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「シベツ… どう言う事だ」

結局、部屋に残ったのは俺とシベツだけ。

「凄いですよね、あのサビース殿は。
最近、話題の商業ギルドの話は覚えておられますか?」
「あぁ、確か設立者はウサギの仮面をしているとか…
この辺境の地でも物資が安定したのは商業ギルドのおかげと、お前が言ってたじゃないか」
「サビース殿が設立者です」
「… は?」
「だから、サビース殿が商業ギルド代表であり、怒らせちゃならない人間でもあります。
いやぁ、陛下も考えましたよね。家族愛が強いインタ子爵家の娘を我が主に宛てがうとは。
そして、商業ギルドは各国と提携を結んでいるのです。なので、どの国でも手出し出来ない仕組みを確立しておりますね。
たかだか商人の組合だと最初は気にしなかった貴族達の末路はそりゃあもう…」

知らない話ばかりで、何も言えずにいると。

「それより、たまに居なくなってるとは思いましたが。まさか奥様のストーカーになっていたとは。しかも花って… 我が主が花って…」

堪えきれない笑いで肩を震わせ、声も出せなくなるシベツに腹が立つ。

「女は花が好きだとお前が言ってたじゃないか!
それにストーカーじゃない!
俺は自分の目で、エリアの事を見極めようとしただけだ」
「で? 見極めた結果はいかがでしょうか」
「…… いかった…」
「はい? いつもバカみたいに声が大きいのですから聞こえるように話して下さい」
「だから! 可愛かった! 
俺の顔を正面から見てくれる所も、領民の事を思い手を差し伸べる優しさも、それなのに敵には容赦ない所も…

あと、あの笑顔を向けられた時には抱き寄せてキスしたくなった…」

最後はちょっと声が小さくなったが、嘘では無い。
確かにアイリーンの方が見目は美しいのだろう。しかし、小柄でちょこちょこ動き回る姿は心が和み、くりくりの瞳はいつも輝いて、少しそばかすがあるのも、休みなく領民の為に走り回るからだ。
日焼けした肌も健康的で良い。普通の貴族令嬢なら決してしない陽射しの中を馬に跨がり駆け抜けるさまは誰しも目を奪われるだろう。

「図体がデカい男が、頬を染めても気持ち悪いだけです。
今のまま言ったら引かれますので、もう少しキリッとなされてから思いをお伝え下さい。
まぁ、玉砕したら酒くらい付き合ってあげます。心配なさらずともサビース殿とは長くこの地とのお付き合いを願い出ますので、盛大に振られてもご安心下さい」
「お前… 振られるの前提で話してないか?」
「逆にお聞きしますが、今の主のどこに惹かれる要素が?

アイリーンの事は放置、奥様とは同じ食卓にもつかない、会話はほとんど無く、見方によっては奥様の事を監視しているような現状」
「ゔっ… お前は俺を抹殺するつもりか」
「いえ、事実で御座います我が主」

シベツの突っ込みに何も言えず項垂れたケンブ。

一方、その頃のエリアは。

「兄さま、本当に旦那さまは素晴らしいのよ。
剣の腕は一流で、この前なんて盗賊に襲われそうな商団を見張り台から見つけた旦那さまは、陣頭指揮をとり見事壊滅させたの。
私は見張り台から逃げ出そうとする者を狙って矢を放ちましたら、戻ってきた旦那さまに頭を撫でて頂きましたの。

それに笑うとエクボが出来るのも素敵で…」

エリアの話は、あのボンクラ辺境伯がいかに部下や領民に慕われているか等。サビースはニコニコ聞いていたが、

「それにお花やハンカチを頂いた時も、きっと似合うと仰って頂けたから嬉しくて。私、身体が小さいので同年代の方に会っても子ども扱いされてきたでしょ。だから普段なら調べない花言葉の本なんて読んでしまって…

