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建国記念舞踏会まで、あと半月。
私はあの日以来、情報収集と証拠固めに奔走していた。父様の協力もあり、アルフレッド殿下が動かした国費の流れは、ほぼ完全に掴むことができた。残るは、セラフィーナ嬢の過去を裏付ける、決定的な証言だけ。
その日も、私はお忍びの姿で王都の下町にある情報屋を訪れていた。セラフィーナ嬢がアカデミー入学前に住んでいたという町の情報を得るためだ。
「…ありがとうございました。また何か分かれば」
情報屋との面会を終え、店を出る。日が傾きかけ、裏通りには長い影が落ちていた。
用心深く周囲を警戒しながら歩いていると、不意に背後から声をかけられた。
「よう、リリー。またこんな所で密会かい?」
聞き覚えのある、飄々とした声。振り返ると、壁に寄りかかるようにして、あの黒髪の青年、カイが立っていた。
「…あなたでしたか、カイ。人の後をつけるとは、あまり感心しない趣味ですわね」
私は警戒を解かずに言った。彼はただの旅人ではない。この数日、何度か街で彼の姿を見かけていた。偶然にしては、出来すぎている。
「人聞きの悪いことを言うなよ。偶然だ、偶然。俺もこの辺りに用があってね」
カイはひらひらと手を振りながら、私に近づいてくる。
「それにしても、あんたも物好きだよな。高貴なご令嬢が、わざわざこんな埃っぽい場所に出向くなんて」
「あなたに、わたくしの何がわかるというのですか」
「わかるさ。あんた、今、でっかい喧嘩の真っ最中なんだろ?」
カイの紫水晶の瞳が、面白そうに細められる。
「王太子に公の場で婚約破棄されて、その腹いせに、相手の女の悪い噂を流して楽しんでる。『聖女』リリアンヌ様」
彼は私の偽名ではなく、本名を口にした。確信犯だ。
私は表情を変えずに、彼を見据える。
「あなた、一体何者ですの?」
「言ったろ? ただの旅の者さ。退屈が大嫌いで、面白いことが大好きな、ただのね」
カイは私の目の前まで来ると、悪戯っぽく笑った。
「なあ、リリアンヌ。あんたの喧嘩、一枚噛ませてくれよ」
「…なんですって?」
予想外の申し出に、私は思わず聞き返した。
「見ててじれったいんだよ。もっと上手くやれる手があるだろうに、あんた、真面目すぎるんだ。証拠だの、裏付けだの、時間がかかりすぎだ」
「これは、わたくし一人の問題ではございませんの。家を背負っておりますのよ」
「だろうな。だからこそ、もっと狡猾に、大胆にやるべきだろ。俺なら、もっと上手く立ち回れるぜ?」
彼は自信たっぷりに胸を叩く。その瞳には、そこらのチンピラとは違う、本物の自信と、裏打ちされた実力のようなものが感じられた。
確かに、彼には得体のしれない情報網と行動力があるようだ。利用価値は、あるかもしれない。しかし、同時に危険な香りもする。
「協力してくださる、と。見返りは何をお望みで?」
私は彼を試すように問いかけた。
「見返り? そんなもんはいらねえよ。言っただろ、俺は退屈が嫌いなんだ。あんたの喧嘩は、極上の娯楽になりそうだ」
彼は心の底から楽しそうに笑う。金でも、地位でもない。ただ、己の好奇心のために動く男。こういう手合いが、一番厄介で、そして一番頼りになることもある。
私はしばらく彼を観察し、やがて小さく息をついた。
「…わかりましたわ。ただし、条件があります」
「ほう?」
「第一に、わたくしの指示には絶対に従っていただきます。勝手な行動は許しません」
「へいへい」
「第二に、あなたの素性は、いずれ明らかにしてもらいます。わたくしは、素性の知れない人間を信用するほどお人好しではございません」
「…そいつは、まあ、いずれな」
カイは少しだけ口ごもったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「で、第三は?」
「第三に、わたくしに馴れ馴れしくしないでくださいまし。『リリアンヌ様』とお呼びなさい」
そう言い放つと、カイは一瞬きょとんとした顔をし、やがて腹を抱えて笑い出した。
「はーっはっは! あんた、最高だな! わかった、わかったよ、リリアンヌ様!」
こうして、私の復讐劇に、カイと名乗る謎の青年が「協力者」として加わることになった。
