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02. それからの日常
しおりを挟む女学院から帰ってくると、侍女の淹れたお茶を飲みながら一息つく。
学院での勉強のこと、他家の令嬢との人間関係のことや、家のこと、家族のことなどはいったん脇に置いて、くつろぐ。
この後はまた、様々な問題を考え、片付けねばならないのだ。だから、今だけは。
私室での、穏やかな時間。
目を閉じて静かに紅茶を味わっていた私の耳に、パタパタと軽い足音が聞こえてきた。
やがて、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
「お義姉さま、お帰りなさい!」
──私室での一時をゆったりと味わうことは、もう諦めつつあった。
それは、目の前にいるこの遠慮のない少女のせいだ。
「⋯⋯ここは私の部屋です。ノックをしてからお入りください、メリルさん」
「どうしてですか?だってわたしたち、家族なのですよ?」
「えぇ、同じ邸には住んでおりますね。同じ邸に住む者は、父から使用人まで、誰であれ私室に入るときはノックをいたします。貴女も当然そうするべきでしょう」
「そんな⋯⋯なんだか壁があるみたいで嫌です、お義姉さま」
壁ではなく、プライバシーの問題なのだが。
何度もくり返しているやり取りだが、彼女の返答は相変わらずだった。
額を押さえながらも、これまた何度もくり返した言葉を言う。
「何度も申しておりますが、私のことを姉と呼ぶのはお止めください。貴女は私の妹ではありません」
「たしかに、わたしとお義姉さまは同い年ですね。でも、お義姉さまの方がお誕生日が早いので」
「⋯⋯そういう話ではありません」
また頭痛がしてきた。
こんなことを毎日のようにくり返しているのだ。
父が彼女を養女にすると宣言したあの日から──もう11ヶ月と28日も。
私が密かにため息をついている間に、メリルは私の対面に座ると、侍女に自分の分のお茶を注文した。
どうやらこのまま居座るつもりのようだ。
「──あら?お義姉さま、それ、マルクスさまからですか?」
不躾に室内をきょろきょろと見回していた彼女は、家令から受け取ったまま、卓上に置いていた封筒を目ざとく見つけたのだろう。
そして、ごく自然に封筒に手を伸ばそうとするものだから、封筒を取り上げた。
「何をなさいますの?」
「だって、それ、マルクスさまからのお手紙ですよね?」
「えぇ、マルクス様から私へのお手紙です。⋯⋯それが何か?」
険のある目つきになっていることは自覚があるのに、視線の先の少女はけろっとしていた。
「何て書いてあるのか気になったのです。見せてください」
「お断りします」
あまりに非常識なお願いを即答で断れば、ショックを受けたような顔をする。──本当に理解ができない。
「メリルさん。理解していらっしゃると思いますが、マルクス様は私の婚約者です。当然、お手紙の内容も私的なものです。それをなぜ、貴女に見せなければならないのですか?」
「マルクスさまには最近お会いしていなかったので、お元気か気になったのです。何て書いてあったのですか?」
「貴女には関わりのないことです」
言葉は通じているはずだが、通じていない。
彼女を相手にしていると何度も感じるこの虚無感には、精神力をごっそりともっていかれる。
毎日くり返しても、けして慣れることはなかった。
「お義姉さまがうらやましいです、あんなにステキな婚約者がいらっしゃって。わたしもマルクスさまみたいな方と婚約したいわ」
そう言って、恋する乙女といった風情で、頬に手を当ててため息をついた。
そうメリルが評するマルクスとは、侯爵家の嫡子で、いかにも貴族男性らしい、線が細く優しげな顔立ちの男性だ。
見目麗しい高位貴族の嫡男。夜会でもてはやされる条件を兼ね備えた彼は、メリルにとってもたいそう好ましかったのだろう。
そんなマルクスに、彼女が初めて会ったときのことを思い出した。
とある夜会で、マルクスと二人で話していたところに、メリルが突撃─本当にそう表現するしかない勢いだった─してきたのだ。
それまでの二人で話していた話題にもまったく配慮することなく、彼女は勝手に自己紹介を始めて、聞いてもいないのに不幸な自分の身の上話を切々と語っていた。
マルクスは面食らい、適当に相槌を打ってあしらったのだが、メリルには自分のことに興味をもってくれていると捉えられたらしい。
結果、粘着されるようになってしまった。
──もしかしたら、義姉だとかの婚約者であるから、義妹だという自分にも手が届くと思い上がったのかもしれないと、今では思う。
「お義父さまがわたしにふさわしい方をあれこれ捜してくださってるんですけど、なかなか良い方が見つからないらしいんです」
そう言った彼女が、いつもとは毛色の違う笑みを浮かべたことに気づいた。
「ねぇ、お義姉さま。もしよろしかったら、マルクスさまを──」
何事か言い差したメリルを遮るように、部屋の扉が控えめにノックされた。
「メリル様、こちらにいらっしゃいますか?旦那様がお呼びでございます」
「お義父さまが?わかったわ、すぐに行きます!」
扉越しの声に明るく返事をすると、彼女はすぐさま立ち上がって出て行った。
彼女は何を言いかけたのかとほんの少しだけ気になったが、聞いたところでどうせろくでもない話だったろうと思って、気にしないことにした。
それにしても、押しかけとはいえ、先に一緒の席についていた私に何の断りもなく、当然のように退室の挨拶もなく。
侍女に勝手に淹れさせた紅茶は、一度もカップに触れられることなく湯気を立てている。
今度こそ、隠すことなく盛大にため息をついた。
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