少しだけ悲しくなりましたの。でも、あんなに素敵な方と一時でも夫婦になれた事で満足しなきゃダメですわね!」

眉尻を下げ笑うエリアにサビースは少し考えを廻らす。
本当なら、すぐエリアを連れ帰るつもりであったが、エリア大好きな兄としては悲しむ姿は見たくない。
しかし、あのボンクラ辺境伯にそのまま任せるのも癪に障る。

「そう言えば、お義姉様は?」
「あぁシェキなら今、こちらへ向かっている」
「本当に? 久しぶりに会えるのね!」

喜ぶエリアに、隣国から帰って来ると連絡があったシェキにサイシュ辺境領へ寄るよう言伝をしていた事を思い出した。

エリア至上主義な彼女は反対するかも知れないな…



サイシュ辺境の屋敷。今は滞在二日目だ。サビースが滞在する部屋へエリアは毎日通い、サイシュ領地の事を事細かく説明した。

「まだ本格的な取引先は無いのですが、この独特な模様は壁に飾っても美しいと思いますわ!
かなり手間がかかりますが、冬場の収入として領民の方々の助けになると考えております。
施しは一時の癒やしにはなりますが、長期間になれば働ける場所を作る方が有意義じゃないかと」
「うちの妹が賢すぎて、行動力もあり可愛いなんて。もしかして天使かな?」
「もう! 兄さま、ちゃんと話を聞いて下さい!
私が居なくなった後も、領民の方にとって少しでも力になればと…」

怒りながらも、耳が少し赤らんで照れている姿に頭を何度も撫でていると。バタバタと走る足音が近付き、壊れそうなほど乱暴に扉が開いた。

「エリアちゃん!! 勝手に家出しちゃダメでしょ。サビースが鬱陶しいから家出したの? ならば私は妻としてサビースを可愛いエリアちゃんの前から消し去ってあげるわよ」
「シェキお義姉様! 兄さまはとても優しくてよ。それより家出じゃなくて結婚しましたの」
「何? 可愛いエリアちゃんが私に知らせずに結婚…

はっ! もしかして余りにも可愛いエリアちゃんを攫った不届き者が居るって事ね。
大丈夫よ、私が片付けてくるから」

スカートの中から短剣を取り出し、走り出そうとしたシェキをサビースは背後から抱き止めた。

「久しぶりに会ったのに挨拶もキスも無しなの?」
「愛しいサビース、だけど私は可愛いエリアちゃんを守るとキャシー様に誓いましたわ。だからキスは敵を倒したあとで」
「母との誓いならしょうがないね。私も一緒に行こう」
「サビース!!」




二人が抱き合う姿を見て、エリアは温かい気持ちになったが、首をコテンと傾け考えた。

敵とは誰でしょうか?

まぁ、兄夫婦の仲睦まじい姿はほっこりしますわね。

「私も兄さま達みたいにサイシュ辺境伯さまとなりたかったわ…」

思わず弱音を吐いてしまい、慌てて笑って誤魔化そうとしたのに。

「サイシュ辺境伯… それが敵の名前ね。
サビース!! あなた何をやっているの!
大切なエリアちゃんの泣きそうな顔を見て何も行動しなかったのかしら!」
「大丈夫だよ、期限は一週間。それまでに答えが出ないならエリアは連れて帰ると家令君と約束してある」

何やら二人で囁きあって、同時に私の顔を見てニッコリ笑う。

「では、父へ手紙を出しておきますのでサビースもちゃーんと働くのよ」
「あぁそちらは頼む」
「じゃあエリアちゃん、少しだけ待っててね。このシェキお義姉様に全て任せなさい」

満面の笑みで部屋を出たシェキお義姉様だが、未だ片手に短剣を持っていたのは見間違いでしょうか?