彼の存在が、私の計画に吉と出るか、凶と出るか。それはまだ、誰にもわからなかった。
私はあの日以来、情報収集と証拠固めに奔走していた。父様の協力もあり、アルフレッド殿下が動かした国費の流れは、ほぼ完全に掴むことができた。残るは、セラフィーナ嬢の過去を裏付ける、決定的な証言だけ。
その日も、私はお忍びの姿で王都の下町にある情報屋を訪れていた。セラフィーナ嬢がアカデミー入学前に住んでいたという町の情報を得るためだ。
「…ありがとうございました。また何か分かれば」
情報屋との面会を終え、店を出る。日が傾きかけ、裏通りには長い影が落ちていた。
用心深く周囲を警戒しながら歩いていると、不意に背後から声をかけられた。
「よう、リリー。またこんな所で密会かい?」
聞き覚えのある、飄々とした声。振り返ると、壁に寄りかかるようにして、あの黒髪の青年、カイが立っていた。
「…あなたでしたか、カイ。人の後をつけるとは、あまり感心しない趣味ですわね」
私は警戒を解かずに言った。彼はただの旅人ではない。この数日、何度か街で彼の姿を見かけていた。偶然にしては、出来すぎている。
「人聞きの悪いことを言うなよ。偶然だ、偶然。俺もこの辺りに用があってね」
カイはひらひらと手を振りながら、私に近づいてくる。
「それにしても、あんたも物好きだよな。高貴なご令嬢が、わざわざこんな埃っぽい場所に出向くなんて」
「あなたに、わたくしの何がわかるというのですか」
「わかるさ。あんた、今、でっかい喧嘩の真っ最中なんだろ?」
カイの紫水晶の瞳が、面白そうに細められる。
「王太子に公の場で婚約破棄されて、その腹いせに、相手の女の悪い噂を流して楽しんでる。『聖女』リリアンヌ様」
彼は私の偽名ではなく、本名を口にした。確信犯だ。
私は表情を変えずに、彼を見据える。
「あなた、一体何者ですの?」
「言ったろ? ただの旅の者さ。退屈が大嫌いで、面白いことが大好きな、ただのね」
カイは私の目の前まで来ると、悪戯っぽく笑った。
「なあ、リリアンヌ。あんたの喧嘩、一枚噛ませてくれよ」
「…なんですって?」
予想外の申し出に、私は思わず聞き返した。
「見ててじれったいんだよ。もっと上手くやれる手があるだろうに、あんた、真面目すぎるんだ。証拠だの、裏付けだの、時間がかかりすぎだ」
「これは、わたくし一人の問題ではございませんの。家を背負っておりますのよ」
「だろうな。だからこそ、もっと狡猾に、大胆にやるべきだろ。俺なら、もっと上手く立ち回れるぜ?」
彼は自信たっぷりに胸を叩く。その瞳には、そこらのチンピラとは違う、本物の自信と、裏打ちされた実力のようなものが感じられた。
確かに、彼には得体のしれない情報網と行動力があるようだ。利用価値は、あるかもしれない。しかし、同時に危険な香りもする。
「協力してくださる、と。見返りは何をお望みで?」
私は彼を試すように問いかけた。
「見返り? そんなもんはいらねえよ。言っただろ、俺は退屈が嫌いなんだ。あんたの喧嘩は、極上の娯楽になりそうだ」
彼は心の底から楽しそうに笑う。金でも、地位でもない。ただ、己の好奇心のために動く男。こういう手合いが、一番厄介で、そして一番頼りになることもある。
私はしばらく彼を観察し、やがて小さく息をついた。
「…わかりましたわ。ただし、条件があります」
「ほう?」
「第一に、わたくしの指示には絶対に従っていただきます。勝手な行動は許しません」
「へいへい」
「第二に、あなたの素性は、いずれ明らかにしてもらいます。わたくしは、素性の知れない人間を信用するほどお人好しではございません」
「…そいつは、まあ、いずれな」
カイは少しだけ口ごもったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「で、第三は?」
「第三に、わたくしに馴れ馴れしくしないでくださいまし。『リリアンヌ様』とお呼びなさい」
そう言い放つと、カイは一瞬きょとんとした顔をし、やがて腹を抱えて笑い出した。
「はーっはっは! あんた、最高だな! わかった、わかったよ、リリアンヌ様!」
こうして、私の復讐劇に、カイと名乗る謎の青年が「協力者」として加わることになった。
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