を預ける体勢になった。
 離れよう後退したが、背中を押さえ付けられて阻まれる。驚いていると、シリルが耳元に顔を寄せた。

「あの男が自らの意思で手放すはずがないだろう。君は永遠に、あの男の支配から逃れられない」

 ぞくりと肌が粟立つ。不快感に支配されて、身体が震えた。
 シリルの強く押しのけようと時、僕らの真横にダミアンが現れた。

「シリル寮長。話ならもっと明るい場所でしよう」

 ダミアンは低い声でそう忠告すると、僕とシリルの手首を掴む。次の瞬間、煌びやかなシャンデリアの下に戻された。

 これは転移魔法だ。ダミアンは、三人まとめて迎賓館に転移させたらしい。
 シリルは、珍しく動揺の色を見せながら、辺りを見回す。

「……どういうつもりですか? ダミアン寮長」
「言ったでしょう、シリル寮長。明るい場所で話をしようと」

 ガーネット寮とサファイア寮の寮長がいきなり現れたことで、会場にいたゲストは何事かと注目する。大勢の視線を集める中、ダミアンは淡々と話を切り出した。

「困るんですよね。伝統的な行事である競技会で、不正をされるのは」
「何のことですか? 言いがかりはやめてください」

 シリルは笑顔を取り繕ってはいるが、口元は僅かに引きつっている。しらを切ろうとするシリルを、ダミアンが追い詰めた。

「とぼけるつもりですか? ドラゴンレースの参加予定者に闇魔法をかけて出場できないように細工したり、狩猟で使う馬に闇の魔石を仕込んだり」
「くだらない。何を根拠にそんなことを……」

 ダミアンの言葉を遮って、容疑を否認する。しかしそんな口先だけの言い逃れは、ダミアンには通用しなかった。

「証言者がいるんです。……ほら、こっちへ来い」

 ダミアンは背後に視線を投げると、ゲストの影から一人の生徒が現れた。その顔には見覚えがある。以前、ゴミ集積所で虐められていた闇属性の生徒だ。

 彼は震えながらダミアンのもとに近付くと、深く頭を下げた。

「ダミアン寮長の馬に闇の魔石を仕込み、ガーネット寮の竜使いを闇魔法で洗脳したのは僕です。シリル寮長からどんな手を使ってもガーネット寮に勝てと命じられて」
「おい、何を言って……」

 動揺しながら叫ぶシリルを見て、ダミアンはにやりと意地悪く笑う。

「罰を軽くするように取り合うと約束したら、あっさり白状しましたよ。貴方は寮生からもまるで信頼されていないようだ」

 シリルは恨めし気に闇属性の生徒を睨みつける。こうもあっさり裏切られるとは思わなかったのだろう。
 ここまでのやりとりを傍観していたゲストもざわめき出す。

「闇魔法で洗脳ですって。恐ろしいわ」
「伝統的な行事を穢すなんて、許されることではない」
「今後も同じ事があってはならない。彼に厳格な処罰を」

 シリルも、公の場で罪が暴露されるとは思わなかっただろう。成すすべなく立ち尽くす彼を見て、ダミアンがさらに追い詰める。

「本件は学園長にも報告してあります。追って処分を言い渡されるでしょう」

 既に報告を済ませているなんて、仕事が早すぎる。シリルはこれ以上の言い逃れはできないと察したのか、額を押さえて項垂れていた。
 喧騒に包まれる中、ダミアンはシリルに近付き小声で伝える。

「俺が不正に気付いていながら、なぜ競技会の進行を妨げなかったか分かるか? この場で貴様に恥をかかせるためだ」

 なんて性格が悪いんだ……。これではどっちが悪役か分からないな。
 というか、似たような状況を見たことがあるぞ。原作でもダミアンは、似たようなシチュエーションでアレン・マクミランを断罪していた。道を踏み外していたら、僕もシリル側の人間になっていると想像するとゾッとした。

 シリルは顔を真っ赤にしながら、ダミアンを睨みつける。

「……この鬼畜が」

 そう吐き捨てると、シリルは逃げるように迎賓館をあとにした。
 シリルの姿が見えなくなってから、ダミアンに問いかける。

「シリル寮長の処分はどうなるんでしょうね?」
「良くて数ヶ月の自宅謹慎、最悪の場合は寮長退任だろうな」

 退学処分は免れたとしても、今回の一件でパウエル家の面子は丸潰れだ。今後の彼の境遇を想像すると、少し哀れに思えてきた。
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