「そう言えば、シェキお義姉様のご両親は確か」
「前王弟の元大公夫妻だね。今は隠居しているけど、いやぁ懐かしいな。最近会ってないがご健勝と聞いている」

母に憧れていると単身乗り込んで来たシェキお義姉様が、高位貴族だと知ったのはお兄さまとの結婚式だった。

「でも、シェキお義姉様は笑顔が一番ですわね」

再びソファへ並び座る兄妹は、その後もサイシュ領地の話に花を咲かせた。




「エリア様を奥様とお呼び出来るのも、あと僅かですね」
「煩いぞ! エリアはまだ俺の妻だ!」

そう言ったものの、サビース殿に言われた事に頭を抱えていた。

『エリアはね、この領地が大好きらしいんだ。今日も色々な事を教えてくれたよ。

でもね、エリアに対して行った事実は無かった事にはならない。家令君がいくらフォローしていたとしても、あるじはキミだよね。
知っていたかい? あのバカ女達がエリアに何を言い、何をしたか。

そして、エリアが何故。白い結婚を言い出し、一年で離縁すると言ったかを。

全て知ってから、尚。エリアと共に生きると決め、エリアも同意したならばキミとの結婚を認めよう。

大丈夫、陛下には話を通してあるからね。結婚の事実すら無かった事になるから安心してくれ。

期限は一週間だ。それまでにキミが何も動かなければ当初の予定通りエリアは連れ帰る』


既に二日経過。アイリーンの事はシベツに聞き、すぐに分かった。もちろんメイド達の事もだ。
メイド達からはエリアから奪った分を取り戻し次の紹介状無しで追い出した。
アイリーンは何故かシベツが監視している。

「アイリーンはまだ地下牢か? 修道院へでも入れた方が良い」
「あのバカ女の為に修道院へ寄付金を出すおつもりですか?」
「ハンナは最後まで両親へ仕えてくれたんだ。頼る者がいなくなり、アイリーンもしょうがなく俺に執着したんだろう。修道院への寄付金位、出すのは惜しまん」
「はぁ、本当にバカですか?  その寄付金は領民からの税収ですよ? それにエリア様から見たらどう思われるでしょうかね。
毎年、バカ女の居る修道院へ寄付金を送る夫。数年は我慢なさるかも知れません、しかし十年、十五年となれば何と思われるでしょう。
アイリーンは今は平民です、しかしサイシュ辺境伯から依頼しアイリーンを受け入れた修道院は、アイリーンの後ろ盾をサイシュ辺境伯と思うでしょう。そしてアイリーン自身もですね」 

「じゃあ、どうしろと言うのだ!」

「だから何度も言っていますよね立場を分からせろ、アイリーンは使用人だと。せめて屋敷から追い出せとも言っておりました。
ケンブ、お前が大切なのはどっちだ?
奥様か? アイリーンか?」

「エリアに決まっている!」

ケンブが立ち上がると同時に、扉がバンッと開き妖艶な美女が部屋に乱入してきた。

「今の話、聞きましたわ! 私がバカ女とやらを引き取りましょう。なぁに殺しはしないが、可愛くて優しく頭も良くて可愛いエリアちゃんに何をしたか身を持って分からせてあげましょう」
「誰だ!」
「何があってもエリアちゃんを守ると誓った可愛いエリアちゃんの姉よ!」

「サビース様の奥方様でしたか。ようこそサイシュ領へ起こし頂き…」
「そんな挨拶なんていらないわ。そこに居る可愛いエリアちゃんの自称夫に話をしにきたのよ。
あと、バカ女の話もじっくり聞きましょうか」

口元は笑っているように見えるが、その瞳は鋭い。
あぁ… サビース殿と同じ人種だ。これは正直に話すしかないだろう。

「しかし、俺は!」
「あなたの気持ちなど、今は聞きたく無いわね。先に可愛いエリアちゃんの身に、何があったか話を聞いてからよ」

「あぁ… 全て話す。だからひとつだけ約束してくれ、サビース殿から与えられた期間。何があっても口出ししないで頂く」
「いいわよ。その約束は必ず守りましょう」



******

サビース夫妻から許されたエリアへの告白期間。
ケンブは頑張った… 口下手で普段でも厳つい彼が、覚悟を決めてエリアと話そうと気合いマシマシで頑張った。
でも、傍目にはケンブがエリアの姿を見つけては、睨み付け。持っていた剣の柄には手型が残るほど強く握りしめているだけ。
当然、毎日ケンブの姿を見ている自警団員達はケンブが何をしたいのか全く分かっていない。



