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10. 影の過去
しおりを挟む16年前、この国の王妃は身籠り、やがて赤子を産んだ。
そっくりな双子の男児だった。
しかし残念なことに、この国において双子は忌み子とされていた。
根拠のない迷信であるとは、誰もがわかっていた。
だが、王の子が忌み子などと、国民の不安を呼び起こし、国の安寧に影響するかもしれない。
双子の誕生を知る僅かな人の中から、殺した方がいいのではないかと、そんな声が上がった。
──しかし、思いもしなかった相手から横槍が入った。
「忌み子?何を言うておる。双子はむしろ慶事であろう。殺すなどと、とんでもない。馬鹿なことを申すな」
そう異を唱えたのは、子らの母親である王妃だった。
王妃は、この国の王のもとに嫁いできた他国の王女だった。
彼女の国では、多胎児はむしろ吉兆の表れであり、忌み事とするこの国の慣習が理解できないようであった。
だから、彼女だけは唯一、男児の双子を喜んだ。
そして、二人も男児を産んだから義理は果たしたと、それ以来王妃は王と寝所を共にすることを拒否した。
気位の高い姫だった彼女は、同盟国とはいえ格下と見ていた国の主にこれ以上侍ることをよしとはしなかったのだ。
それからは王家主催の公式行事でない限り、王城の外れに建てさせた自らの離宮に引きこもって、好き勝手に過ごしているようだった。
実際、同盟国と言えど相手国の高い軍事力をその他の国への抑止力として期待しているこの国は、そんな王妃に対して強気には出られなかった。
王子の誕生以来夫婦関係は冷え切っているとはいえ、産まれた双子は男児で跡取りとなりえるために、側妃を取ることもはばかられた。
当然今の国王はその双子以外に子を授かるはずもなく、現在まで至っている。
同盟国との関係を考えると、王妃との子であるこの忌み子を王太子に据えるしかない──。
忌み子の誕生を知る、国王にごく近しい者たちは覚悟した。
しかし、国内の多胎児に対する認識を考えるに、王子が双子であったことは隠さねばならなかった。
──だから、二人の御子はふるいにかけられることになったのだ。
普通、王に御子が産まれたとなれば大々的にお披露目を行うものだが、産まれつき体が弱かったからとそれを避け、二歳まで先延ばしにした。
そして、二歳の時点でより壮健で将来有望そうな者を残すことになったのだ。
──その結果、エトムントが選ばれた。
選ばれた方は国をあげてのお披露目会の後、そのまま王子として王城に残った。
選ばれなかった方は、不幸にも死んだとして彼の存在を知る僅かな者たちに伝えられた。
しかし、実際は死んでいなかった。
そのことを知るのは父親である国王と、その右腕である公爵だけだ。
最初はもちろん、残さぬ方を殺そうとしたのだが──別の迷信が王の頭に過ぎったのだ。
──同じ顔の忌み子は、魂が繋がっている──
選んだ方とまったく同じ顔をしていた子を殺せば、片割れに何らかの影響があるのではないか──王は恐れ、選ばれなかった方も殺されなかったのだ。
結局、使われなくなって久しい離宮の地下に放り込まれ、ある程度の面倒を見られながら生き長らえることになった。
王城の者たちは片割れの姿がなくなると、その忌むべき記憶すら頭の隅に追いやって暮らした。
追いやられた彼は、長い間存在を忘れかけられながらも、それでも必死に生き延びていた。
◇
エリオットは、気づけば一人になっていた。
あるとき突然、それまでいたところから追い出されて、それ以来、薄暗い地下の牢の中が彼の住処となった。
小さい頃の記憶は朧げだがある。
今とは比べものにならないほど豪華な家に暮らしていた。
傍らには、自分にそっくりの子供がいた。
彼は"エトムント"と呼ばれていたと思う。
エトムントは、自分と比べて何に対してもよく反応したし、おしゃべりだった。
自分もあれこれ考えはしていたのだけど、咄嗟に言葉を出すのがまだ難しかった。
大人たちは、エトムントを「リハツな子だ」と言って喜び、エリオットを「グドンな子だ」と言ってため息をついた。
