【完結】婚約破棄しようとした愚かな王子様は、『真実の愛』によって目醒め、婚約者と幸せに暮らしましたとさ。

福田 杜季

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9. 怪異と王太子

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暗いくらい離宮の地下。
ごく限られた人しか知らないが、そこには牢があった。

牢の中には人影がある。
地下の闇をすべて追い払うにはあまりに乏しい灯りにより、彼の姿が浮かび上がる。

泥と埃にまみれた牢内に転がされたせいで、もとは豪華であっただろう衣装は見る影もないほどに薄汚れてしまっている。
美しかったであろう黄金の髪も、脂と垢に汚れて張りつくように固まってしまっていた。

見るからに見すぼらしい姿だが、その顔には、目には、ぎらつくような凄みがあった。

「──随分といい姿になったな」

そんな彼に、声がかかった。
かけられた方はぎらつく目を上げる。

貴様ぎさま゛⋯⋯ッ!」
「どうだ、この離宮の住み心地は」
「貴様、許ざんぞ!私をごんな目に遭わぜおっで⋯⋯!処刑じでやる!」

牢の中で目覚めた後、大声で喚き続けたせいで、牢の中の男の声は掠れている。
今もまた、数日ぶりに発した大声にむせて咳こんだ。

「意気込んでいるところたいへん申し訳ないが、もうお前にそんな権限はないぞ、

訪問者は嘲笑いながら言い切った。
エトムントの目に剣呑な光が宿る。

「何を⋯⋯!貴様は、偽物だろう!」
「わからないか?俺が本物になったんだ。

ぎりぎりと歯ぎしりしてエトムントは悔しがる。
目の前の男──彼は、気味が悪いほどに自分とそっくりの顔をしている。

「人も宝だというのに、お前はそれを軽んじたからな。優秀な者を妬み、嫉み、率先して追い落とした。だからお前の周りには、お前と顔を突き合わせて話し合うことよりも、お前の背に隠れて甘い汁を吸おうとする輩しか集まらなかったのだ」
「黙れ⋯⋯ッ!」
「我々が入れ替わったことに気づいた者はいないぞ。お前は王太子であったのに、16年かかってもの人望しか築けなかったということだな。
──そんな男が王になるなど、国にとっては迷惑以外の何物でもない。事実、王太子殿下のを歓迎する者ばかりだからな」
「黙れぇ!」

エトムントが飛びかかろうとするも、鉄格子に阻まれた。
格子の隙間から必死に手を伸ばしても、相手は届かない位置にいる。
卑怯者めと口汚く喚き散らした。

「誰も気づかないだと?私の側近が気づくはずだ!」
「側近?王太子の威を借りて犯罪行為に手を染める奴らを、お前は側近と呼ぶのか?生憎だが、全員処断してやったぞ」
「何だと⋯⋯!」
「ああちなみに、俺たちの入れ替わりに気づいた奴はいなかったからな。どいつもこいつも、俺の足元に縋りついて赦しを乞おうと必死だった。実に見苦しかった。⋯⋯家からも勘当されて追い出されたようだが。まぁ、他者に寄生するしか能のない者たちだ。今頃はどこぞで野垂れ死んでいるんじゃないか」

指が真っ白になるほどに格子を握り締め、エトムントは目の前の男を睨む。
視線で人を殺せるとするならば、とうにこの男は死んでいただろう。それだけの眼力だった。

だがエトムントは、すぐにはっとした。

「カロリナは⁉︎ カロリナは気づいただろう!」

そうに違いない、とエトムントは確信する。
何せ、自分たちは真実の愛を誓い合った仲なのだ。
今頃はこの男が偽物であることに気づき、きっと動き出してくれているはずだ。

