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曇らない、その微笑み
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しおりを挟む「もう勝手にしてください!」
さすがに上司からお願いと言われては断る事も出来ず、私は前だけを向いて少しでも早く家に帰ろうと足を進める。そんな私に気を悪くすることも無く、梨ヶ瀬さんは笑顔のままで私の隣を歩いてる。
「まあ、横井さんが駄目だと言っても俺は最初からそのつもりだけどね」
つまり私を口で丸め込むことくらい簡単だという事なんでしょうね、確かに梨ヶ瀬さんならそうなのかもしれないけれど。
……やっぱり私は、この人の事が凄く苦手だわ。
アパートについて二階への階段を上れば、後ろから梨ヶ瀬さんもしっかりとついて来る。この人は口にしたことは絶対に実行するタイプなんでしょうね。
一番奥の部屋の扉の前、自分の鞄から鍵を出したところで梨ヶ瀬さんを振り返る。
「もう部屋まで着きましたから、帰ってもらって大丈夫ですよ」
心の中で早く帰ってくれと願いながら、なるべく失礼にならないように頭を下げてみせる。これ以上しつこくされてしまうと、あの男性と梨ヶ瀬さんのどっちがストーカーだか分からなくなりそうだし。
それなのに、この人は……
「駄目、ちゃんと中まで入って鍵をかけて? そうしてくれなきゃ帰ってあげない」
普通は部下に対してそんな脅し方ってしないと思うんですけど?
梨ヶ瀬さんはこう言ったからには、私が部屋に入り鍵をかけるのを確認しなければ気が済まないに違いない。私はもう大きな溜息を隠すことも無く、取り出した鍵で玄関のドアを開けた。
ドアを開ければそこは私だけの城、何より落ち着く空間が広がっている。今まで数少ない友人しか招き入れた事の無い大事な場所だ。
私はすぐに部屋に入り、扉を梨ヶ瀬さんの顔が確認できるギリギリまで閉める。せめて気を付けて帰ってくださいくらいは言おうと思ったのに……
「残念、もう少しで横井さんのプライベートな空間を覗けるかと思ったのに」
もう……この人とあの緑パーカーの男性、本当にどっちがストーカーなんだろう? 自分はちっとも素の顔を見せる気はないくせに、こっちの隠したい部分には遠慮なく入ろうとしてくる。
とても厄介な男性だと思う、本当に。
「そうですか、梨ヶ瀬さんは女性の部屋なんて見慣れてるでしょう? わざわざ覗くのならもっと可愛い子に頼んでみるといいですよ」
嫌味をたっぷりと含ませてそう言えば、彼は楽しそうに目を細めて顎に手を当ててみせる。
「そうやってまず一番に自分がターゲットにならなくて済むよう誤魔化そうとするよね、横井さんは。そういうのって逆効果だって知ってる?」
……それって何が言いたいんです?
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