『最近のケンブ様、何か嫌な事があったのか?』
『いつにも増して、威圧感半端ないよな』
『お、俺。聞いたっす』
『何をだ? 早く言え新入り!』
『その…』
『だから早く言えよ!』
『はいぃぃ! 町で聞いた噂話っすけど。領主様の奥方様が、領主様の真実の愛の為に身を引くって話っす。
なんでも、美しい幼馴染みを諦められない領主様は政略結婚で来た奥方様を目の敵にしてるとか』
『っ! それは本当か!』
『あくまでも町の噂話っすよ!』
『ケンブ様の幼馴染みと言えば、性悪女のアイリーンか』
『うわっ! ケンブ様、女の趣味最悪』
『ちょっと待て、じゃあエリア様はフリーになるのか?』
『止めとけ、お前みたいな奴をエリア様が見初める訳無いだろ』
『じゃあ、お前はどうなんだよ』
『これでも一応、男爵家の出だからな。あぁ… エリア様が俺の妻…』

見つめ合う独身の自警団員達の心はひとつ。

【誰にでも優しく可愛いのに。敵には容赦無い最高のエリア様を我が妻に!】

『誰がエリア様を射止めても、恨みっこなしだぞ』
『『おー!』』


そんな事になっているとは全く知らないケンブ。

恋人になって欲しい。
いや、既に名目上は妻だ。じゃあ本当の妻になって欲しい?
そもそも、エリアは最初から一年だけだと言っていた。しかもアイリーンがした事を知らなかったとは言え、放置してたのは俺だ。
悶々と考え、グルグルと出口の見えない自問自答を繰り返し。結局、何をしたかと言えばエリアの姿を見るたびに一歩が踏み出せず、眉間に皺を寄せてジッと見るしか出来なかった。

しかも、問題は他にもある。

「シェキお義姉様! 今日は機織り体験ですわね。ご一緒出来るなんて楽しみです!」
「あぁ… なんて可愛いのかしら? いや、天使かしら?」
「もう、兄さまと同じ事仰らないで。恥ずかしくなっちゃいます」

視線に気付いたシェキ殿は、勝ち誇るようにエリアの頭を撫でながら俺を鼻で笑う。

『口は出して無いわよ』

目が合った時、声は出さずとも口元で何を言ったか分かるが。

「約束の時間に遅れちゃう、シェキお義姉様! 早く!」

エリアに腕を回され、楽しそうに見上げた顔に自分へ向けられている訳じゃないのに、胸の高鳴りは抑えられない。


『見ろよ、エリア様へ今にも離縁を突き付けそうな顔』
『ケンブ様の視線からエリア様をお守りしなければ!』

こっちはこっちで、変な勘違いをしている独身自警団員達は、エリアを守るべくケンブの前で鍛錬を始めた。


クソっ! エリアが見えないじゃないか。しかも何故、みな俺の前で始めるんだ。



警邏の為に町へ出れば、領民しかも女性の多くから、ケンブは冷たい視線に晒された。
自警団長や既婚者の男性からは、
『あばたもえくぼ? 違うな。変な性癖でもあるのですかな?』
等、意味不明な事を聞かれたり。

意を決してエリアに近づこうとすれば、何かしらの妨害があり三日目には姿すら見当たらない。



「シベツ… 約束の期限は今日まで。屋敷内ではメイド達がエリアを囲い、しかも常にシェキ殿が隣に居る。
町へ出ても、領民達が遠巻きに何か言っているんだ。
このままエリアとは別れた方が彼女の為なのか…」
「本当にそうお思いなら、きっぱりさっぱり奥様の事は諦めるのですね。
そこまでの気持ちが無かったと」
「ダメだ! エリアは俺の妻なんだ!」

