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予想していた婚約破棄
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しおりを挟む「シャルロッテ・ファーレンハルト! 今日を持って貴女との婚約を破棄させてもらう、理由は言わなくても分かるよな?」
それは私が十八歳を迎えた祝いの夜会での出来事だった。いつも優しく私を見つめていたはずのカールハインツの瞳は氷のように冷たく、まるで別人のように感じた。私とカールハインツは数年前に婚約が決まり、あと少しで一緒に暮らすはずだったのに……
いつも私がいた彼の隣には妹のアンネマリーが当然のように寄り添っていた。まるで悪夢を見ているようだった、信じていた二人の裏切りに声も出せなくて。
いつかこういう日が来るかもしれない、それはあの日から覚悟していたはずなのに。実際に現実になるとあまりにショックで、なかなか受け入れられなかった。
「ごめんなさい、シャルロッテお姉様。でも、私が本物の聖女なんだから仕方ないわよね?」
申し訳なさそうにアンネマリーはそう言うが、その言葉に心はこもっていない。彼女には最初からこうなることが分かっていたのでしょうから。
数か月前、妹のアンネマリーは聖女としての力を顕現させた。しかし私には何も起こらないままこうして十八の誕生日を迎えてしまった。
「我がベッカー家では聖女である女性との結婚が決められている。シャルロッテ、君は聖女ではない。この結婚は無効にさせて頂こう」
周りにいる貴族たちは私を見てヒソヒソと話し始める、ただ面白がる男性や同情するかのような瞳を向ける婦人たちも……その視線の全てが今は辛くて堪らなかった。
アンネマリーの右手には包帯が巻かれ、それもここに集まった人たちの想像を膨らませていた。
「そして……聖女であるアンネマリーを池に突き落とし怪我までさせた。そんな君をこのまま彼女の傍に置いておくわけにはいかない」
誤解だ! そう言ってもきっと聞いてもらえない気がする、つい最近まで私の味方だったはずのカールの瞳にはもうアンネマリーしか映っていない。
妹はさも傷付いた、怖かったと言うようにカールの腕にしがみつき身体を震わせている。
「ああ、カール。私はお姉様を恨んでいないわ、お願いだから彼女を許してあげて?」
「優しいな、アンネマリーは。しかし貴女は聖女なんだ、この国でただ一人の清き力を持った特別な存在だということをお忘れなく」
二人だけの世界を作っているようなアンネマリーとカールハインツの姿に胸が酷く痛む。好奇の目にさらされて、愛する人はもう自分を見てもいない。このままここにいる事だけでも十分拷問のようだった。
「アンネマリーに感謝するんだな、本当なら国外追放されても文句は言えなかっただろう。シャルロッテ、君には療養という形で辺境地ナーデラントへと向かってもらう」
ナーデラント辺境地とはこの国の中で人もほとんど住んでいないと言われ、野獣や魔物がいると噂されるほど。そんな場所ではカールが言うようにゆっくりと療養など出来るとは思えない。
けれど、カールハインツもアンネマリーも反抗することは許さないという目をしている。
「……わかり、ました」
私が声を絞り出すようにそう言うと、二人は笑みを浮かべ互いに見つめ合った。これで自分たちの間にある障害は無くなったと言わんばかりに。
奥歯を噛みしめ唇を固く結んだまま耐えるしかない、ここで泣けば余計に醜態を晒したと馬鹿にされる。
「明日の朝、辺境地へと向かう馬車を用意している。シャルロッテ、君はそれまでに支度を済ませ必ず明日の朝一番でここを出ていくように。分かったな!」
「ごめんなさい、お姉様……」
泣きまねをするアンネマリーに、それを見て怒りも顕に私にきつい言葉を浴びせるカールハインツ。
……茶番だ、こんなのは。
「はい、では私は準備のため先に失礼させていただきます」
これ以上ここに居る理由はない、この場所で誕生日を祝ってもらえるのは妹のアンネマリーだけ。
私は愛した人と大切だった妹に背を向けて、私達を取り囲む視線のなかその場を後にしたのだった。
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