そうして、気づいたら牢の中にいた。
前までは何人もの大人たちに世話を焼かれていたのに、今はそんな大人は一人しかいない。
しかも、嫌そうにエリオットの世話を焼くのだ。
エリオットがだいぶ動き回れるようになる頃には、世話役はあまり姿を見せなくなった。
数日に一度、食べ物を牢の中に入れにやって来るだけだ。
その間隔が一週間になる頃には、エリオットは牢から抜け出すようになった。
誰もいないボロボロの建物の中をエリオットは歩き回った。
エリオットがいた建物には、隠し部屋や隠し通路がたくさんあった。
隠し部屋にはよくわからないけれど色々なものがあるし、隠し通路のいくつかはどこかわからないけれど色々なところに繋がっているしで、退屈することはなかった。
世話役が来るときだけ、牢の中に入っていた。
そうやって自由になったのはよかったが、今度は食べ物に困るようになった。
エリオットは仕方なしに、隠し通路の先から取ってくることにした。
隠し通路は、ほとんどがある程度進むとそれ以上行けないように潰されていたが、いくつかまだ使える道があったのだ。
それは、街の中や街の外、かつてエリオットが住んでいた豪華な家に繋がっているものもあった。
世話役がいつも口酸っぱく言っていた、「誰にも姿を見せるな」という言いつけだけは守った。
最初の頃は食べ物を作っている建物から適当に取ってきていたのだが、一度大人にばれて追いかけ回されるという、ひどい目に遭った。
それからは、隠し部屋で見つけたキラキラする石を代わりに置いてくるようにした。
そんなことをしているといくつかの建物は、キラキラした石を置かなくても、裏の方にわざわざ食べ物を置いてくれるようになった。
──彼が知ることはなかったが、高価な宝石があるのを見たいくつかの店の気のいい人たちが、おそらくは高貴な人が落ちぶれて困っているのだろうと哀れに思って、売れ残りなどを用意してくれるようになったのだった。
やがて貨幣の存在を知り、その使い方を覚えてからは、きちんと代金を置くようになった。
世話役が訪れるのがひと月に一度になる頃には、エリオットは隠し部屋で見つけた本を読むようになった。
文字は独学で学んだ。
エリオットが気づくことはなかったが、彼が読む本の内容はあっという間に大人顔負けのレベルになった。
魔法についての本もたくさんあった。
強力な攻撃魔法から癒しの魔法、精神に干渉する類の本来は禁術である魔法まで、優秀で無垢なエリオットは色々な魔法を練習し、習得した。
そうやってあれこれ読んでいると、エリオットはある本の中で"忌み子"のことを知った。
この国では多胎児を指してそう呼ぶらしく、彼らは災厄を呼ぶのだと怖れられていた。
エリオットは唐突に腑に落ちた。
──ああ、自分たちは"忌み子"だったのだと。
人恋しかったエリオットは、隠し通路からこっそり街の様子をうかがうことがあった。
人々のする話をあれこれ聞いた。
この国の王子の名は、"エトムント"というらしかった。
これまた、腑に落ちてしまった。
──ああ、自分は、本当は王の子として産まれたのだろうと。
だけど、エリオットに親や生き別れた片割れを恨む気持ちは湧かなかった。
"忌み子"は災厄を呼ぶ。そして王族は、国を護るべき人たちだ。
──だからきっと、国を護るためにエリオットがここに来たのだ。
国とは、つまり人で、エリオットのためにパンを焼いたり、ハムを作ったり、野菜を育てたり、温かい衣服を見繕ったり、そんな人々の集まりのことだ。
エリオットも王子だというのなら、王族としてそんな人々を護らなければならない。
エリオットがこの離宮にいるだけで国を護ることができるのなら、そんなにうれしいことはない。
エリオットは、悲しいくらいに純粋な男の子は、そう考えていた。
そう、思いこもうとしていたのに。
──すべてが一変したのは、彼が七歳を迎えたとき。
小さな少女が、泣きながら離宮を訪れたときだった。
そして、それこそが運命の出逢いだったのだ。
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