朝から曇天、執務室も重い空気漂う中で大声を上げた時。ノックの音と共に現れたのはサビースだった。

「やぁ、私との約束の期限は今日までだ」
「分かっている。サビース殿、一度で良い。エリアと二人きりで話す時間を頂きたい」

毎日、執務室へ来てはケンブを激励(と言う名のからかい)をしてきたサビース。

「シェキはエリア至上主義だからね。でも、ちゃんと話す事はお互いの為には必要かも知れないね」
「では!」
「まぁ、待ちたまえ。そもそもエリアが何故、この地へ来たのか知っているか?」
「王命だと伺っておりますが」

ソファへ座ったサビースへ、シベツがスッと紅茶を差しだしながら答えた。

「家令くん。それは表向きだよ、インタ子爵家と縁付きたい貴族は国内外問わず多数居るんだ。
まぁエリアは知らないけれど、送られてくる釣書きの中には、どこぞの王族の名前すらあった」

ギョッとして思わず眼光鋭くサビースを見たケンブだったが。

「まぁ座れ。その分じゃ陛下からの手紙すら読んでないな」

サビースに促され、対面のソファへ移動したケンブは、シベツも部屋を出るように目配せをした。


シベツも居なくなり、清々しい朝とは程遠く重力マシマシの執務室。

「インタ子爵家を排除しようとする一部貴族がいるのは知っていたかい?」
「まぁそれとなくは聞き及んでいる」
「前回の魔物大量発生が人為的災害だと言えば、辺境伯を名乗る君なら想像出来るかな」

シベツから聞いたエリアの事か…

「では、エリアの祖父母殿と母君が亡くなったのは」

「そう、彼らの仕業だね。もちろん私からも報復はしたけど、父はエリアの幸せを考えたのだろう。
陛下を巻き込んで、エリアの気持ちを無視した件は帰ってからきっちりかたをつけるとして。
陛下と父がエリアを守る為に考えたのが、君との婚姻だよ。辺境伯と言えば下手な小国の王族より立場は上だ、王子との婚約も考えられたみたいだが、第一王子ですらまだ八歳では歳が違い過ぎる。陛下からの手紙には書いてあったはずだが。

普通の御令嬢がマナーを習う時間に馬へ乗り、刺繍をする時間に魔術を習い、ドレスを新調するお金で弓を買い、お茶会へ出る代わりに討伐へ出る。

それを領民の為、強いては国民の幸せの為になれると笑うんだ。

大切な娘であるエリアに、お互い支えあう相手を見つけたいと思った父の気持ちは分かる。
けれど、君は本当にエリアを幸せに出来るのかい?

あの手紙にも書かれていたはずだ。魔物大量発生で、エリアは子どもが産めない身体と診断された。跡継ぎの事もある、私はまだ若い君に違う出逢いもあるような気がするんだ」

「サビース殿、でも何故エリアはそこまで。女性なら幼くともまして貴族ならば、ドレスに憧れたりするのでは?」

「私達は、本当は三兄妹だったんだよ。私の八つ下に弟がいた、高い塀に囲まれた屋敷へ魔獣が迷い込む事など有り得ない状況で何故か庭に魔獣が現れたのだ。
それに気付かず遊んでいたエリアを庇い弟は亡くなってしまった。
後の調べで、ある貴族が関わっていた事が分かったのだが。魔物大量発生も奴らの仕業だ、弟が亡くなった時は充分な証拠が見つからなかったが、二年前の大粛清は流石の君も知っているね」

一大派閥と言われていた公爵家が粛清対象となり。
それに連なる家々も、領地の没収や降格等、貴族社会ではかなり混乱があった。

「エリアはまだ十歳だったが、自分を庇ったせいで亡くなったと毎日泣いて。
三ヶ月後からだ、母に強くなりたいと願い修業を始めたのはね。

弟は弓が得意で十五歳ながら討伐へも後方支援で活躍していた、弟の分まで自分がみんなを守ると言い出した時には誰も止められなかったんだよ。
弟が常々言っていたのは、街道を守る事は領民の為、強いては国民の幸せの為になる。
エリアは弟の意志を引き継ぐ覚悟をしたのだろう」