「カロリナ?──ああ、あの阿婆擦れか」
「貴様、言うに事欠いて阿婆擦れなどと──」
「死んだ」
「──は?」

思わず目の前の男の顔をまじまじと見る。
怖ろしいほどに冷え切った表情がそこにあった。

「聞こえなかったか?死んだ、と言ったんだ。国家への叛逆罪で処刑した」

次の瞬間、獣の咆哮のような慟哭の声が上がった。
言語であるかも怪しい言葉でしばらく喚いたエトムントは、その瞳に先程以上の憤怒と憎悪を燃やしながら目の前の男を睨む。

「こ、殺して⋯⋯ッ、殺してやる!考え得る限りの最も残虐な方法で殺す!私の、愛しいカロリナを──ッ!」
「何故俺を責める。俺は史上最悪の悪女を断罪してやったんだぞ」
「悪女だと⁉︎」

目の前の男がにやりと笑った。

「悪女だろう。王太子に禁忌の魅了魔法をかけ、自身に好意を向けさせて意のままに操っていたんだ。国に仇なす存在を処刑したんだから、むしろ感謝されこそすれ、恨まれるのはお門違いだろ」

その言葉はエトムントに混乱をもたらした。
すぐにそれに言い返せなかったのは、彼にも思い当たる節があったからだ。

カロリナは見目こそ良かったが、子爵令嬢に過ぎぬ女だ。
本来のエトムントであれば、公妾にしかできぬ身分の卑しい女になど、遊び半分で手を出しても、正妃にするなどのたまうことはなかったはずだ。
それがいつの間にか傍に置いて、夢中になっていた。

──今考えれば、あまりにもおかしい。

「それなら!すべてカロリナのせいではないか!あの女が魅了で私を操っていたんだ‼︎ そのせいで私はこんな目に──!」
「ふっ──本気か?じゃないのか?」

男が馬鹿にするように笑うのも気にならなかった。
騙された!陥れられた!その言葉だけがエトムントの頭を回る。

「早く私をここから出せ!あの女が死んだのなら私はもう間違えない!」
「馬鹿を言うな。お前はあの女が現れる前から愚かだっただろう」
「そんなわけがあるか!私は王太子だぞ!⋯⋯すべてあの女が悪かったんだ。あの女の魅了魔法のせいで⋯⋯!」

表情を歪め、呪詛のように呟くエトムントに、男が笑った。

「ちなみにその魅力魔法だが、さすが禁忌の魔法だけあって、あの阿婆擦れの力では数日も保たせられない代物だったようだ」
「──は?」
「おや、おかしいな。計算が合わない。学院の在学期間は三年。残りの期間──いや。ここほど、どうして王太子殿下は愚かだったのだろう?」

エトムントは何事かを言おうとしたが、ぱくぱくと口が動くだけで声は発せられなかった。
男がにいと笑う。

女性、しかも死人に罪をなすりつけるなどと、男の風上にも置けない奴だな。
いい加減に認めろ、誰かのせいではないんだよ。お前は、次代の王として修めるべき学問を軽んじ、支え合って国を統べるべき未来の王妃を貶め、国の礎となるべき優秀な人材を潰し続けた。誰でもない、お前自身の責任だ。
──そしてその罪は、万死に値する」

男は淡々と言う。
その顔に、心の底からの軽蔑を浮かべて。

「お前を殺せないのが残念だよ。精々その命のある限り、後悔と懺悔の日々を送るんだな」
「き、さ──貴様ぁあああぁあ‼︎!」

エトムントが喚き散らす。
辛うじて聞き取れたその言葉の中に、しかし、自らの責任を感じさせる言葉は一つもない。
ただただひたすらに、他者を貶し、悪し様に罵り、貶め、呪う言葉だけを吐き続ける。

──結局、この男にはそのような殊勝さの持ち合わせもなかったということか。

「じゃあな、"離宮の怪異"。──もう会うこともないだろう」

──あとは、ひたすら他者を恨み呪いながら、北方の冷たき監獄の中で死に損ない醜く生き続ければいい。

そう言って、は、地下牢に通ずる扉を閉めた。
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