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セラフィーナ嬢が醜態を晒して退場した後、夜会は何事もなかったかのように続いた。むしろ、格好のゴシップが生まれたことで、会場は先ほどよりも活気を帯びているようにすら感じられる。
私は人混みを避け、テラスで一人、夜風に当たっていた。
「見事な手際でしたわね、カイ」
先ほどのカイの行動を思い返す。まるで、全てが計算され尽くした舞台劇のようだった。
「当然だろ。あの程度の単純な罠、引っかかる方がどうかしてる」
いつの間にか隣に来ていたカイが、テラスの欄干に寄りかかりながら言った。
「ですが、なぜ、わたくしに協力するのですか? 改めてお聞きしたい」
私は、ずっと心の内にあった疑問を口にした。「面白いから」という彼の言葉を、額面通りに受け取ることはできなかった。彼ほどの男が、ただの気まぐれで他国の貴族のいざこざに首を突っ込むとは思えない。
「…しつこい女は嫌われるぜ?」
カイは夜空を見上げたまま、はぐらかすように答える。
「答えてくださらないのなら、あなたとの協力関係も考え直さなければなりません。わたくしは、得体のしれない人間を懐に入れる趣味はございませんの」
私の強い口調に、カイは観念したように、小さくため息をついた。
「…あんたが、昔、俺が知ってる奴に、少しだけ似てるからだよ」
「昔、ご存じの方に?」
「ああ。生意気で、強情で、いつも一人で何でも背負い込もうとする、馬鹿な女がいたんだ」
カイは、遠い目をして言った。その横顔には、いつもの軽薄さとは違う、どこか寂しげな色が浮かんでいた。
「その方は、どうなされたのですか?」
「…さあな。今頃、どこかで幸せにやってんじゃねえの。そうだといいんだがな」
それきり、カイは口を閉ざしてしまった。
私たちはしばらく、何も言わずに夜景を眺めていた。王都の灯りが、宝石のように瞬いている。
沈黙を破ったのは、カイの方だった。
「あんたさ、本当はあんな奴のこと、何とも思ってねえんだろ。あの王子のこと」
「…どういう意味でしょう」
「言葉通りの意味だよ。婚約破棄された時も、悲しそうな顔ひとつしなかった。あんたの戦いは、失恋の腹いせじゃねえ。もっと別の、何かだ」
彼の洞察力には、いつも驚かされる。彼は、私の完璧な淑女の仮面の下にある、本当の感情を見透かしているかのようだ。
「…ええ、そうかもしれませんわね」
私は、初めて彼に、ほんの少しだけ本音を漏らした。
「わたくしにとって、あの婚約は『義務』でした。クラインフェルト伯爵家の娘としての、務め。そこに、恋だの愛だのといった感情が入り込む隙間は、ございませんでしたわ」
「だろうな」
「ですが」と私は続けた。「義務だからといって、務めだからといって、不当に貶められていい理由にはなりません。わたくし個人の名誉だけでなく、我が家の、そして、わたくしを支えてくれる者たちの誇りがかかっているのです」
だから、負けるわけにはいかない。
私の目に宿る決意を読み取ったのか、カイは満足そうに頷いた。
「それでこそ、俺が見込んだ女だ」
「…馴れ馴れしい、と申し上げたはずですわよ、カイ」
「はは、悪い悪い。リ・ア・ン・ヌ・様」
軽口を叩きながらも、彼の声はどこか優しかった。
この夜を境に、私とカイの間に、単なる「協力者」とは違う、不思議な信頼感が芽生え始めたのを、私は感じていた。
それは、まだ名前のつけられない、淡い感情だった。
私は人混みを避け、テラスで一人、夜風に当たっていた。
「見事な手際でしたわね、カイ」
先ほどのカイの行動を思い返す。まるで、全てが計算され尽くした舞台劇のようだった。
「当然だろ。あの程度の単純な罠、引っかかる方がどうかしてる」
いつの間にか隣に来ていたカイが、テラスの欄干に寄りかかりながら言った。
「ですが、なぜ、わたくしに協力するのですか? 改めてお聞きしたい」
私は、ずっと心の内にあった疑問を口にした。「面白いから」という彼の言葉を、額面通りに受け取ることはできなかった。彼ほどの男が、ただの気まぐれで他国の貴族のいざこざに首を突っ込むとは思えない。
「…しつこい女は嫌われるぜ?」
カイは夜空を見上げたまま、はぐらかすように答える。
「答えてくださらないのなら、あなたとの協力関係も考え直さなければなりません。わたくしは、得体のしれない人間を懐に入れる趣味はございませんの」
私の強い口調に、カイは観念したように、小さくため息をついた。
「…あんたが、昔、俺が知ってる奴に、少しだけ似てるからだよ」
「昔、ご存じの方に?」
「ああ。生意気で、強情で、いつも一人で何でも背負い込もうとする、馬鹿な女がいたんだ」
カイは、遠い目をして言った。その横顔には、いつもの軽薄さとは違う、どこか寂しげな色が浮かんでいた。
「その方は、どうなされたのですか?」
「…さあな。今頃、どこかで幸せにやってんじゃねえの。そうだといいんだがな」
それきり、カイは口を閉ざしてしまった。
私たちはしばらく、何も言わずに夜景を眺めていた。王都の灯りが、宝石のように瞬いている。
沈黙を破ったのは、カイの方だった。
「あんたさ、本当はあんな奴のこと、何とも思ってねえんだろ。あの王子のこと」
「…どういう意味でしょう」
「言葉通りの意味だよ。婚約破棄された時も、悲しそうな顔ひとつしなかった。あんたの戦いは、失恋の腹いせじゃねえ。もっと別の、何かだ」
彼の洞察力には、いつも驚かされる。彼は、私の完璧な淑女の仮面の下にある、本当の感情を見透かしているかのようだ。
「…ええ、そうかもしれませんわね」
私は、初めて彼に、ほんの少しだけ本音を漏らした。
「わたくしにとって、あの婚約は『義務』でした。クラインフェルト伯爵家の娘としての、務め。そこに、恋だの愛だのといった感情が入り込む隙間は、ございませんでしたわ」
「だろうな」
「ですが」と私は続けた。「義務だからといって、務めだからといって、不当に貶められていい理由にはなりません。わたくし個人の名誉だけでなく、我が家の、そして、わたくしを支えてくれる者たちの誇りがかかっているのです」
だから、負けるわけにはいかない。
私の目に宿る決意を読み取ったのか、カイは満足そうに頷いた。
「それでこそ、俺が見込んだ女だ」
「…馴れ馴れしい、と申し上げたはずですわよ、カイ」
「はは、悪い悪い。リ・ア・ン・ヌ・様」
軽口を叩きながらも、彼の声はどこか優しかった。
この夜を境に、私とカイの間に、単なる「協力者」とは違う、不思議な信頼感が芽生え始めたのを、私は感じていた。
それは、まだ名前のつけられない、淡い感情だった。
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