淡々と話すサビースの話を聞きながら、ケンブはエリアの心を垣間見た気がした。

『旦那さま、この地は厳しくも領民の皆さまが温かくて素晴らしいですわ。

ほら、見て下さい。
最近、自警団へ入った彼は家族と行商中に魔物に襲われて、このサイシュ辺境の自警団の方々に助けられたと言っていました。
今度は自分が誰かを助けるんだと話していたわ』

あの時、エリアは何を考えていたのか。後から、その少年の事を団長から聞けば、たまたま遠征中に助けたのだと言っていた。

街道が整備されていない道を通るのは命がけだ。
領主の考え方ひとつで、道は安全にも危険にもなる。

「俺はエリアの意志を尊重する。だが、もし俺と共に居てくれる未来があるなら全力でエリアを守りたい」

「素直に守られてはくれないよ」
「ならば一緒に戦おう」



サビースはケンブの顔つきが変わった事に気づいた。
覚悟を決めたのだろう、シェキには怒られるかも知れないが、ありのままのエリアを受け止められる者は少ない。


「ラストチャンスだ、ケンブ殿」
「どの様な結果になろうと、俺は受け入れる。サビース殿、俺はエリアだけじゃなく。あなたに会えた事も幸運だと思っている」

ケンブ自身、二十歳の時に両親を亡くし十分な引き継ぎも無く辺境伯となった。

それからは無我夢中だった、辺境伯の名の重さに一人で吐いたのも一度や二度じゃない。

あれから三年。
やっと俺なりのやり方が見えてきたが、エリアはまだ十八歳。俺よりエリアに似合う男はごまんと居るだろう。

だが、俺はエリアと共に居たい。


「エリアを呼んでこよう。話せて良かったよ、ケンブ殿」

サビースが立ち上がると、ケンブの肩をポンッと叩き笑って部屋を後にした。




「お兄様から執務室へ行くよう言われましたが」

今日は珍しくドレスを着ていたエリア。いつもは動きやすい男性が着る服が多いので、薄化粧をしたエリアに一瞬見惚れてしまった。

「っ! あぁ。少し話をしたいが大丈夫だろうか?」



執務室へ入ったエリアが最初に感じた違和感。

旦那さまの態度は、今までと違いますわ。何やら酷く緊張しているのか、これまで何度も顔を合わせ話もしてきましたが。こんなに威圧感を覚えた事は無かったわね、よく考えれば、二人きりで話す事も初めてだわ。


今朝はシェキお義姉様に起こされ、ドレスを着せられたかと思えば。兄さまも顔を出して頭を撫でてから足早にどこかへ向かって行った。

『こんな可愛いエリアちゃんを一人で敵陣へ送るなんて!』
『敵じゃないけどね。シェキも納得してくれただろ』
『可愛いエリアちゃんが断れば良いだけだわ! 大丈夫、何があっても私はエリアちゃんの味方よ!』

旦那さまの執務室へ行くよう、兄さまから言われ。部屋を出る前にシェキお義姉様からムギュムギュと抱きしめられた。

兄さま達の話は全く分からないけど、敵陣へ奇襲をかけるならドレスはダメじゃないのかしら?


「まぁ… 座ってくれ」
「はい旦那さま」


<まず敵の情報共有からね。しっかりお役目を果たし、旦那さまのお力になれるようにしないと>

「旦那さま、二人だけでお話なさると言う事はかなり重要な内容なのですわね」
<最近、野盗の被害が頻繁にあると聞いているわ。人攫いもあったわね、まぁ既の所で救出されたけれど>

「っ! そ、そうだ。エリアにとっては信じられない話かも知れん」
<もしかして、サビース殿が話を先にしてくれていたのか! だが、俺の言葉でちゃんと伝える事が大切だ>

「大丈夫ですわ、私はいつも覚悟しておりましたから」
<接近戦は得意では無いけれど、敵のアジトを知らせる事くらいは出来るわ>

「覚悟… そうか。そこまで考えてくれていたのか」
<その覚悟は、どっちだ? ま、まさか最初の言葉通り離縁する覚悟じゃないだろうな>

「はい。もちろんです。私はサイシュ辺境伯さまの、旦那さまの妻として精一杯やり遂げて見せますわ」
<パキング兄さまの願い、街道を守る事は領民の為、強いては国民の幸せの為になる。野盗なんかにこの幸せを壊される訳にはいきません>

