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見ない振りした裏切り

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 ガタガタと揺れる馬車の中、私は視線はぼんやりと宙を彷徨っていた。侯爵家が用意したとは思えないボロボロの馬車は今の私にお似合いなのかもしれない。
 雨が降れば雨漏りしそうな天井に破けかけの椅子、カーテンまで薄汚れていて笑いが込み上げてきそうになる。

 私とアンネマリーは双子としてあの家に生まれ、何不自由なく育てられた。昔はアンネマリーも私と仲良く遊んでは疲れて一緒のベッドで眠っていたりもした。
 初恋の人も同じで、二人で話しかけられるたびにきゃあきゃあと騒いだりもして。

 そんな私とアンネマリーの関係が変わったのは、カールハインツとの婚約がきっかけだったと思う。二人の初恋の相手でもあるカールは私との縁談を受けてくれた。
 聖女が産まれるとされる私達の家では、昔からこの国で一番力を持った貴族との婚姻が決められていたから。

 その時私とアンネマリーは共に十六歳だったが、どちらも聖女としても力は顕現させてはいなくて。そんな中決められたカールと私の婚約で、アンネマリーは数日塞ぎこんでしまうほどだった。

 カールは私を大事にしてくれたし、私も彼を純粋に慕っていた。このままいけば私たちは良い夫婦になれる、そう信じて疑いもしなかったの。
 
 ――アンネマリーが突然、聖女の力を顕現させた半年前までは。




 それは本当に突然だった。私とカールの結婚が近づくにつれ部屋に篭りがちになっていたアンネマリーが、不思議なオーラを纏うようにして急に現れ美しく微笑んで見せたのだから。
 昔から聖女は不思議な力を持ち、その国を正しく導き栄えさせる存在だと言われている。そんなアンネマリーの能力はすぐに広まり、聖女の誕生だと大騒ぎになった。

 力を顕現させたアンネマリーと何も出来ない私では、段々と周りの見る目が変わっていくのが分かった。父も祖父母も妹に過保護になり、どこにでも連れて行くようになる。
 そうすれば聖女であるアンネマリーの加護を受けるため人が集まって、彼女の存在を讃えるのだから。その内に力のない私は居てはいけない存在のように扱われるようになり、ひっそり屋敷の中で隠されるように暮らすようになった。
 誰もかれもがアンネマリーの味方で、いつの間にか私の周りには誰もいなくなって……

「でも、それも聖女の力なのよね」

 彼女が力を使う時は決まって甘い匂いがする。そうすると数分もしないうちにアンネマリーがふわりと現れ、その聖女の力を使ってみせるのだ。
 暖かな春の日の中で癒されるような、それでいて満たされる感覚。あれが昔から伝わる癒しの力というものなのかもしれない。

 自分の手をじっと見つめても、何も起こらない。アンネマリーは力が溢れてくると言っていたがそれがどういうものかも分からない。




 婚約者のカールハインツの態度の変化に気付いたのもアンネマリーが聖女の力を顕現させてからの事だった。私の部屋に通う回数が減り、いつの間にか手紙もろくに来なくなった。
 それでも騎士団長という任務に就いている彼に我儘を言うことは出来ず、黙ってカールに会える日だけを待っているだけで。
 そんな自分も良くなかったのかもしれない。

「必ず結婚相手を君に変えてみせるよ、もう少しだけ待っていて欲しい」

 運悪く聞こえてきた話声、その声の主がカールであることはすぐに分かった。そして「嬉しい」と答えたのが妹のアンネマリーだということも。
 その後、どうやって自室に戻ったのかさえ覚えていない。ただ、本当にショックだった。

 そして誕生日の夜会の前日、アンネマリーから薔薇園へと呼び出された私は彼女に突き飛ばされて冷たい池の中へと落ちた。

 ――はずだったのに。

 目を覚ませば、私は聖女であるアンネマリーに危害を加えようとした姉だと囁かれるようになっていた。突き落とされたのは私のはずなのに、そんな私の言葉を信じてくれる人など一人もいなかった。

 ……そして私と妹の誕生日の夜会で、あのような婚約破棄となったのだ。きっと私を見せモノにするためだけに、あの日を選んだのだろうと思うと悔しくて涙が滲んでくる。
 強く手を握る事でそれに耐え、ただ黙って辺境地に向かう馬車の中で俯いているしかなかった。


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