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第一章

第十三話

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 ヴァンがサーニャを見たというのは商会ギルドのある大通りだった。ここはギルドを中心として商店街になっており、昼夜問わず人の出入りが絶えない場所だ。
 まあつまりは、人探しには絶望的に向かない場所だとも言える。

「取り敢えず、ここのどこで見つけたんですか? 少しずつ追っていきましょう」
「見たのはあの食材屋だな。ちらっと見えただけだが、多分間違いないだろう」

 そう言ってヴァンが通りの一角にある食材屋を指さす。よくある八百屋と言った風体の店だ。だが流石に大通りに店を構えられるだけあって店舗は大きく、客足もある。

ーーこんなんじゃ客がどこに行ったのかなんて覚えていそうにないな……。ましてや昨日の話だし。

 念の為店主に聞いてみるが、知らねえ、と邪険に追い払われて終わる。

ーーあー、クソ。だが彼女は優秀な密偵だ。是が非でも雇いたい。帝都で行きそうなところを探ってみるか?

「密偵ギルドに依頼してみるか? 今日一日だけなら大人数雇っても金銭的には何とかなるだろう」

 ヴァンが提案してくるが、その案は使えない。まず第一に、密偵が密偵を探している状況でサーニャがおとなしく見つかるわけがない。危険を察知してすぐに逃げるだろう。その点フリートとヴァンの場合は貴族であるため、依頼人であるという可能性が出てくる。バレてもすぐに全力で逃げるということは無いはずだ。
 次に、フリートはサーニャを密偵として使いたいと考えている。それなのに他のフリーランスの密偵に顔を教えるなど今後の事を考えれば絶対にアウトだ。暗躍者は姿が分からないからこそ意味がある。

「他の密偵は使いたくないですね。仕方ありません、今日中に探せるだけ探してみましょう」
「分かった」


   * * *


ーーいねえ……。クソ、ゲームでサーニャが使っていた宿屋にも泊まっている形跡がなかった。もしかしたら似ているだけの別人だったか? ……いや、だとしても探す価値はあるだろう。信頼できる密偵なんてそういないからな。

「いませんね……」
「そうだな……。もしかしたら見間違いだったのかもしれん。すまない」

 ここまで見つからないと責任を感じてきたのだろう。そう謝ってくるヴァンにフリートはひらひらと手を振って応える。

「大丈夫ですよ。それより、次が最後の候補です。ここはあまり行きたくは無かったのですが、仕方ありません。……ヴァンさん、警戒をいつも以上にお願いしますね」
「……? ああ。だが、何処に行くんだ?」

 帝都ないにもかかわらず警戒を呼び掛けるほどの場所。
 ゲームでは一度もその描写を見ることは無かったが、サーニャの公式設定には確かにこう記載されている。

貧民街スラム。その中の孤児院に訪れて見ましょう」
「ーー正気か!? あそこだけは止めておけ。フリートは連中にとって良いカモにしか見えないぞ!」

 ヴァンが珍しく声を荒げる。
 最もそれも無理はない。貧民街は帝都の闇。人身売買、違法薬物、あらゆる犯罪の温床となっている。帝都内でありながらも帝国法が効かない場所の一つであり、入ったら二度と出てこなかったという話はごまんとある。
 だからこそフリートはこうして最後まで残していたのだが、こうして他の場にいない以上入るしかない。
 最大限の警戒をもってスラムに足を向ける。街では剣を持っていなかったが、今は腰に帯びている。
 最も剣を帯びていると逆に威圧しているように見えてしまう可能性もある。それ故風魔法を応用してフリートは剣を不可視化していた。

「寂れた光景だな。だが、人の気がないわけでもない」

 遠巻きに貧民たちがフリートたちを伺っている。ヴァンが剣を見えるように帯びていることもあり多くは近づいて来ないが、何には金をねだって来るものもいた。

ーー気持ち的には渡してやりたいけどな。一度渡したらきりが無くなる。ここの人たちを豊かにするにはもっと根本的な解決策が必要なんだ。

 必死の形相でねだられるたび渡しそうになる右手を押えつつ孤児院に向かう。孤児院は貧民街の真ん中らへんにある建物だ。最奥でも入り口でもなく、重大な犯罪者は少ないが麻薬使用者程度ならざらにいる。
 ツン、と鼻につく匂い。
 思わず手で鼻を覆った。

「……。そろそろです。会話は俺がしますので、ヴァンさんは周囲の警戒をお願いします」
「了解した」

 孤児院は、やはりというかボロボロの建物だった。元は宿屋か何かだったのか看板らしきものがあるが、今となってはなんと書かれているかわからない。
 扉もないため、取り敢えず中に入ることにした。

「すいませーん、誰かいらっしゃいますか?」

 ガタ、と二階で音がなった。次いで小さな足音が一斉に鳴り、そしてまた静かになる。
 沈黙が続く。

「誰も出てきそうにはないか、ーー!?」

 まずヴァンが反応した。そして一瞬遅れてフリートが。
 横にいたはずのヴァンが掻き消え、背後に現れたに剣を振り下ろすーー。

「ヴァン待て!!」

 首筋まで残り数ミリといったところ。刃が止まった。

ーー危ねえ……。流石は剣聖といったところかな。……そして、長かったがようやくのご対面か。

 白髪のショートヘアに黒目をした小柄な女子。薄汚れたフードを被っていて、その中の表情は命の危機だったというのに憎たらしいほどの陽気な笑みだ。

「はじめまして、かな。フリート・シントール、伯爵家嫡子殿?」
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