「俺の妻として…」
<アイリーンの事で、知らなかったとは言えエリアには辛い思いをさせたのに。まだ俺の妻だと言ってくれるとは>

「エリア、俺の話を聞いて欲しい。全て聞いてから答えを聞きたい」
<覚悟はとうに出来ている。これで離縁となろうとも、この国の盾として俺なりにエリアを守ると誓おう>

「はい。旦那さま」
<シェキお義姉様は断っても良いと仰ったけれど。私は少しでも旦那さまの力になりたい>


ケンブは立ち上がると、エリアの前に跪き。しっかりとエリアの瞳を見つめた。

「だ、旦那さま…」

「エリア、このまま一緒に居てはくれないだろうか」

「え? そう言う設定ですか? 奇襲なら女一人の方が敵も油断すると思いますの。ドレス姿で、まさか反撃されるとは思わない所を一網打尽出来ますわ! 旦那さま完璧な作戦です。で、私はどこで囮役をやればよろしいのかしら?」

こてんと首を傾げるエリアと、意味が分からず固まるケンブ。

「エリア… 何の話だ」
「最近、領内を荒らしている野盗を捕まえる作戦会議ですわ!」

ふぅ。と息を吐き一度ゆっくり目を閉じて気合いを入れ直したケンブ。
どこがどうなって奇襲作戦になるんだ。しかもエリアを囮役になどさせるものか!

「そんな話では無い」
「では、何のお話ですの?」

旦那さまにじっと見つめられると、顔が熱くなるわ。確かに顔の傷で怖く見えてしまわれるけれど。

「エリア… 愛している。このままサイシュ辺境伯の、俺の妻として一緒に生きてくれ」
「っ! それは…」

「最初は強要された婚姻であったのは事実だ。
しかし、エリアを知れば知る程に惹かれていった。
アイリーンの事で辛い思いをさせたのは俺の過ちとして、どんな叱責でも受けよう。だが、少しでも俺と生きる道があるなら、考えては貰えないだろうか」
「… 私は子を成す事が出来ません。そんな私が旦那さまの隣になど」
「子どもは養子でも育てれば良い。俺はエリアと一緒に生きたい。

好き… なんだ。エリアは信じられないと思うが本当に好きだ、愛している」

旦那さまが私を好き?

「私も… 最初はお飾りの妻で一年だけのつもりでおりました」

旦那さまは話し始めた私の言葉を黙って聞いてくれる。

「けれど、旦那さまとの時間は、いつも楽しくて鍛錬の時も一緒に見張り台をまわる時も、本当なら子どもが産めない私が隣に立ってはいけないと何度も考えましたわ。
一年だけ、と自分に言い訳をしてましたの」

最初はアイリーンと言う女性と婚姻出来ないからお飾りの妻が必要で、私も構わないと思ったのに、旦那さまと触れ合う度に心惹かれる自分の気持ちに気づかないふりをしてきた。

「でも… 私は旦那さまに恋をしてしまったわ」
「ならば! 俺と共に」
「それは出来ないの。だって私は貴族としての役割が出来ないのだもの」

血を引き継ぐ。それは貴族ならば当たり前の事が私は出来ない。
今は良くても将来、旦那さまは自分の子を抱いてみたいときっと思うわ。でも、私にはそれが出来ない。

「子が産めないからか?」
「その通りですわ」


「分かった… サビース殿と一度インタ子爵家へ戻ってくれ。但し最初の約束通り、一年は離縁しない」

真剣な瞳を真っ直ぐ受けたエリアは頷くことしか出来ない。

「分かりました。短い間ですがお世話になりました」

これ以上、この場にいれば涙が溢れそう。
エリアはケンブを振り返る事なく、執務室から居なくなった。
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